第6話 襲撃ー2


 そこでティナはある考えが頭を過り、サッと顔色を変えた。

 おじさんたちはこの騒ぎの中、どうしているのだろうかと。

「おじさん、おばさん!!」

「あっ、ちょっとティナちゃん!?」

 チャッタの静止する声も聞かず、彼女は部屋を飛び出し、二人が眠る部屋へと向かった。


 しかしそこに辿り着く前に、彼女は正面からやってきた誰かとぶつかる。顔を上げると、無言で自分を見下ろす黒い瞳と目が合った。

「ムルさん」

「――ティナちゃん!」

 少し遅れて彼の後ろからおじさんたちがやって来た。二人ともかなり動揺しているが、どこにも怪我はないようだ。

 ティナは息を長く吐いて肩の力を抜く。

「二人の所にも怪しい奴が来たみたいなんだけど、ムルがいち早く気づいてくれてね。助けに行ってくれたんだ」

 後から追い付いてきたチャッタが、ティナにそう説明した。彼女はそれを聞き、ムルにも深々と頭を下げる。

「ありがとうございました、ムルさん」

 彼は軽く首を横に振ると、徐に口を開いた。


「ラクダが、いて」

「らくだ?」

 確かにこの家の隣人はラクダを一頭飼っているはずだが、何故ここでラクダが出てきたのだろうか。

「外に出てラクダの毛を堪能してたら、窓から怪しい奴らが入っていくのを見つけて、ここに戻った」

「……」

 こんな人たちばかりか。ティナはその告白に眩暈すら覚えて、額を押さえて俯いた。

 肩に軽く手を置かれ、振り向く。

「あのな。誤解しない様に言っとくけど、俺が一番この中ではマトモだからな」

 背後に立っていたアルガンが溜息混じりにそう言った。ティナの口から苦笑が漏れる。

「ええっと。何となく、分かった気がします」



「と、ところでティナちゃんは、大丈夫だったんだな」

「良かった。気が気じゃなかったんだよ」

 安心した様子のおじさん達に言われ、ティナは二人に向き直る。

「おじさんおばさん。あの人達、私のペンダントを」

「ああ。私たちの所に来た奴らも、ティナちゃんのペンダントを狙っていたよ」 

 おばさんがそう言って頷いた。


 ティナは自分の胸にあるペンダントへ視線を落とす。それはいつもと何も変わることなく、鈍くぱっとしない輝きを放っていた。

「これが、どうして?」

 今まで何年もこれを目にしてきたが、とても貴重な物、良い物とは思えなかった。わざわざ侵入者が狙うほどの価値があるのだろうか。

「こんな危険な目に遭うくらいなら……こんなもの渡してしまえば良かった」

「ティナちゃん!? 何を言ってるんだいっ」

 おばさんだけではない、おじさんも顔色を変えて彼女に詰め寄った。

 今まで胸に押し込んで、抑えていた感情が溢れ出す。


「だって、おじさんたちも知ってますよね!? あの人が皆からどういう目で見られていたか。死んでから、私が周りからどういう目で見られたか、どんな気持ちでいたか! 忘れようと思っても、これがあるせいで忘れられなくて――おじさんたちも危険な目に遭わせてしまうし、こんなモノさっさと」

「ティナちゃん、落ち着いて!」

 チャッタが強い力でティナの両肩を掴み、自分と目を合わさせた。

 出会った頃と同じ、澄んだ水面の様な瞳だ。


 その目を見つめている内に、ティナも少し落ち着きを取り戻した。チャッタが少し微笑んで手を離すと、おじさんが口を開く。

「私たちはお前の母親をそんな風に言ったことなんて一度もない。そうだろう?」

「あなたのお母さんはね、確かに謎めいた所もあった。でもね、決して悪いことをするような人間じゃなかったよ」

 おばさんも優しげな口調で言って、ティナの頭に手を置いた。

「でも、そんなの……」

 分からない、つい反論する言葉を発しそうになる。

「ティナちゃん! もう、自分のお母さんのこと悪く言わないであげなよ」

 おばさんもおじさんと同じように強い瞳で見つめてきた。

 ティナは、その視線に耐えられずに二人から目を逸らす。



「まあ、とにかくこんな時間だしもう一度寝てきなよ。念のため、僕らが交代で見張ってるからさ」

 チャッタが努めて明るい声を出し、彼女達に向けて笑いかけた。

「えー、俺、もう寝たいんだけどー」

 不満げな声を上げているアルガンとは違い、ムルは当然のように頷く。

 チャッタの提案に、おじさんたちはティナを気に掛けながらも、一礼して寝室へ戻って行った。

 ティナは俯き、その場に立ち尽くす。


「嘘」

「え――」

 顔を上げると、目の前にムルが立っていた。ティナを見下ろしながら、彼は淡々と、しかし、強い確信を持った口調で告げた。

「渡せば良かったなんて、嘘」

「どうして、そんなこと……?」

 彼は手を伸ばした。その指先が彼女のペンダントに触れる。慈しむようにそっと、優しげな手つきで。


「こんな良いペンダント、渡すなんて言うな」


「え――――」

 ムルはそれだけ告げると、ペンダントから指を離してチャッタの下へ戻って行った。

「ティナちゃん。僕の母親の話、したよね」

 チャッタが微笑を浮かべて、言い聞かせる様な口調で言った。

「僕と僕の母親と、君と君のお母さんとは、全然違うと思うよ」

 彼はそれだけ言うと、ムルとアルガンと共に背を向ける。


「見張るなら、ラクダの傍がいい」

「あー、ラクダの毛も好きなんだっけ?」

「ふわふわじゃないけど、あのごわごわ感も……癖になる」

「うわ。節操ないな、アンタ」

 彼らの会話が遠ざかって行く。そんな三人の後ろ姿を、ティナはぼんやりと見送った。

 視線を落として、先程ムルが触れたペンダントを眺める。


 このペンダントを『良い』と言ったのは、彼が初めてだった。

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