悪夢を誘う訪問者【3】
「ファト殿!」
朝食を終え学校に行く準備を始めていたカイは、階下から聞こえてきた喧騒に部屋の窓から階下を見やった。ちょうど玄関と同じ大通りに面しているカイの部屋からは孤児院の玄関先での遣り取りがはっきりと見える。
「昨夜は皆悪夢を見ているのですよ。これはもう何かの悪い兆候としか思えませぬ」
「そうですよ、事によっちゃあ村が滅んじまうかもしれない。うちの隣の占い師のホムラ婆なんて、朝起きるや否や逃げ出す準備を始めたくれぇだ」
ファトは、村人達の勢いに少々押され気味だったが、慌てず落ち着いた声で答えた。ファトは、ここで自分が冷静さを欠けば、騒ぎが大きくなるだろうことをよく理解していた。
「私も昨夜の悪夢を見過ごして良いものだとは思っていません。ですが、今はまだ子供たちもいる時刻。後日話し合いの場を設けますから、今日はお引き取りください」
ファトは、ちらっと、カイが顔を出していた窓に視線をやった。カイは、反射的に顔を引っ込めたが、ファトが気づいていたのは明らかだ。その時の目は、子供が首を突っ込むな、と言っていてカイはそれ以上聞き耳を立てることも出来なくなってしまう。カイは、居心地が悪くなり、裏口からそそくさと学校へ急いだ。
その日の学校はいつも以上に騒がしかった。
孤児院の子供達を含めても、三十人にも満たない子供達の話題はもちろん 、昨夜の悪夢。
皆一様に疲れた顔はしていたが、共通の話題に話は途切れるところを知らない。そんな様子を、悪夢を見ることのなかったカイはぼうっと眺めていた。
「カイ、どうしたんだよ」
一人、話に加わらないカイに気がついたのは、やはりというか、ラオだった。
自分案じてくれる友達は有難い。
けれどカイは、何でもないと顔を逸らした。
ラオは、まだ何か言いたそうだったが、先生の登場にそれは叶わない。
この時は、ラオは大人しく食い下がった。
だが、午後からの授業・発掘で、遺跡に移動すると、好機とばかりにラオはカイに駆け寄った。
「カイ、待てよ! 皆から離れてどこ行くんだよ」
肩で息をしながら、ラオがカイの横に並ぶ。走ってきたからか、ラオの声はしゃがれていた。
「昨日掘り起こし損ねたものを掘り出しに行くだけだよ。ラオは行きたくないって言ってたんだから、
ついてくるなよ!」
カイは、自然と歩調が速まるのを抑えることが出来ない。
けれど、それに懸命について来るラオ。
「昨日のこともあってお前から目を離すなってファトに言われたし。それに……今日のお前、何か変なんだもん」
「変なのはお前だろ!」
思わず荒げた声にラオは目を見開いた。だがラオは、剥きになることもなく、カイの言葉を肯定した。
「確かにそうかもな」
「…………」
カイの足が止まる。
「夢のせいかな。目を離すと、お前がどこか遠くに行ってしまうような気がしたんだ……」
「ラオ……」
そういうこと、か――とカイは気付く。
今朝からラオは一人になることを恐れていたんだ。
そう思い出して、カイは舌打ちをする。ラオの女々しい態度に対する苛立ちではなく、自分自身の考えの無さに対する苛立ちを込めて。
「ラオ、行くよ!」
カイは、その苛立ちを隠すようにラオの手を取った。
そうして、二人は歩いて行く。すると、先客が二人いた。
一人はカイ達のよく知る人物だ。彫りのはっきりした齢四十ほどの精悍な顔。けれどその割には、笑うと笑窪ができて、随分と柔らかい印象を与える。若いころは、随分ともてたであろう彼は、
「ファト!」
カイ達の養い親、その人だった。そして、その隣に立っている一人の男。
「……クロウだ」
と、男は名乗った。
その男は、昨日の旅人。やはり、フードで素顔は窺い知ることができない。
夢のこともあり気まずく感じたカイは、助けを求めるようにファトを見る。
「昨日村に来た旅人さんでね。私は、お前達の様子を見に来たんだが。偶然会ったので、話し込んでいたんだよ。ほら、二人とも、挨拶は?」
「……えーと、カイです。よろしく」
とりあえず。ファトに促されるまま、手を差し出す。
マントの隙間から渋々青白い手が差し出された。
その様を、ラオは横から睨みつけている。カイ以上にこの男に警戒心を持っているのだ。
「ほら、ラオも、挨拶を」
「嫌だね!顔も晒そうとしない奴なんかに……」
「クロウ殿は、病のため、長く日を浴びることができないそうだよ。色々と事情がおありなんだ。謝りなさい」
「嫌だ!」
ラオは、唇を尖らせてそっぽを向く。
いつもならファトの言いつけは聞くのに。悪夢の所為で気が立っているのだろうか。
「まったく……」
ファトが溜め息を吐く。
「すみませんね、クロウ殿。いつもはこのように聞き分けのない子じゃないのですが」
「いいえ。気にしてませんから」
男の物言いは素っ気無い。
「そう言って頂けると有難い。ああ、そうだ。お詫びと言ったらなんですが、発掘に立ち会いませんか?カイは、貴重な発掘品を見つけるのがとてもうまいですから。びっくりするようなものが見付かるかもしれなせんよ」
「――貴重な?」
「え!ちょっ、ファト!」
話の流れに、カイは慌てて首を振る。
「あの、そんな期待されるようなものじゃありませんから!」
「おやおや、一人前に謙遜などして……」
と、ファトは苦笑する。
その一部始終を見ていた男は、何を思ったか、頭を下げた。
「ご一緒させて頂きます」
「なあ、カイ、本当によかったのか?」
背後に無言で佇む旅人の男にちらちらと視線をやりながらラオが言う。
「仕方ないだろ。ファトの言い出したことだし、断れないよ」
「そうだけど……」
「ああ、もう、今は気にせず砂を掘る! 手動かして」
「動かしてるって。でも、もう随分掘ったのに何も出てこないぜ。ホントにここに何かあるのかよ」
「だって、ここらから聞こえてくるんだよ」
「ここらって……正確な位置は?」
「わかんない。聞こえてはくるけど、なんか重たく、くぐもってる感じ。でも、ここらは切り出しの岩ばかりだし、砂地のここしか考えられないだろ?」
「ああ、もう! そう言われてもなぁ」
ラオはやる気をなくしたのか、砂地の上に倒れ込む。その拍子に、スコップが手から抜け、切り出しの岩の一つに当たった。岩の一部が少し欠ける。
その途端。
「――――――!」
地を這うように鳴り響いた、重く大きな音。
間をおかず地響きが起こる。
たちこめた砂埃の中、四人は大きな影を目にした。
「ガーディアン」
誰ともともなくもらした呟きは、地響きの音に掻き消される。
地響きを背に砂の中から現れた影の主は、岩の巨兵。
胴は人だが、頭はホルスの象徴・隼を模している。隼特有の鋭い目は赤く光り、砂と同じ色合いの赤茶のボディーがギシギシと鳴る。
重みで下半身はまだ砂に沈んだままだが、四人の中で一番背の高いクロウの優に三倍はありそうだ。
「な、なんなんだよ!」
砂埃に目を細め、ラオが言う。
「どうやら、カイ達が探していたものはガーディアンに守られているほど、大事なものらしい。その上、ホルス縁の品のようだ」
ファトは冷静なようだが、目はキラキラしている。
学者の血が騒ぐのかもしれない。
神官本来の任は祭事を司ることなのだが。中には神々と人々の歴史を語り継ぐ学者の任も担っている者がいる。ファトもその一人。どうにも学者気質なのだ。
「砂埃が晴れる前に、手をうたないと、このままでは簡単にやられてしまうぞ」
と、男も割かし冷静だ。
「ねえ、ファト。何かあいつを鎮める手はないの?」
カイは彼の言葉に頷き、ファトを仰ぎ見た。
「そうだなあ。一つの手として、あれの動力を断てばよいと思うのだが……」
「でもこんな状況の中で、どうやってそれを見つけるのさ!」
ラオが動転気味に声を荒げている。
「神官仲間から以前聞いた話によると、あの手のガーディアンは守っている物こそが、動力源となっているらしい」
「それなら――」
思い立ったが否や懸命に意識を集中させる。
地から伝わる振動に、巨兵が近付いてくるのがわかる。背を汗が伝った。
どくどくと鼓動が早くなる。
焦るな。
焦るんじゃない。
自分にならできるのだから。
そう、カイは自身に言い聞かせて。
重く脳裏に響いてくる呼び掛けを聞く。
そして。
すぐ近くに――
捉えた!
そう思ったその瞬間。
ふわりっ。
体が宙に浮いた。
状況を把握する暇もなく浮遊感に身を任せていると、ドーンッと再び砂埃が上がる。
今まで自身が立っていた位置だ。
そこに岩の巨兵の拳が振り下ろされている。
あのままあそこに立っていれば。
そう考えると恐ろしい。間違いなく骨もろとも粉々に潰されていただろう。
そして自分の体をその窮地から救ったのは、覚えのある感触。
あの旅人の腕だった。
マントを翻し、トンットンッと軽く足をつくだけで他の岩の上を移動し、男は岩の巨兵と間合いを取っていっている。
そして十分な距離をとった頃、男はカイの顔を覗き込んだ。
「怪我は?」
「ありません」
そう答えれば。
「よかったな。しかし戦闘中に、気を逸らすことは命取りにしかならないぞ」
と、地に下ろされる。
「でも、あれが守っている物の在り処がわかるかと思って……」
「お前がまず第一に考えるべきは、自らの命を守ることだとわかっているのか?子供が要らぬ気を回したところで、足手まといにしかならないんだぞ」
「お説教なら、後でいくらでも聞きます!だから今は、一言だけ言わせて下さい!」
「何だ?」
「あれが守っている物、動力源は奴の腹の中にあります。だから、くぐもって聞こえてたんです!」
「腹……?」
「はい。あいつの腹の中。ちょうど胸の辺りに……」
行き成りこんなことを言っても信じてもらえないのは百も承知だ。けれど、一々説明している暇などない。
カイは自分たちと同じように、ラオを連れ間合いを取ったファトに向けて叫ぶ。男に反論する隙を与えずに。
「ファトー! あれの腹! 腹の中に動力源があるよ!」
「はあ! 腹の中? どうやって取り出すんだよ」
カイの言葉に、先に反応したのはラオ。彼は誰よりもカイの力のことを信じている。
それに続いてファトが言う。
「そうか、そういうことか。あれの胴体は先ほどラオがスコップを当てた岩だ。岩が欠け、中身が奪われると思い目覚めたのだろう。けれど、石質は存外脆い。そして、太陽熱で熱くなっているはず。急激に冷やせば、亀裂が入る――」
「どうやって? 急激に冷やせる量の雨なんて期待できないし。水飲み場はあるけど、その水をここまで運ぶ手段はないよ」
「それについては問題ない。ここらには水飲み場に水を引く地下水路のうちの一つが通っているはずだ。そこの水路のちょうど上まであれを誘き寄せれば。あれは自身の拳で地を割り、大量の水を浴びることとなる」
「―――では、その囮は私が」
「しかし、旅人であるあなたにお願いするわけには。言い出した以上は私が」
「ファト殿、人には適材適所があるんです。万が一、あなたにもしものことがあれば、この子達は? それに、村の人達はどうなります?」
「ううむぅ」
顎に手を添え、唸るファト。
男の言うことは的を射ている。けれど。神官であるファトは、少しでも良心に逆らうようなことはしたくないのだろう。ファトは、自分が誘ったがために巻き込むかたちになってしまった男に申し訳なさを感じているのである。
その葛藤が理解できたのか、男は言う。
「この一件は、私が探していたものに関係があるかもしれない。だから、今更無関係だとも言えないんですよ。おわかり頂けますか?」
巻き込んでしまった、などと思ってくれるな。
そういう男の意思表示だった。
男の言葉にファトがはっと顔を上げる。
そして、真正面から男の顔を見据えた。男の隣に立っていたカイには、ファトの表情がはっきりと見える。笑っている時の優しいものではない。発掘品と向かい合う時と同じ真剣なものだ。
「わかりました。お願いします、クロウ殿」
「ええ。では、水路の位置をお教え願いますか」
「ちょうど、あれが立っている位置から右手前三十メートルのところに……東西にまっすぐ走っています。できるだけ、近くでバックアップしますが、無茶はなさらないで下さい……って、話はまだ……」
水路の位置を確認すると、後の時間が惜しいとばかりに男が駆け出す。ファトが慌てて後を追おうとするが、年齢の差か追いつけない。
男は岩の巨兵の前に躍り出る。
「お相手願おうか」
そう言って、男はマントの下から布に包まれた一メートルほどの長い包みを取り出した。今まで気付かなかったがどうやら、彼の得物らしい。
布がざっと外され出てきたのは、抜き身の剣。
オオオオオオオオオオオ――
剣で照り返した太陽光を浴び、巨兵が咆哮をあげる。同時に、その咆哮に呼応して地が揺れた。カイはその揺れによろめいて、ほんの数秒目を放した隙に彼らの攻防は始まっている。
斜め後ろに男が飛ぶ。
目の前で風が起こり、砂を巻き上げて、
ドーンッ!
ドーンッ!
ドーンッ!
規則正しく上がる音。
右、左、右―――と、巨兵の両の拳が規則正しく地を打ったのだ。
男は、自らの得物を構えたまま、その攻撃にあわせて少しずつ後退する。
けれど。
「―――!」
砂に足をとられ、男の反応が遅れた。
男の動きから目を話すことができなかったカイは咄嗟に声を張り上げる。
「こっちだ!」
オオオオオオオオオオオ――
拳が地を打つ音の変わりにもう一度咆哮。
巨兵の腕が寸でのところで止まった。
そして、男に向いていたはずの巨兵の意識がカイに向けられる。
そのことを確認し、カイはファトが示した地点に向けて駆け出す。
「あ、カイ!」
「こら!」
ラオとファトが同時に静止の声をあげるが、ここで止まるわけにはいかない。
ただ一点を目指して走る。
そして。
「来い!」
目的地。
勢いを殺すことなく駆け抜けながら、くるりっと振り向く。
刹那。
目の前に飛び込んでくる影。
振り下ろされる拳。
それを間一髪で避けると。
「――――――!」
地が裂ける。そして噴き出す水飛沫。
水飛沫を全身にうけカイは巨兵を見上げる。
そして、同じようにずぶ濡れになった巨兵の体に―――ガギンッ!―――耳につくほど大きな音と共に亀裂が走った。
止むことなく胴に噴きつける水。その水圧を利用してみるみるその亀裂が大きくなり、ついに、巨兵の腹から何かが落ちてくる。
「おっと!」
カイは、危なげなくそれをキャッチした。
落ちてきたのは三十センチ四方の箱。見たところ鍵穴はない。
箱の蓋には、見事な彫刻で彫られた太陽。そして、その太陽を縁取るように真紅のルビーがはめ込まれている。また箱の側面には、ホルス神の象徴――隼が、目にダイヤモンドの光を宿し、彫られていた。
「やったぜ!」
近くまで駆けてきていたラオが歓声をあげる。
だが、喜びは束の間だった。
岩の巨兵の体が倒れてくる。
動力源を失ったため、実質的な攻撃ではない。けれど、その分脆くなった体を支えきれなくなったのだ。
そして、巨兵のすぐ下にいたカイは、はっきりとその様を目にした。
このままじゃ、あの体の下敷きになる。そう思ったが、体が動かない。
カイは目を見開いたまま、どうすることもできない。
と、そこへ走ったのは黒い影――旅人の男が駆け込んできた。
カイの体を突き飛ばし、男もその場から飛び退く。
けれど、飛び退いた起動の先に、巨兵が斜線を描いた。
「危ない!」
叫ぶのが早いか。
けれど、空中で体の向きを変えることは侭ならない。
風に巻き上げられた砂の様に、男の体が吹き飛ばされる。
「あ」
目で追った先。男が落ちた地点で、砂埃が上がった。
カイは手にした箱を、抱き起こしてくれたラオに押し付け走り出す。
背後では、ガラガラと音をたて岩の巨兵が崩れていく。脆く崩れた岩の破片が、雨のように頬を打った。鋭く尖った部分で、いくつも切り傷ができたが気にしている暇などない。
「大丈夫ですか!」
「ぐう、ぬぅう」
収まりきらない砂埃に目を細め叫べば、呻き声が返る。
その呻き声に、目に涙が浮かんできた。今になって足がガクガク震えだして、立っているのも侭ならない。
「退いていなさい」
背後から肩に手を掛けられて、ぐいっとその場を退けさせられる。そのままバランスを崩して、砂の上に尻餅をつく。
「ファト、クロウさんは?」
恐る恐る。カイは男に処置を施すファトの背に向けて問う。
「砂がクッションになったのだろう。骨折はないようだ。けれど、腕に走った亀裂部分が掠ったらしい。脇腹をやられている」
と、ファトはカイに答えると、今度はクロウに声を掛けた。
「応急処置をします。マントを脱がしますよ」
あれだけのアクションをしてもはずれることのなかったフードが、ファトの手によってはずされる。今まで、まじまじと見る機会がなかった男の素顔。夢で見た青白い肌は、微妙に朱がさしている。額には汗が浮かんでいて、そのせいで長めの前髪が額に張り付き、男の目元は確認できなかった。けれど、どうやら、痛みの為に眉間に皺が寄り、目は堅く閉ざされているようだ。
「こりゃ驚いた。クロウ殿が夜の民だったとは」
男の闇夜のような漆黒の髪を見て、ファトが呟く。
「こいつ、やっぱりとんでもないこと隠してやがった」
後から箱を手にゆっくり近付いてきたラオが、ちょうどファトの呟きを聞き、そうもらす。
「こら、ラオ! カイを庇ってくれたクロウ殿に、その言い方はないだろう」
「………いいん…で、す。隠、して…いた、の……は、事実です、から……」
薄っすらと男が目を開けた。そしてゆっくりと首を動かし、顔をカイとラオに向ける。
と。
ほんの一瞬。
痛みに焦点のあっていなかった男の目が、はっきりとある一点を捉えた。
それはきっと、地に横たわっている男と目線の近いカイにだからこそわかったことだ。男の目に留まったのは、ラオが持ってきた先ほどの箱。カイは男と箱を交互に見やる。すると、男の唇が微かに言葉を噤むように動いた。だが、それが傷に響いたのか、言葉が音になることはない。
「は、ぐ、ぅう――」
「ほら、じっとして……」
ファトが男のマントの裾を破り、傷口に当てる。砂まみれだが、止血するためには無いよりましだ。そして応急処置を終え、ファトが立ち上がる。
「ラオは医者を呼んできなさい。カイはクロウ殿の付き添いを。私はこの地響きで騒ぎになっているでしょうから、村人達を宥めてきます。ですが、二人とも、変に村人を刺激しないためにも、彼が夜の民だと安易に口にしてはいけませんよ」
ラオは、その指示を聞き、真っ先に駆け出す。
ファトも急ぎ足で後に続く。途中でラオが手にしていたあの箱を受け取っているのが見えた。
あの箱が男の探していたものなのか。その確認を取らなくてはならないのだが。まあ仮に、ここに置いていったとしても、男がこんな状態な以上、見せることも侭ならないし。
後で見せればいいだろう。と、カイはそう思うことにする。
そしてまったくもって二人の後姿が見えなくなってしまうと、気まずい空気が流れた。男は目を閉じ、額に珠のような汗を浮かべている。息は荒くなる一方だ。 それに、血の臭いに誘われて闇の森から、怪物が現れるのではないかと気が気でない。
カイはその不安を振り払うように、男に声を掛けた。
「大丈夫。すぐにラオが医者を呼んできてくれますから」
「…………」
カイの呼び掛けに、男はうわ言のように呟く。
「…太陽……の……瞳……は」
砂埃を吸ったためか、はたまた怪我のせいか、男の声は掠れている。けれど確かに聞き取れたその言葉。
聞いてはいけないような気がした。
カイはそう感じて立ち上がる。
「俺、水汲んできます」
先ほど地下水路一つを壊してしまったが、もう一つの地下水路は活きているから水は絶え間なく供給されているはずだ。
このままじっとしていることはどうもカイにはできそうになかった。
声に男の瞼が答えるように震えたのを確認して、カイは水飲み場へと急ぐ。
けれど水を汲み、戻ってきた時。
「クロウ――さん?」
水飲み場に備え付けられていたおわんに汲んできた水を、カイは思わず取りこぼした。
男の姿はどこにもない。
砂の上に僅かな血の跡だけを残して、男の姿は忽然と消え去っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます