第41話 同業者、それとも……?

 扉の奥にいたのは、男が二人と女が一人。いずれも丈の短い動きやすそうな格好をして、背には大きなずた袋を背負っている。

 向こうも、人がいるのは予想外だったらしい。顎が外れそうなほど大きく口を開け、呆然とチャッタたちと見つめ合う。


「な、な……」

「なん、なんで、こんな所に人がいるんだぃ!?」

「あの入り口は、人が足を踏み入れたようには見えなかったぜ!?」

「いや、あの、こっちの台詞なんですけど」


 チャッタが思わず、そう言葉を発する。

 三人の服装は町人にしては解れや破れが目立つ。フードつきのマントも身につけているようだし、旅人なのだろうか。

 そうだとしても、何故こんな場所から。


 気まずい空気に耐えかねたのだろう。三人は互いに押し付け合うような視線を交わし、最終的に中央の男が口を開く。

 短い顎ひげで年齢が分かりづらいが、恐らく三十前半くらいだろうか。


「わ、我々は、その、この遺跡の調査にきた旅人だ! 粗方調査が済んだので、これから出て行くところなのだ」

「そ、そうなんだよ!」

「だから、道を開けてもらえると、とても助かるぜ!」

 顎ひげ男の言葉に、猫のような目をした女と鼻が大きめの男が続けた。


「調査……?」

 チャッタが形の良い眉を跳ね上げた。そして、どこか値踏みするような視線を三人に送る。整った顔立ちのため、その表情にはある種の迫力があった。

 怖気付いた様子の三人は、顔を硬らせて半歩後ろへ下がる。

 すると、フワッと花開くように、チャッタが満面の笑みを浮かべた。


「そうでしたか! ちなみに僕も、この遺跡の調査に来たんです。良かったら奥に何があったか、詳しく教えていただけませんか? いや、むしろ彼女らの素晴らしさについて語り合いませんか?」

「え……?」

「『彼女ら』?」

 明らかに動揺している彼らに向かい、チャッタは輝かしい笑みのまま、一歩前に踏み込んだ。


「どうされたんですか? 調査に来られたと言うことは、僕の同業者ですよね? そしてここがどういう場所か、、分かっていらっしゃるはずですよね?」

「俺の家――」

「ムルはちょっと黙ってて!」

 余計なことを言いかけたムルを、チャッタは一蹴する。


「そうそう。僕、聞いたことがあるんです。数々の貴重な遺跡に踏み入っては、お金になりそうな物を漁って去っていく泥棒の事を。貴方達はひょっとして……」

 彼の言葉を遮るようにして、顎ひげ男が怒りを滲ませた表情で叫ぶ。


「失礼な⁉︎ 泥棒だと? そんなものと一緒にしてもらっては困る! 我々は浪漫と冒険心溢れる――だ!」

「ああっ⁉︎ ハリム何言ってんだい⁉︎」

 慌てて顎ひげ男の口を猫目の女が塞ぎ、鼻が大きい男が慌てふためき視線を泳がせる。

 チャッタは、やっぱりと言う気持ちを込めてため息を吐いた。


「僕ら学者からしたら、どちらも同じだよ。反応を見る限り、君たちここが誰の遺跡なのかも知らなかっただろう? ここは昔、人に命の源、『水』を与えてくれていた種族『水の蜂』の遺跡だよ。今や滅びたと言われてしまっている彼女らの痕跡を追うには、こうした遺跡調査が何より大切なんだ。この場所の価値も知らずに『調査』とは、よく言ったものだよ」


 熱く濁った感情が、チャッタの胸の奥底からドロリと湧き上がる。それとは裏腹に、彼の翡翠のような瞳は、夜の砂漠のように冷え切っていた。

 それを目にした三人は、震え上がってその場に固まってしまっている。


「三人とも、遺跡の奥から出てきたようだけど……貴重な遺跡を傷つけたり、あまつさえ何かを持ち帰ったりしていないだろうね? 万が一のことがあれば――僕は絶対に許さない」


「めめめめ、滅相もない!」

「そうだよ! 私らはお行儀の良い宝探し屋で通ってんだ。好き勝手荒らす、他の奴らと一緒にしないでくれ!」

 ハリムと言う男と猫目の女が、首と手を激しく振りながら否定する。その勢いで、鼻が大きな男が勢いよく言葉を発した。

「そうだそうだ! 遺跡へまともに入れたのは、今日が初めてなんだぜ!」


「馬鹿野郎カイロ! 情けないことを言うな⁉︎」

「そうだよ! いくら火事場泥棒の真似事しかできなくったって、私らの心は気高い宝探し屋さ!」

「ナージャァァっ!」


 この三人、揃いも揃って迂闊者の集団なのだろうか。

 チャッタは思わず毒気を抜かれて、肩の力を抜いてしまう。まだ安心はできないが、完全な悪人でもなさそうである。


「――バカみてぇ。なぁ、俺、もう出ていっても良い?」

 舌打ちと共に、背後から聞こえた声はあの少年のものだ。今まで一度も声を上げなかったところを見ると、案外彼も呆気に取られていたのかもしれない。

 チャッタが返事をする前に、ムルとその少年の会話が聞こえてくる。


「元気になったか?」

「うるさい! もう問題ないって言ってんだろ⁉︎」

「にょにょ! にょ!」

「ぐはっ」

「ニョン。それはいけない」

 何やら背後が騒がしくなってきたが、どんなことが行われているのだろうか。


 一先ずそちらは放置することにして、チャッタは目の前の自称宝探し屋達に集中する。

「とりあえず、荷物は調べさせてもらいたいんだけど。本当に貴重なものを持ち出していないか、確認したいからね」

「な、何故そんなことをしなければならない⁉︎」

 チャッタの言葉に、三人は背負ったずた袋を守るように両腕を後ろに回す。


「僕は水の蜂を研究する学者として、この遺跡を守る義務がある。いや、個人的な感情としても、美しく貴重な遺跡が、本当に無事かどうかを確認しないと気が済まない!」

「知るもんかい、そんなこと⁉︎」


 ナージャと呼ばれていた女性が、左腕を大きく振り上げた瞬間、

「あ――アンタら、一体それをどこで手に入れた!?」

 思わずギョッとするような大声を発したのは、赤い髪の少年だった。

 三人は石なったように固まり、呆然と彼を見つめている。


「キミ、いきなりどうしたんだ……?」

 チャッタが問いかけるが、少年は視線をナージャに固定したまま、もう一度声を張り上げる。


「その腕輪についてる、宝玉をどこで手に入れたって聞いてるんだよ!!」

 複雑な表情だった。叫ぶ少年は燃え盛る炎のごとく怒りながらも、何かに怯えているように瞳を揺らがせている。

 震える体は、怒りと怯え、どちらによるものなのだろうか。


 確かに、彼女の左手首には腕輪がついていた。どう見ても素人が適当に曲げて作った土台に、似つかわしくない宝玉が収まっている。

 紅く澄んだ色合いは、血を思わせる禍々しさがありながらも、確かに人を魅了する輝きがあった。


「こ、これは……その」

「それは、それはアンタら普通の人間の手に追えるようなものじゃねぇ!! 今すぐ、俺によこせ!!」

 その一言で、固まっていた三人が動き出す。その顔には怒りと、少年を見下したような色が見える。


「はぁ⁉︎ なんでテメェみたいなガキに、せっかく見つけたお宝を渡さなきゃならねぇんだよ!?」

「そうだそうだ! それにこれは、拾ったもんだ! 見つけた俺たちのものに、決まってんだろうが!?」

「そう言う問題じゃ、ねぇんだよ‼︎」

 少年も必死だった。しかし、言葉の割には一歩も動こうとせず、片腕をもう一方の手で押さえ、肩で息をしている。

 何かを抑え込んでいるようにも見えた。


「ちっ! ナージャ、カイロ! 仕方がねぇ、一旦戻るぞ!」

「ああ!」

「またあの道か……面倒だが、仕方がねぇぜ!」

 三人は踵を返し、遺跡の奥へと駆け出していく。


「――待てっ」

 その後を、必死の形相をした少年が追っていく。

 彼の服の裾が闇の中に消えていった後で、チャッタはハッと我に返った。


「あ、ちょっと⁉︎ 僕の話も終わってないよ⁉︎」

「俺の家で、とんでもないことが」

「それは良いから! ムル、君も追いかけるかい⁉︎」

 頷いたムルを見て、チャッタは彼と謎の毛玉を伴い、遺跡の奥へと駆け出した。

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