第43話 意外な所に

「これは……」

 たどり着いた空間へ、チャッタはぐるりと視線を巡らせた。


 ジテネの町が、すっぽり収まってしまいそうなほど広い空間である。

 その床は不思議と淡い黄金色に光っていた。日干し煉瓦でできているようにも見えるが、全く異なる素材なのだろう。


 そして床には所々、大きな水瓶のような物が設置されていた。水瓶の縁には所々窪みがあり、周囲を一段高くなった床で円状に囲まれている。これは王宮にあると言う、噴水に似た物なのかもしれない。


 壁には積んだ煉瓦で尖頭形の模様が描かれており、柱には翡翠色の石が飾られている。壁や柱に彫られた紋様は、植物や波紋の形を思わせ精妙で美しい。

 地下にそのまま王宮や神殿を埋め込んだ、そんな空間にも思える。


 チャッタの右手側には、祭壇のようにも見える階段が上に向かって伸びていた。装飾は華美でないのに、どこか玲瓏たる様を秘めている。

 階段は幅が広く数十段以上あるため、上の様子は全く分からない。辛うじて太い柱が左右同じ間隔で並んでいるのが分かるくらいだ。

 これを上った先に、一体何があるのだろう。


 チャッタがこっそり瞳を輝かせていると、アルガンの切羽詰まった声が響いた。

「一体どこにいったんだよ……⁉︎」

 チャッタが我に返ると、アルガンと自称宝探し屋たちが、目を皿のようにして床に視線を巡らせていた。ハリムやカイロなど、床に這いつくばっている。

 どうやら宝玉を見失ってしまったらしい。小さい物とは言え、あの色ならすぐ見つかりそうなものなのだが。


「確かここに落ちていったはず、だよな?」

「くそ! 町で売り捌けば、かなりの金が手に入るトコだったってのによぉ!」

「だったら腕輪になんかせず、大切にしまっておけば良かったんじゃない?」

 思わずチャッタが声を上げると、ナージャが顔を赤らめて、ボソボソと呟く。


「ちょ、ちょっとくらい金持ち気分を味わってみたかったんだよ……」

「それは良い! とにかく探すぜ!」

「傷でもついてちゃ、厄介だ。てめぇら、何か手がかりになるようなものを見かけなかったか⁉」

 ハリムの視線は、こちらの方にも向いていた。

 何故当然のように教えてもらえると思っているのだろう。チャッタは呆れた顔で肩をすくめてみせた。


 この三人組の意識が宝玉に向いている間に、どうにかしてこの祭壇の上を調査できないものか。

 チャッタが考えを巡らせていると、カイロが嬉々として大声を上げた。


「おい二人とも! 宝玉のことは置いておいて、この階段の上を調べてみないか? お宝の匂いがするぜ!」

 しまったと思い、チャッタは咄嗟に階段の方へと駆け出した。三人組より先に、何があるかを確認せねば。

 意図を察したのか、ムルもほぼ同時に駆け出した。


「ああ⁉︎ テメェら、抜け駆けか⁉︎」

 一足遅れて三人組がチャッタたちの後を追う。

 チャッタは両腕を大きく振って、階段を力強く駆け上がる。下から見ていたアルガンが、驚いた声を発した。


「な、なんでアンタそんなに速いんだよ⁉︎」

「この先には、貴重な水の蜂の痕跡が残っているかもしれないだろう⁉︎ 一番乗りは絶対に譲らない!」

 その想いだけを胸に、チャッタは自分でも信じられない速さで階段を駆け上がった。



 最初、彼の目に飛び込んできたのは、天井から差し込む一本の光の帯。

 神々しくも柔らかな光は、床に描かれた紋様をくっきりと浮かび上がらせていた。円を何重にも重ねた、優美な幾何学模様である。


 床が輝いてみえるのは、所々埋め込まれた白銀色の石のせいだろう。天井からの光を反射し、星のように瞬いている。

 その輝きを目で追って行くと、一番奥に石でできた長椅子のようなものが置かれていた。背もたれは黄金、翡翠、紺碧の石で飾られ、肘掛けは白銀である。

 高貴な存在が座るのに相応しい装飾だ。

 腰かける動作すらもたおやかな麗人、それこそのような。


「これは――」

 後を追ってきたムルが小さく呟く。

 チャッタは振り返ることなく、目の前の光景に目も心も奪われて、深く息を吐いた。


「こんな、こんな綺麗な場所。僕、初めて見たよ」

 ありきたりな言葉しか言えない自分がもどかしい。

 チャッタは一歩ずつゆっくりと、光の下まで歩みを進めていく。


 天井をくり抜いた穴は外界まで続いているようだが、上に行くほど円が狭まっていく構造らしい。それが却って、灼熱の日光を優しく柔らかなものに変化させていた。

 本来であれば、灯りの届かない場所である。ここから光を取り込んでいるのだろう。


「アレが玉座だとすると、ここは……水の蜂が住んでいた都市の一部かもしれない」

「都市?」

 意外に関心があるのか、ムルが問いかけるような口調で呟いた。


「水の蜂たちの都市は、基本的に隠されていたらしいんだ。それも、時代によって何度か場所を変えていたんだと言われている。そう考えないと、今まで彼女らの都市が見つかっていないことの説明がつかないからね。実際に、ここと似た遺跡の記述を文献で読んだことがあるんだ。だから間違いないと思うよ」


「そうか。じゃあやっぱり、ここに住んで良かったのか」

 ムルが意味ありげに言葉を漏らす。遺跡に夢中なチャッタは、彼の不思議な言動に気づかない。


 もっとよく調べてみようと、チャッタが玉座に近づこうとした時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 大きな息遣いの後、この場に削ぐわぬ荒々しい大声が響く。


「な、なんだこれは⁉︎ どうなってんだこりゃぁ⁉︎」

「綺麗だねぇ……! 奥で光ってるのはもしかして、お宝かい⁉︎」

「やったぜ! ようやく宝探し屋らしくなってきたじゃねぇか!」

「――君たちうるさい! 神聖な雰囲気が台無しじゃないか⁉︎」

 我慢できず、チャッタは振り返って大声で叫ぶ。

 彼が睨みつけると、三人はその怒りのこもった目つきに体を震わせた。


「なんだ……、ここ……?」

 不意に微かな呟きが聞こえる。

 三人組の後に続いてやってきたアルガンが、深紅の瞳を大きく見開いて、目の前の光景に見入っている。

 好奇心溢れるその表情は年相応に見えて、チャッタは表情を緩めた。


「アルガン。君も来たのか?」

「――ああ、そうだ! 宝玉があまりにも見つからないから、アンタらが既に拾って隠し持ってるんじゃないかと思って」

 そう言ってアルガンは、疑わしげな表情で三人組を睨みつける。彼らは心外だとばかりに怒り出した。


「ああ? そんな訳あるか! 俺たちがそんな器用な真似できるわけないぜ!」

「そうだよ! 見つけたら、つい大声上げちまうに決まってるだろう⁉︎」

「二人とも。いくらなんでもバカ正直すぎないか……?」

 馬鹿正直に宣言する二人の肩に、ハリムが思わず手を置いた。まあ確かに、この三人組に隠し事などできそうもない。


 彼らのことは放っておいて、自分はこの場所の調査だ。

 チャッタが心を弾ませ、玉座に向けて一歩を踏み出すと、その前をしゅるりと何かが横切った。


「ヘビだ」

 ムルが声を上げると、三人組やアルガンも思わずそちらに視線を向ける。

 そのヘビは人の腕の半分くらいの長さで、模様はなく鱗は白っぽい砂色をしていた。一応毒を持つが人間の致死量には程遠く、比較的温厚な性格もあって危険は少ない種である。

 自分が注目を集めていることに気づいたのか、動きを止めたヘビがゆるりと首をもたげる。


 その小さな口元を見て、ムル意外の全員が思わず息を呑んだ。

 ヘビが獲物のように咥えていたのは、あの散々探し回っていた宝玉だったのだから。


「あああああっ⁉︎」

 三人組が上げた大声に驚いたのか、それとも餌か何かと間違えたのか。

 あろう事かヘビは、その宝玉をゴクンと飲み込んでしまった。

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