第15話 少年との出会い

「アンタの容姿かおが効いたとしても、待遇が良すぎるだろ? 何か条件を出されたとしか思えないんだけど」


 アルガンはそう言って、ぐるりと天幕の中を見回す。

 ここだって決して広くはないが、三人で使うにしては十分すぎる。見ず知らずの旅人に与えるような場所ではない。しかもその内の一人は、未だにマントのフードを取ろうとしないのだ。普通は信用されないだろう。

 しかしチャッタは澄ました様子で、何でもないことのように言った。


「んー、それが、特に何も。暇なら子どもたちの相手でもしてやってくれってさ」

「はぁ!? 嘘だろ、それだけ!?」

「うん」

 信じられない、とアルガンは首をゆっくり横に振る。


「金とか、宝玉とか、珍しい物を寄越せとかじゃなく?」

「うん」

「なんか重いもの運べとか、屋根に積もった砂を下ろせとか」

「それもないね」

「ひたすら食料になる獲物を狩るとかもナシ!?」

「疑り深いね。本当に何もなかったんだってば」

「スナベリウサギを、たくさん狩らなくても良いのか」

「だから前みたいに――あ、うん。ごめん、ムル。いつかの仕事、君には酷だったね」


 安心したように、ムルは軽く息を吐いた。


「とにかく、人たちで良かったねって。今はそう言うことにしておこうよ。ね?」

 チャッタは敢えて『親切』を強調するような口調で言った。

 アルガンは口をつぐんで少し間を置くと、小さな舌打ちを一つ。そしてフードの上から頭を掻く。

 ムルはチャッタとアルガンの様子を交互に眺めると、何か納得したように一人頷いた。


「お言葉に甘えて、今はゆっくりさせてもらおうよ。それこそ、集落の子どもたちとでも遊んでくるかい?」

「ニョンが既に遊ばれていた」

「にょー」

 ムルがニョンの身体を優しく撫でている。

 いつもは球体であるその身体は、少し垂れて潰れているようにも見えた。

 チャッタは笑いを含んだ声を漏らして、口元に手をやる。


「ああ、そうだったね。ふふ、お疲れ様」

「その毛玉が遊んでやったんならもう良いじゃん。俺はそんなことしねぇからな!」

 そう言ってアルガンは、勢いよく寝台に仰向けに寝転ぶ。意外にもそれは、彼の身体をふわりと柔らかく受け止めた。

 それを見たムルも寝台へ腰を下ろし、早速その感触を確かめている。


 チャッタが笑顔でそれを眺めていると、天幕の入り口からか細い声が聞こえてきた。


「あの……」

「――入ってきても良いよ」


 顔を覗かせたのは、マントを羽織った小さな子どもである。男の子、のようだ。

 瞳を忙しなく彷徨わせながら天幕の中へ入ってくると、彼は首だけで軽く会釈をした。

 なんとなく見覚えがある気がしていたが、恐らく、集落へ入る前に見かけたあの子だろう。


「どうしたの? 何か用事?」

「あの、ぼく、その」

 モゴモゴと言葉を舌で転がすようにしながら、少年は俯き何も言えずにいる。マントの裾を握った拳は、力を入れすぎて真っ白だ。


 チャッタは少年と少し距離を詰め、目線を合わせると優しく笑って見せる。月光のように柔らかな笑みだ。

 少年はようやく顔を上げ、声を発する。


「あの……おねえちゃんたち、旅をしてるの?」

 その瞳は不安げに揺らいでいた。

 チャッタは太陽のように明るい笑顔を見せる。少年の不安を晴らせるようにだ。


「うん、そうだよ! 僕はおねえちゃんじゃなくて、おにいちゃんだけどね」

「そうか、やっぱり旅人さんなんだね……」

 彼は小さく呟いた後で、パッと表情を輝かせた。


「おね――おにいちゃんたち、すごいね!」

 頬を紅潮させ、大きな瞳は更に大きくなりこぼれ落ちそうだ。


「どうして旅をしているの? ぼうけん? 何かとたたかうの? それとも、たからものを探してるの?」

 先程の緊張が嘘のように、矢継ぎ早にチャッタへ質問を投げかける。

 そう言うものに憧れる年頃なのだろうか。その無邪気な問いに、チャッタの瞳が眩しげに細められた。


「たからものか、ある意味そうだね。僕たちはなんと! あの神秘の種族、『水の蜂』のことを知るために旅をしているんだよ!」


 彼は少年から『すごいね』と言う言葉を期待していた。

 しかし予想に反して、少年は大きくまばたきをして、困ったように首を傾げている。

 チャッタも同じように首を傾げ、やがて、まさかと思いつつも少年にこう尋ねた。


「もしかして……。君、『水の蜂』って何のことか分かるかい?」

 案の定、少年は戸惑いがちに首を振った。


「わかんない。友達も、知らないと思う」

 ピタリ、と身体の動きを停止させたチャッタだったが、次の瞬間、

「――恐れていた事が!?」

 唇を戦慄かせ、ぐるりとアルガンたちの方へ身体を向けた。


「二人共! これは大問題だよ!? ついに、水の蜂を知らない世代が出てきてしまったなんて!!」


「いや、そりゃいるだろ。水の蜂が滅びてから――じゃなくて、そう言われるようになってから何年経ってると思ってんだよ」

 アルガンは横目でムルの姿を見ると、慌てて言葉を濁す。理由は、押して知るべしである。


 アルガンの言葉を受けても、チャッタは一人小声で何かをブツブツと呟いていた。

 やがて少年の両肩に手を置くと、優しく、しかし有無を言わさぬ口調で告げる。


「君、今から友達を集めてくれるかい? おにいさんが水の蜂について、しっかり、じっくり、みっちり、教えてあげるから!!」

「う、うん」


「あーあ……」

 チャッタの勢いに呑まれて頷いた少年に、アルガンは同情的な声を上げたのだった。

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