第9話 悪魔の力ー2

「『炎の魔術』……!?」

「そんな、悪魔の力を何故こんな子どもが」

 男達が焦った様子で口々に喋っている。

 髪よりも深い紅の瞳を細め、アルガンは蝋燭でも消すように一息で手のひらの炎を消した。



「いや、所詮、炎は炎! 水には敵うまい!」

 敵の一人が、人差し指を立ててアルガンへ向ける。袖口から無数の滴が浮遊し、指先に集結する。

 それは、手のひらほどの水球になり、弾けた。

 鋭く形を変えた水は、まるで矢のように彼へと向かっていく。それに合わせ、数人の男がマントの影からスラリと剣を抜き放ちはしる。


 アルガンは身につけたマントを掴むと、それを勢い良く脱ぎ去った。分厚い布地が複数の剣を絡め取る。そして向かってくる水の矢を一瞥すると、手のひらをかざす。

 現れたのは背丈と同じ炎の壁。それに触れた水の矢は一瞬白煙を上げ、消える。

 大きく真横に跳躍すると、追撃してきた敵の剣を避け、間合いに入り込んできたその腕を掴んだ。

 炎が弾けて、何かが焼けるような音と男の悲痛な鳴き声が響いた。


 アルガンは再び敵から距離を取ると、品定めのような眼差しを男達に送る。

「首の後ろ、手首、足首、右胸の上……そこにあるんでしょ、『疑似魔術器官』」


 それは以前、彼がチャッタから得た知識。

 水の蜂が持っていたという、己の力を魔術に変換する器官、通称『魔術器官』。現在水の蜂でなくても魔術を使えるのは、その魔術器官の代わりになる宝玉が身体の何処かについているからなのだと。

 例外もいるが。


 男達は押し黙っているが、その気配は明らかに動揺している。

「その屑石じゃあ、水を生み出すことなんて夢のまた夢か。水は大方どっかに隠し持ってるってトコ。できるのはせいぜい、水の形状変化くらいか。まぁ、アンタら下っ端でしょ? そんなモンだよね」

「黙れ! これは先人達の叡智の結晶! 子どもとは言え侮辱することは許されん!」

 ふうん、とアルガンは両目をスッと細める。


 全く、何も知らない連中はこれだから。

 怒りを通り越して、憐れみすら覚える。


「来いよ。アンタらの水なんて、ぬるすぎて俺の火は消せないだろうけど」

 怒りは心の中で燃やせ。空気の循環はあるとは言え、ここで最大火力はマズイ。一般人もいる。

「水は、全部、に還してやるよぉ!!」

 アルガンは吼え、男達に飛びかかっていった。




「ティナちゃん、あまり見ない方が良いよ。君がいるし、アルガンもあんまり過激なことはしないだろうけど」

 チャッタはそう言って優しく微笑み、ティナの視界をマントで遮った。

「あの、チャッタさん。アルガンさんが魔術を……悪魔って……?」

 見上げて尋ねると、チャッタは困ったような笑みを浮かべ、唇に人差し指を当てる。

「乾燥したこの土地で火が恐ろしいのは、ティナちゃんにも分かるよね? これ以上は、僕の口から言うことではないから」

 彼は横目で戦うアルガンへ視線を向けた。

 そして何処か寂しげに目を伏せて、

「彼らの苦しみは、彼らにしか解らないから」

 消えてしまいそうな声で呟いた。




 敵は一瞬怯んだが、飛びかかってきたアルガンを迎え撃とうと体勢を立て直す。

 アルガンは跳躍し、拳を振りかぶる。男達は素手だと一瞬油断し、剣で受け止めようと手首を返す。

「ちゃんと学びなよ、おじさん!」

 刃に触れる直前アルガンの拳が発火した。高熱に晒され、敵の刃が橙色に染まる。彼が宙で拳を振り切ると、固いはずのそれはと曲がった。


 アルガンは拳の炎を消して、着地する。敵の懐の中だ。そのまま膝を使って伸び上がり、下から敵の顎を撃つ。

 ついでとばかり、仰向けに倒れた敵の背後にも炎を放つ。油断していたらしい男は火が服に着火し、情けなく悲鳴を上げて床に転がる。


 その間に背後から二人の敵が迫っていた。それぞれ手には水球が浮かんでいる。男達はそれを矢にして解き放った。

「え、バカなの?」

「馬鹿はお前だ! 同じ手を使うと思うか!?」

 アルガンの胸元目掛けて飛来してきた矢は、途中で軌道を変えて彼の足下へ。その場で再び固まり、彼の両足を床に貼り付けた。

 それに一瞬アルガンが気を止めた隙に、彼の両手も紐のように伸びた水によって拘束された。


 それをチャンスと動ける男達が一斉に両手を翳す。見たこともない大量の水が大蛇の様にとぐろを巻き、アルガンの周囲を取り囲んだ。

「いくら貴様の熱が高かろうと、これだけの水を消す事はできまい! できたとしても、大爆発! 貴様も貴様の仲間も無事では済まんだろうな!!」

 アルガンは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

「うわ。人の事子ども子ども言っといて、その子ども集団で襲うとか最低じゃん」

「負け惜しみを……終わりだ!!」

 嬉々として目をギラつかせ、男達は一斉に腕を振るう。水の大蛇が牙を剥き、アルガンの身を砕こうと迫る。


 しかし男達の目に映ったのは、気だるげにため息をつく少年の姿だった。

「熱いから、気をつけてねー」

 アルガンが右手を上げて、男達を指差す。

 そう彼はいる。いつの間にか拘束が解けているのだ。

 男達が目を剥く。


 アルガンが小首を傾げ、無邪気に微笑んだ。


「壊れちゃえ」


 瞬間、身体に熱、痛み、そして破壊音。

「な、何……!?」

「『擬似魔術器官』が……」

 擬似魔術器官が破壊された。

 そう認識した時にはもう遅い。巨大な水の槍はただの水に戻り、床に水飛沫を立てて広がっていった。




「げー。アンタら水、無駄遣いし過ぎじゃない? 偉い人に怒られそう、と言うか、町の人が水足りなくて倒れてんのに、アンタらの方がよっぽど悪魔じゃね?」

「き、貴様……よくも……貴重な擬似魔術器官を」

 生命線を絶たれたからだろう。男達は唇を戦慄かせて立ち尽くす。完全に戦意を喪失している様に見えた。

 アルガンはそんな敵に声をかける。


「で、どーすんの? 魔術はもう使えないけど、まだやる? 別にやっても良いけど。負ける気しないし」

 敵の歯軋りする音が、アルガンにまで聞こえてきそうだ。彼らはこちらを睨んだままジリジリと後退すると、動けない仲間を素早く抱える。

 それからはあっという間だった。アルガンが静観しているのを良いことに踵を返すと、入ってきた扉から次々と退避して行く。




「あー」

 アルガンはふるふると頭部を振った。髪についた滴が飛び散り、床に小さな波紋を広げる。

「貴重な擬似魔術器官、ね」

 男達は知らない。叡智の結晶と呼ばれたアレが、どんな歴史で造られたのか。誰でもリスクなしで使えるのは、誰のおかげなのかを。


「こっちは大先輩だぞ」

 舌打ち混じりで呟いた言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。


 

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