第2話 三人の旅人

 日が西に傾きかけた頃、ティナはチャッタと共に砂の道を踏み締めていた。肌を焼く日光がいくらか和らいだ為か、彼は外でもフードを取って歩いている。

 ティナは多くの視線が自分たち、特にチャッタへと集中しているのを感じていた。彼の容姿はやはり目立つ。


「ティナさん。この町の事なんですが」

 そんな視線をものともせず、平然とチャッタは話しかけてきた。その微笑みは髪の色とも相まって、とても輝いて見える。

「あ、別に敬語を使わなくてもいいですよ」

 彼の方が年上だろう。何だか落ち着かないので、ティナはそう断った。

「じゃあ、ティナちゃん。この町は他の町と同じで、水は教会からの配給だよね?」

 チャッタは即座に対応し口調を崩してきた。その対応の早さに、彼女は少し苦笑しながら答える。

「はい。教会からそれぞれの家に決められた分だけ。ウチは飲食店なので、少し多めにいただいていますけど」



 この国は遥か昔から雨が滅多に降らない土地で、人々は幾度となく水を奪い合い争っていたそうだ。

 水の蜂が存在していた時代は、平和な世だったと伝えられている。

 しかし水の蜂が滅びた途端に、人々は再び争いを始めた。そこで考え出されたのが、教会が水の蜂の代わりに水を管理し、人々へ平等に分け与えると言う方法だった。

 この制度が出来てから、大きな戦争が起こったと言う話は聞かない。上手く管理されているのだろうとティナは思っていた。



「そんなに珍しいですか? この町」

 ティナは周囲を見回しているチャッタにそう尋ねた。彼の瞳は好奇心からか、キラキラと輝いている。

「うん。やっぱり町によってそれぞれ特色があるからね。面白い――——え」

 突然チャッタが、街角のある一点を凝視し動きを止めた。驚きのような呆れのような、何とも言い難い表情を浮かべている。

 ティナはそんな彼の様子を不思議に思い、チャッタの視線の先を見た。


「は?」

 思わず間の抜けた声が出た。音を発した口が、そのままの形で固まっている。


 チャッタの視線の先には、マントを付けた若い男が二人いた。

 その内の一人が、道端に居るネコやネズミなどの小動物を片端から撫でて回っている。整ったその顔は作り物の様に無表情である。

 あまりにもおかしな青年だった。


「なー、まだ見つからないわけ? もう良いじゃん、さっさと別のところ行こうぜー」

 そしてもう一人。彼は両手を頭の後ろで組み、呆れ顔でを眺めていた。背格好からすると、恐らくティナと同じ年頃、十五、六歳くらいの少年だろう。

 マントのフードから覗く顔は、欠伸を噛み殺し心底退屈そうである。


 ティナは関わらない方がよいと判断し、そっとチャッタへ手を伸ばした。しかし、彼の腕を掴むはずだったその腕は空を切る。

「ちょっと、何してるんだよ!? こんな所で」

 まさかと思いつつ声のする方へ視線を遣れば、変な青年達に話しかけているチャッタの姿があった。

「え、どうして話しかけてるんですかっ!?」

 彼女は顔を真っ赤にして、慌てて彼に駆け寄る。


 すると、退屈そうにしていた少年が、チャッタを見てあっと声を漏らした。

「チャッタじゃん。いたんだ」

「いたんだ、じゃないだろ? 二人こそどうしてこの町に居るんだよ」

「あ。お、お知り合いでしたか……?」

 チャッタは少年達に気安く話しかけている。彼の口調から親しい雰囲気を感じ、ティナはチャッタと少年達を交互に見つめた。

「ごめんねティナちゃん、変な子たちで。僕の旅の連れなんだ」

 チャッタは眉を顰め、ため息を吐く。

「そう、だったんですね。私の方こそ失礼致しました」

 ティナは少年たちに向き直り、そう謝罪した。


 フードを被った少年は、横目で一瞬ティナの顔を見ただけで興味を無くした様だ。すぐに別の方向を向いてしまう。

 もう一人の小動物を撫でていた青年はと言うと、ティナの顔をじっと凝視していた。少年とは違いマントのフードを取っている為、その黒髪が顕になっている。この国では珍しくない色だ。

 しかし、ティナを見つめる瞳は深く澄んだ夜空を思わせ、まるで吸い込まれそうになる程。

 次第に恥ずかしくなってきたティナは、慌てて少し視線を逸らせた。


「それより二人がこの町にいる理由を説明してよ。別行動が良いって駄々を捏ねたのは、アルガンの方だろう?」

「それが、向こうの町が意外と退屈でさ。やっぱりこっちの町の方が何か面白い物があるかもと思ったんだよ。今のところ、すんごく暇だけど」

 アルガンと呼ばれた少年が、悪びれもせずそう答えた。チャッタは首を横に振って額を抑える。


「で、ムルは? さっきからの行動は、いつもの悪い癖?」

 無口な青年の方はムルと言うらしい。問われた彼は表情を変えずに、ボソボソと籠った声で答えた。

「俺は、探し物……」

「『探し物』?」

 ティナがそう繰り返すと、ムルは目を少しだけ伏せてぽつりと呟いた。

「大切、なんだ」

 表情は変わらなかったが、その淡々とした口調が逆に憐憫を誘った。ティナは胸がちくりと痛むような感覚を味わう。


「あの、私で良ければ協力します」

 気がつけばつい、そう答えていた。

「え、ティナちゃん、ちょっと!?」

「大切な物なんですよね。だったらちゃんと見つけないと!」

 ティナはムルとチャッタにそう言って微笑んだ。チャッタは苦笑を浮かべ、頬をかく。

「大切、ね。アルガン、ムルは何を?」

 問われたアルガンは、芝居がかった仕草で両手のひらを上に上げた。

 自分は知らないとでも言いたげだ。


 ムルは再びティナを凝視していたが、やがて徐に頭を下げた。感謝の意を示して、だろう。

「そんな、いいですよ。えーっと、そう言えばちゃんと名乗ってませんでしたね。私はティナと言います」

「ああ、そうだった。二人とも、こちらはティナちゃん。で、ティナちゃんはもう分かっていると思うけど。こっちがアルガン、こっちがムルだよ」

 チャッタの言葉でティナは慌てて頭を下げる。

 するとその下げた頭に、ふわりと温かいものが触れた。


「え?」

 不思議に思って目線を上げれば、思いのほかムルの顔が近くにあった。驚きで顔が紅くなる。しかも何故か、彼はティナの頭を優しく撫でているのだ。

 彼女が戸惑っている内に、ムルの手のひらが離れていく。離れる時も唐突だ。


 拍子抜けしたティナがムルの動きを追うと、彼のその手は何故かチャッタの頭へ移動していた。

「……ちょっと、ムル?」

 微妙な表情で固まる彼のことなど全く気にしていない。無表情でつま先立ちをしてまで、ムルはチャッタの頭を撫でる。


 しばらくすると彼はチャッタの頭から手を離し、しみじみとこう呟いた。

「ふわふわなのが、チャッタだから。サラサラなのが、ティナ」

「——顔で覚えて下さいよ!?」

「で、何で僕の髪まで触ったの!?」

 二人は同時に不満の声を上げる。


「ムルは触感至上主義だからな」

 成り行きを見守っていたアルガンは淡々とそう言って、再び大きな欠伸をした。

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