第8話 悪魔の力ー1
「ティナちゃん、どこにも怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
チャッタが上手く着地してくれた様で、少し身体が痛む以外は特に問題はない。熱を遮る為に羽織っていたマントも思わぬ所で役立った様である。服も無事だった。
「うわー、何だココ? アンタ知ってた?」
アルガンが天井から足下から見回しながら尋ねる。
ティナ達が辿り着いた場所は、白く磨かれた石に囲まれた箱のような空間だった。広さはかなりあり、教会が丸ごと収まりそうである。天井は二階建ての住居よりも高い。
地下であるはずなのに、ぼんやりと明るい。不思議な場所だった。
「いいえ。今までこの町にこんな場所があったなんて……」
それにしてもまともにこの高さから落ちなくて良かった、改めてティナは思う。
あの穴は天井ではなく横の壁へと通じていた。一応落ちた人の事を考えた造りだったのだろうか。
「それにしても、ここは何の目的で造られたのか」
チャッタは一人呟きながら部屋を徘徊する。少し間を置いて、ハッと息を呑む。
「もしかすると、ここはあの場所では!?」
瞳がキラキラと輝いている。アルガンは嫌そうな顔をして首を振った。
「またチャッタの病気が出たよ。放っておいて良いぞ。学者の
「はあ……。ところでチャッタさん、あの場所とは?」
ティナの何気ない問いかけに、チャッタは髪を振り回すような勢いでこちらを向いた。
「『オアシス』だよ! 遥か昔、水の蜂達は各町に人工的なオアシスを造っていたと言われているんだ。ほら、この神秘的な雰囲気! まさに彼女らの作品に違いないよ!!」
「オアシスって……」
「カラッカラだけどな、この場所。外よりは空気が湿ってるけど」
アルガンの言う通り、オアシスと言う言葉からは想像できない場所である。残念ながら、ティナは“オアシス”と言う物を見たことがないのだが。
「そこなんだよねー。良し、もっとよく調べてみよう!」
「ま、待って下さい、チャッタさん! 町の人が大変なんですよ!? それに
慌ててティナがチャッタの腕を掴むと、彼は間の抜けた声を発した。
そしてバツが悪そうに目を伏せる。
「ごめん、そうだよね。つい我を忘れてしまって……」
「そうだよ、いい加減にしろよな。ムルのことは後回しでも良いけど、さっさと出口を探そうぜ」
「ちょ、ちょっと、ムルさんのこと心配じゃないんですか?」
アルガンの言葉にティナは目を丸くした。仲間が未知の場所で逸れたにしては、あまりにも冷たすぎるのではないだろうか。
「アンタさ。多分アイツの事、無口で無表情で何考えてるか分かんない、触感至上主義の変人だと思ってるだろ?」
アルガンは真面目な声色で、ティナに問う。
「え、いえ、それは——」
「良いんだ、ティナちゃん。情けないことに、それで大体合ってるから」
二の句が継げずにいた彼女の肩に、チャッタが軽く手を乗せる。
戸惑うティナの前で、アルガンの口元が得意気にニヤリと笑う。
「安心しなよ。あんなだけどアイツ、一番強いから」
それは年相応の、少年らしい笑顔だった。
ムルは穴から滑り降りると、膝を使って軽やかに着地した。
着いた場所は思っていたよりも広く明るい。教会の壁のように白い石で造られ、大人二人が並んで歩けるくらいの通路が伸びている。通路脇に深くて広い溝もあるが、用途は分からない。
ムルはつい頭上を見上げたが、そこから元の場所に戻るのは現実的ではないだろう。自分だけが横道に逸れてしまった形になったようだ。皆で滑り落ちている際、咄嗟に触れた場所が悪かったのだろうと考察する。
そして伸びた通路の先へと視線を戻した。
奥から僅かに足音のようなものが反響してくる。音からして、この場所には複数の人間がいるようだ。距離もあってか幾人もの足音が混ざり、そこから仲間達の位置を把握するのは難しそうだ。
どうやら自分は、他の人よりも視覚情報から人を判別するのが苦手らしい。
それが自分だけなのか皆そうなのか、今の彼には分からなかった。
しかし幾らなんでも、仲間の判別くらいはできる。
彼は一人足音を辿って通路を駆け出した。
「さて、とにかく戻る方法を探さないとね」
チャッタがそう言って周囲を見回す。
落ちてきた穴は絶対に届かない頭上にある。試しにチャッタがクロスボウの先にロープを括り放ってみるが、それは途中で弧を描き落下してしまった。
「駄目ですね」
「まぁ、分かってたけど」
こうしている間にも町の人が苦しんでいるのに。
三人が焦燥感に苛まれたその時、地響きと共に壁の一部が扉のように開いた。
そこから現れたのは、十数名の男達。マントを身に付け、口元まで隠れるゆったりとした布を首に巻いている。手首足首まで覆われた服は軽く身軽そうに見えた。
彼らはティナ達の姿を見ると、大きく目を見開く。
「な、何故ここに人がいる!?」
「いや、まともな道あったのかよ!? こっちは落ちてきたんだっての!!」
今回ばかりはアルガンの言葉も尤もである。チャッタも深く頷いていた。
とにかくこれで帰ることができるだろう。ティナは安心して、男達に向かって足を踏み出した。
「それよりも良かった。私たちここに迷い込んでしまって」
「——待った」
ティナのマントのフードを掴み、アルガンは無理矢理彼女を止めた。一瞬息が詰まり、ティナは思わず彼を睨み付ける。
「な、何するんですか!!」
「アンタ死ぬ気」
辛辣な言葉を投げかけたアルガンは、男達に視線を固定したままティナの前に出た。
「――ティナちゃん。下がってて」
チャッタが彼女の腕を優しく取って、自分の後ろへと導く。彼も男達から片時も視線を逸らさず、その一挙一動に注意を払っている。
「どうしたんですか? 迷ったのでしょう。さあ、我々と共に地上へと戻りましょう」
男達の一人が、柔らかい口調で手を差し伸べた。
何処からともなく風が吹き、アルガンのフードを軽く揺らす。
「ふーん。アンタ達さ」
歌うように彼は言った。
「殺気隠すの、下手だよねぇ」
男達が一斉に動いた。アルガンに飛びかかる者、彼に向かって腕を振るい、何かを投げる者。共通しているのは、必ず仕留めると言う獣のような殺気。
巨大な火柱が上がり爆発音が轟いた。
周囲は忽ち白煙で満たされていく。それに視界を封じられ、何も見えない。
アルガンを襲った男達は咄嗟に距離を取ったが、その後は呆然と目の前を見つめるばかり。
不気味な静寂を破って、チャッタが声を張り上げた。
「アルガン!! こんな場所で爆発なんて洒落にならないだろう、何考えてるんだ!? もっと加減してくれ!!」
「えー、良いじゃん。風が吹いたって事は、すぐに息が続かなくなるって訳でもないんだしさぁ。久しぶりだし、派手にやらせてよ」
彼の声は変わらない。寧ろ、今までで一番楽しそうだった。ティナはチャッタの胸元から抜け出し、声がした方を見た。
再び風が吹き、白煙が晴れていく。
初めの爆発で飛ばされたのだろう。アルガンのマントのフードが脱げて、初めてその髪が顕になっている。ティナの瞳に映ったのは、深い深い緋色の髪。それは、揺らぐ炎を思わせた。
ティナは目を凝らして、次第に驚きで目を見開く。
アルガンはその右手に、燃えかさる炎を携えていたのである。
「さっきぶつかってきたの、“水”だろ。魔術を使うってことは、アンタら教会関係者か」
男達は何も言わない。張り詰めた空気の中、アルガンがまぁ良いやとどうでも良さげに呟く。
「残念だけど。魔術はアンタらの専売特許じゃねぇんだよ」
まるで悪魔のように、彼は笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます