第42話 聞いても良いか?

 隠し扉の中は、まるで隧道トンネルのようだった。

 始めにいた小部屋と同じ、白磁の石で囲まれ陰気な印象はない。横幅は人がやっとすれ違えるくらいに狭いが、天井が高い為あまり圧迫感は感じない。

 そしてどういう仕組みなのか、日の光が届かないはずのそこは薄らと明るかった。


「なんてことだ! この石、この石に秘密があるのか⁉︎ どうしよう、立ち止まって詳しく調べたいけど、彼らも追いかけないと」

「とりあえず追いかけてから、後で調べるか?」

「それだ!」


 あの三人組と赤髪の少年の姿は見えない。複数人の足音が響いてくるが、これは近くのかどうなのか。

 考えながら全力で走っていると、突如、足元に何かが現れてチャッタは悲鳴を上げた。蹴飛ばす寸前で停止し、改めてその塊を眺める。

 それは片膝をついて蹲る、赤い髪の少年だった。


「ちょっと、君――まだ調子が悪いんじゃないのかい⁉︎」

「急に全力で走ったからか。一度休むか?」

「うるさいっ! 違う! アイツらがどっちに言ったか音で調べようとしてたんだよ! アンタらのせいで、分かんなくなっただろうが⁉︎」


 その言葉に前方を見ると、道が複数に分かれているようだった。

 問題ないと言うが、少年の顔色は少し悪いように見える。きっと、まだ本調子ではないのだろう。


「そんな言い方はないだろう? しかし、どうしよう?」

 そもそも三人は同じ道に逃げたのだろうか。こちらも手分けして探すにしても、少年と自分たちとでは彼らを追う目的が違うのだ。

 しかも、あの三人組の口ぶりからして、ここには別の出入り口がある可能性が高い。こちらが追いつくのが先か、あちらが逃げ切るのが先か。

 考えながらチャッタは、立ち上がった少年へ視線を向ける。


「君。ナージャと言う女性の腕輪、と言うか、宝玉を見て顔色を変えていたけど……アレは一体何なんだい? 僕の目には、擬似魔術器官のようにも映ったけれど」

「あ、アンタ、疑似魔術器官を知ってるのか⁉︎」

 その単語を出した途端、少年は弾かれたように顔を上げ、ギョッと目を剥く。その勢いに面食らい、チャッタは思わず後退した。


「え、いや、神官様たちが使っているものと似ていたから。水の蜂のもつ魔術器官を模して作られた、擬似魔術器官。水を生み出したりはできないけど、水を他の町に運搬する時は、それを身につけた神官様が魔術で水の形状を変化させるだろう? それと似ているなと思っただけなんだけど……」


 比較的一般的な知識だと思うのだが、少年は知らないのだろうか。世間知らずか、またはムルのように記憶喪失だとでも言うのか。

 さすがにないだろうと、チャッタはその考えを打ち消すように首を振る。少年は未だ、戸惑うように視線を彷徨わせていた。


「聞いても良いか?」

 今まで黙っていたムルが不意に口を開いた。彼はその澄んだ瞳で、少年を真っ直ぐに見つめている。

 さすがにムルも、疑問に思うことがあったか。

 そう、チャッタは思っていたのだが。


「名前は?」

 もっと他にあるだろう。あの宝玉が何なのかとか、少年が何故行き倒れていたかだとか。

 驚いたチャッタは、つい会話に割り込むように疑問を口にしてしまう。


「え、聞きたいことって、それ?」

「なんて、呼んだら良いか分からないから」

 少年も驚いたらしく、目を大きく見開いて固まっている。やがてムルから目を反らし、彼はぼそぼそと声を発した。


「別に、知る必要なんかねぇだろ? 俺は俺でアイツらを追う。アンタらはアンタらで好きにしたら良いだろ」

「でも、追いかけている人間は同じだろう? だったら、わざわざ別々に追いかける意味がない」

「いや、でも……」

 ムルの視線が、なぜか少年の頭に移動する。


「教えてくれないなら——髪の毛の触感から推測して『とぅるとぅる』と呼ぶしか」

「何でそうなる⁉︎ アルガンだよ、アルガン‼︎」

 少年、いやアルガンは叫ぶように名乗った。

 さすがに、とぅるとぅるは嫌だったらしい。


「そうか。よろしく」

「とにかく! 俺はあのナージャとか言うヤツを追う! どっちに逃げたんだ、くそぉ」

「都合よく先回りとかできたら良いんだけど……ムルも、遺跡の奥には入ったことがないんだよね」

 頷くムルを見て、チャッタは顎に指を当て唸る。


「参ったね。地の利は向こうにあるようだし、何か手がかりは……」

「二人とも」

 呼ばれた方へ視線を遣ると、ムルがある一つの道を指差している。

 いや、良くみると、彼の背中に貼り付いたニョンが、頻りに同じ方向を指差しているように見えた。


「ニョンがこっちの道を気にしている」

「はぁ? その毛玉のことを信用しろって?」

「――いや、動物的勘ってやつかもしれないよ。少なくとも手がかりがない今は、従ってみるのも手かもしれない」


 チャッタの言葉に、毛玉は胸だか腹だかを前に突き出した。得意気に見えるので、恐らく胸を張ったつもりなのだろう。

 憎々しげに舌打ちをしながらも、アルガンはニョンたちが指し示した方向へ駆け出した。チャッタとムルも慌てて後を追う。



 この道は日が届かない場所だからか、空気がひんやりしている。それが益々清浄な雰囲気を感じさせ、チャッタは走りながらも忙しなく視線を巡らせた。


「ここは、何の目的があって作られた場所なんだろうね⁉︎ 各地に彼女らの遺跡はのこっているけれど、宗教的な用途なのか、住居な用途なのかも謎なんだ。今まで見てきた遺跡は、どちらかというと神殿に近いんだけど、この場所はそれとは雰囲気が違うね! もしかして、彼女らの生活空間の一部だったりするのか!?」


 分かれ道に差し掛かる度、ニョンが道を示してくれる。やはり何か感じるところがあるようだ。

 一番前を走っていたアルガンは一瞬こちらを振り返り、呆れたような声を発する。


「アンタ、よくもまぁ、走りながらべらべらと喋れるよな」

「それはもう! 大好きなものを目の前にしたら、誰だって幸せな気持ちになるだろう? 今の僕なら、どこまでも走っていけそうだよ!」

 チャッタは声を弾ませる。身体の奥から力がどんどん湧いてきて、彼の足を軽やかに動かしていた。


「しあわせ……?」

「チャッタは、遺跡がそんなに好きなのか?」

 アルガンの戸惑うような呟きの後で、ムルが少し感心したように問うた。チャッタは、隣を走るムルと視線を合わせる。


「もちろん好きなのは、水の蜂という種族そのものなんだけどね。なんていうか、遺跡や伝承は彼女らが存在していた証。そして今もそれらが遺っているのは、今まで人々が後の世代に伝え、大切に守ってきたからだ。僕たちだけじゃない、過去生きた人々がずっと繋げてきたもの。そう考えると浪漫があるだろう? 大切にしなきゃなって思うよ」


 だからこそ、それを無下に扱う奴らは許せないのだ。チャッタはどこかにいるはずの三人組を思い出し、眉を吊り上げる。


「だからもう、何も考えていない人たちが、取り返しのつかないことをやっていないか、心配で心配で……!」

「――見えた!」

 いち早く角を曲がったアルガンが、鋭く叫ぶ。

 一本道の先に、見覚えのある三人組の後ろ姿が見えた。アルガンとムルは一気に速度を上げる。不思議と二人とも足音がほとんどしなかった。

 ハリムたちは首を左右に忙しなく動かし、何故かその場から動こうとしない。


「どうなってんだ⁉︎ さっきと道が全く違うじゃねぇか⁉︎」

「ハリム、間違えて別の道に入っちまったってことは」

「ねぇよ! 目印だってつけて歩いてただろうが⁉︎ その目印ごと、消えちまったんだよ⁉︎」

 彼らの会話の中に聞き捨てならない単語を拾い、チャッタは状況を忘れ大声を上げた。


「目印だって⁉︎ 君たちやっぱり、貴重な遺跡に何かしてたんだね⁉︎」

 バカ、とアルガンの上げた鋭い声と同時に、三人がこちらを振り返る。


「げぇっ⁉︎ 追ってきやがった⁉︎」

「しつこい奴らだねぇ!」

 しまった気づかれた。チャッタは内心焦りを見せるが、アルガンはただ軽く舌打ちをし速度を上げる。

 ムルもそれに続き、あっという間に三人との距離を詰めていく。


 大きく跳躍するとアルガンはナージャに飛びかかり、ムルはハリムの背後に回り込み、脇を両腕で抱え込んだ。何故かニョンまでも、カイロの顔面にぴったりと貼りつく。


「離せ! 俺たちは何も悪いことはしてねぇよ!」

「なんか、顔面に柔らか――ぐぇぇ」

「その宝玉を、返せ!」

「ヤダね! これはアタイたちのモンだよ!」


 チャッタがようやく二人に追いついた、その時だった。

 ムルの背後にあった壁が、陽光のような光を発したのは。

 全員が体の動きを止め、その眩しさに目を腕で覆った。


 光が収まると、再び遺跡が轟音を上げて震え始め、壁が扉のように開いていく。

 現れたのは、遺跡の下へと続く長い階段であった。


「な、なんだ、こりゃ……」

「またこんな素晴らしい物が……⁉︎」

 ハリムが驚愕の、チャッタが歓喜の声を上げる中、何か硬い物同士がぶつかるような音が響く。


「ああっ⁉︎」

 ナージャの腕輪についていた宝玉が落下し、床にぶつかり跳ねた音だった。

 咄嗟にアルガンが宝玉へと手を伸ばすが、焦った指先はそれを弾いてしまう。


 ニョンを顔面から引き剥がし、慌てて動いたカイロが、更にそれを爪先で蹴り飛ばす。

 結果、宝玉は階段の下へと、文字通り転がり落ちていった。


「な、なんてことを……」

「とにかく追うぞ!」

 アルガンと自称宝探し屋たちは、我先にと階段を駆け下りていく。

 慌ただしい足音が過ぎ去った後には、チャッタとムルとニョンが残された。


「ムル。君は、隠し通路を見つける才能でもあるのか?」

 思わず尋ねたチャッタと視線を合わせ、ムルは僅かに眉を寄せた。


「そんな自覚はなかった」

「そうか――ああっ⁉︎ こうしちゃいられない! 僕たちも行こう!」

 金儲け目当ての素人に、貴重な遺跡を荒らされては堪らない。

 チャッタはムルを伴い、急いでアルガンたちの後を追った。

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