砂上にて食すものー2
片手で手綱を握り、股の裏側に力を込めてバランスを取る。もう片方の手に食料を持ち、チャッタたちはラクダに揺られながら食事を取っていた。
ラクダたちの調子も良さそうなので、移動できる内に移動しておこうと言う考えである。
下に降りればもう少しまともな食事が作れるのだが、今は干し肉などの保存食をかじり小腹を満たす。
まともな料理と言っても、狩った獲物の肉をスープで煮るだとか、採取した多肉植物を切って焼くだとかそんなものである。
ふと、アルガンが干し肉をかじりながら呟く。
「パサパサする。あーあ、せめてアレが成功してたらなー」
「アレって?」
意味深な物言いに、チャッタは首を傾げる。アルガンはチラリと顔を後ろのムルへと向けた。
「ムルの魔術でさ、水はちっちゃくしてたくさん運べるわけじゃん」
「そうだね。重さはある程度しか軽減できないから、限度はあるけどね」
そこはどうでも良いんだけど、とアルガンはチャッタの補足を一蹴する。
「町を出る前にさ、水以外でも水みたいなものならイケるんじゃないかと思って、色々試してみたんだよ」
「試したって、何を?」
「ちっちゃくして持ち運べないかどうかをだよ。例えば酒とかスープとか、肉汁とか」
「肉汁……」
チャッタは思わず呆然と呟く。
「ぶっかけたらこの干し肉とかも旨さが増すかなーって」
そんなアルガンの呟きが聞こえる。
「そしたら、見事に水の部分だけ球体になってさ。後の具材とかその他色々はしっかり残っちゃってるわけ。肉汁とか特に最悪で、なんか、ベタベタぬるぬるした肉の油とか、そう言う塊だけが残って……すっげぇ気持ち悪かった」
その光景を思い出したのか、アルガンは思い切り口の端を歪めた。
「残った水も、なんか微かに肉の風味がするようなしないような。完全な水でもないし、かと言って肉汁でもないし。本当、アレはない」
「ごめん」
「にょにょ!」
何故か謝るムル見て、ニョンが慌てたように身体を擦り寄せている。慰めているのだろうか。
すかさずムルはニョンの身体を軽く握ったり離したりして、感触を楽しむ。
表情は相変わらずの無表情だが。
「二人とも」
チャッタは俯き、低い声を発した。その声が僅かに震えていることに気づいたのか、アルガンの肩がびくりと跳ねる。
怒られる前の子どものように。
しかし、顔を上げたチャッタの瞳は、太陽に負けないくらい
「そう言う興味深い実験は、僕がいるところでやってくれないかな!?」
「あーなるほど、そっちね」
アルガンが肩の力を抜いて呆れた声を出し、ムルは不思議そうに大きく瞬きをする。
「そうか、あくまで魔術で変化させられるのは水だけで、それ以外の不純物は自然に除去される……と言うより、操れないから残ってしまうと言うことか。はっ!? ひょっとすると、水の蜂はその力を応用して水を浄化していたのでは!? どう思う、ムル!?」
「覚えていない」
「うん、そうだったね! でもちょっとこれは、実験してみる価値があるんじゃないか!? ちょっと今度町に着いたら、付き合ってよ!」
「分かった」
「——もう勝手にやってれば」
アルガンは最後の干し肉をポイと口に放り込む。
周囲は相変わらず砂ばかりで、目の前には緩やかな山までできている。アルガンはうんざりしたように長く息を吐いた。
「あ」
ムルが一言だけ声、と言うより音を発した。彼の視線は空を向いている。
チャッタとアルガンも同じように天を仰ぐのと同時に、ムルは腕を上げ空を指した。
真っ青な空に一点、濃い土の色をしたものが見える。目を凝らすとそれは、一羽の鷹であった。大きく翼を広げて空を舞い、鉤爪には銀色に輝く箱を掴んでいる。
やがて大きく旋回し、砂山の向こうへゆっくりと下降していく。
「あれは——“水の遣い”」
比較的住人の少ない集落へ水を運搬する鷹、通称“水の遣い”。その鳥が目視できる高さを飛んでいる。
「って事は、集落が近いんだな!?」
「地図は正しかったみたいだね、良かった」
三人は顔を見合わせた。あの砂山を越えた先に目的の集落があるのだろう。
「疲れたー、早くゆっくり休みたい」
「はは、まだどんな場所かも分からないけどね」
言わば得体の知れない余所者である自分達を、歓迎してくれるとも限らない。小さな集落であれば尚更だ。
それでも、良い出会いがあると良いなとチャッタは思う。ムルやアルガンと出会ったのも、思いもよらない場所だったのだから。
「さあ、もう一踏ん張りだね。行こうか!」
チャッタは自分にも言い聞かせるように、そう声を張り上げた。
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