昼の夜、それぞれの胎動【1】


 暗闇の中、瞳が宿す光だけが怪しく宙に浮いていた。


「皆、揃っているな」


 円を作るようにして浮く五対の光に、声の主は満足そうに呟きをもらした。

 五対の瞳はこの場にいない彼らの主に敬意を払うように伏せられる。姿は見えなくとも、たとえ声だけであっても、彼らにとって主は絶対の存在だ。彼らの主・セトがいくら反逆神と言われていようともそれは変わらない。

 五対の瞳は伏せられたまま主の次の言葉を待った。


「もうすぐ、時が満ちる。そして、我の支配する時が訪れよう」


「存じ上げております、セト様。我らはセト様の治める世をどれだけ心待ちにしてきたことか」


 五対の瞳の一対、『暁』の色に似た真紅の瞳の主が熱の篭った声で言葉を紡ぐ。


「ふっ、そんなことはよく分かっておる。これまでお前達はよく働いてくれた。そして、今回の命が、私が反逆神としてお前達に下す最後の命となるだろう。皆、心してかかるように」


 セトの言葉に五対の瞳の主達は、はっ!と見事に声を揃えて返事をした。そして音もなく手元に現れた指令書を手にする。


「では、行くがいい。我が加護を受けし、幸福な民たちよ」


 ギイィィィィィと扉の開く音がして、室内に光が射す。

 円卓から立ち上がった五人は光が完全に部屋を包まないうち身につけていた黒いマントのフードを被った。

 五対の瞳の色はそれと同時に隠れてしまう。だが、代わりに彼らのマントの付けられた銀の留め具が射し込んできた光を反射してキラキラと光った。

 模された紋様は狼。

 それは彼らがセトに加護を受けた証。

 そして、セトの加護を受けた夜の世界の住民は、昼の世界へと足を踏み出した――。



◇◇◇

 

 少年は、自分がおかれている状況を理解できなかった。

 先ほどまで、少年は教室で、神話の授業を受けていたはずだった。

 それなのに、目の前で繰り広げられる光景は、先ほどまで聞かされていた神話の一場面。

人間を超越した力を持った感情豊かな神々が、亡きオシリスの跡継ぎの決定を喜ばんとしていた、まさにそのときのこと。


「私は認めない。この国を治めるのは私だ。お前ではない!」


 欺かれ陥れられたと気づいた候補者・セトが、巨大な豚に姿を変え、彼の甥にも当たるもう一人の候補者・ホルスに襲い掛かった。


「ホルス!」


 息子の危機にイシスは叫び、ラーを初めとするその他神々も息を飲んだ。

 突然の襲撃に動作が遅れたホルスは、豚となったセトから逃げることが出来なかった。


「私が裂き殺してくれる!」


 ホルスの両眼から、紅い紅い花が散った。

 耳に痛いほどのセトの高笑い。イシスの悲鳴。神々の怒号。

 そして、ホルスの絶叫が響き渡る。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 現実と見紛うほどの感覚を感じて、少年は思わず叫んだ。

 次の瞬間。

 もうあの神話の一場面は消えていて、目の前には神話の書かれた歴史書を持った先生が立っている。


「あ、あぁ?  夢?」


 いまや教室中の視線を浴びている少年は、周りの光景に思わず間抜けな声を漏らした。


「あー……どうかしたの」


 眉間に皺を刻み先生が聞く。


「どうもこうも――」


 隣で頬杖の手を滑らせた少年は大きくため息をついたのだった。


 ここは西の国。

 正午を少し回った、太陽が一番元気な時間。

 そんな中で、先ほど教室にいた十歳から十五歳まで子供達が、揃って遺跡の発掘作業をしている。


「めっちゃくちゃひでぇの!」


 昼の民特有の明るい色素の髪。なかでも、朝日のようだと村人達から称される眩しい金色の髪を、汗に濡れた頬に張り付けて、今年で十を数える少年・カイは続ける。


「昼飯も食ってないのに外に連れ出されて延々説教!  あれはないだろ……」

 

 しばらく隣で聞いていたラオ――彼も十歳――は、オレンジがかった金髪を揺らし、つり上がり気味の目をさらにつり上げた。


「で、結局、何の夢を見たわけ?」

「さっきの授業でちょうど先生が語っていた神話の場面だよ。ホルス神とセトの最初の戦いの場面。毎日のように聞かされてきたからかな。とうとう夢にまで見ちゃったよ」

「まあ、俺たちは、家が家だしなぁ」


 この国には、国を守り治めている〝ホルス神〟にまつわる話がゴマンとある。

 滅多に人界に姿を現すことはないが、つくりものでも迷信でもない。本当にいる神様である。

 現在は国の中央、ウジャト神殿にしか神々は降りてこないが。

 今、カイ達が発掘作業の手伝いをしているのは、曲がりなりにも、昔――まだこの国にも多くの草木が溢れていた時代――神々が地上に降りたときに使用したとされる神殿跡だ。

 そして男たちは毎年出来た農作物を捧げ、女たちは生まれた子供に必ず神話を話してやる。

 ただ、カイやラオは、孤児院で育ったため例外ではあるが。

 ラオは、早くに親を亡くし。カイに至っては、親の顔すら覚えていない。

 それは親の顔すら覚えられない赤子の時に孤児院にやって来たというわけでは決してない。十分に周囲の環境を察するに値する年齢に達してはいたが、カイには孤児院に来る以前の記憶がないのだ。

 所謂、記憶喪失。

 昔はそれを気にしたこともあった。それでも今は、カイはそれを悲しく思ってはいないし、その状態を不満に思っているわけでもない。そんなことを感じないくらいたくさんの愛情をもらって育ってきたからだ。

 孤児院で父と慕われる存在、神官・ファトによって。

 そしてその神官ファトこそが、カイ達に神話を聞かせてきた張本人だった。彼の職業柄、一般家庭より多く神話を聞かされてきたような気がする。


「授業で神話の勉強が入ってきてからも、ファトの何かにつけて神話を読み聞かせる習慣って変わらないだろ? まあ、ファトが神話を話してくれるのは、俺達への愛情表現なんだってわかってはいるんだけどさ」


「なんだかんだ言って、お前、ファトのこと大好きだよな」


 呆れたように言いながら、ラオは砂の中から大きめの石を掘り出し、ふっと息を吹きかけた。小さく模様が彫ってある。

 けれどこの遺跡には、谷から切り出された自分たちの背丈――ラオは百四十センチ。カイに至っては小柄なため百三十二センチだ――ほどもあろう赤茶の四角い岩が点在している。それらの岩は、この遺跡の礎だったのかもしれないし。なにかの儀式のためのものだったのかもしれない。はっきりした使い道はわかっていない。だが、そのどれもに絵とも、字ともつかぬ模様が描かれている以上、こんな石は特に珍しいものでもないのだ。ラオはしばらくそれを眺めた後、普通の石を川へ放るような仕草で籠に放った。

 ラオがそんな作業をしている間にも、カイは一人愚痴をこぼし続ける。 


「それは否定しないけど、ソレとコレとは別。ほんっとにもう俺教育方針にブーイング出していい? ていうか出すよ」


 と、カイのお喋りが止まり、ばっと顔を上げる。髪色より少し濃い金色の眼が向いているのは闇の森に程近い一画だ。


「呼んでる……?」

「え、何? どうかしたのか?」


 カイのあまりの真剣さに、ラオも手を止めた。


「話に夢中で気付かなかったけど、ここじゃなくて向こうに何かあるような気がしたんだ」


 カイには不思議な力がある。発掘作業において歴史的意味の深いものをよく発見するのだ。


「やっぱり、あっちに何かある」


 その才能がどういう風に培われたものかは定かではない。神官である自分たちの養い親と寝食を共にしているからだとか。よく神殿に出入りしていろんなものを見ているからだとか。理由は多く考えられる。だが、その場合自分にもそんな才能が備わってもいいはずだ。だったら、カイの失われた記憶が関わっているのか……。

 いや、仮にそうだったとしても、やはりラオは思わずにはいられないのである。

 カイは特別だ、と。


「なあ、ラオ、行ってみようよ!」


 カイの言葉に我に返ったラオは、小さく身震いした。

 カイの指差す先は、本当に闇の森の目と鼻の先だ。

 闇の森。この国の多くが砂に包まれる前、神々がまだ地上に多く降りてきていた頃の名残を残すその森は、異様な雰囲気を放っている。

 その中には見たこともないような動物が多く住み着き。また荒々しい輩もたくさんすんでいるという。人々は決してあの森に近付こうとはしない。唯一入っていくのは鷹だけだ。あの中には鷹の餌になる生き物がたくさんいるのだろう。

 そしてもっと恐ろしいのは森の奥。ラオやカイ達〝昼の民〟とは生きる時間を違える〝夜の民〟が住んでいるのだ。

 日の出と共に起き日の入りと共に眠る〝昼の民〟。

 その逆で日の出と共に眠り日の入りと共に起きるのが〝夜の民〟。

 同じようにホルス神が治める国ではあるが、〝夜の民〟は殆どセト神の支配下にあり、一瞬でも気を抜くととんでもないことになるらしい。

 それはラオの母親が亡くなる前、ラオがまだ孤児になる前にしてくれた話で、ラオは結局とんでもないことが何なのか聞けずじまいだった。


「なあ、本当に行くのか?」


 ただでさえ、近付きたくないのに。もう、日暮れも近いこの時間に、闇の森に近付くのは勘弁して欲しい。


「だって、さっきからうるさいくらいだから」


 何が、とは聞かない方がいいのだろうか。この場合。


「なあ、カイ。今日はもう止めておけよ」

「でも……」

「ああ、もう! お前が何を感じたかは知んねぇけど。今日は止め! 明日は学校休みだし、明日の朝から付き合ってやるから!」


 半ば自棄になりラオが怒鳴る。

 そんなラオに、


「約束だからな」


 と、この先に待ち受けるモノも知らずカイは無邪気に笑った。

 


 その晩。


 夢の中でカイは一人遺跡に佇んでいた。

 昼間にもかかわらず発掘作業を行う人影はない。そのことを不思議に思いながら、カイは歩を進めた。けれど、急に襲った胸の痛みに、胸を押さえて立ち止まる。

 胸の痛みで呼吸が儘ならない。次第に早くなる鼓動。元気だけが取柄のカイは初めて感じる痛みに不安が募る。

 水でも飲めば落ち着くかもしれない。

 そう自分に言い聞かせて、発掘作業のために整備された飲み場――地価水路を流れる水を石を積み上げて囲いまで引いたもの――に足を向ける。枯れることなく供給される水に手を触れると、少し落ち着いたような気がして、カイは手をすんだ水で清め、すくった水を口に運んだ。

 だが。

 その拍子に目入った水面に、カイは異変を感じ取った。

 水面で揺れる太陽の照り返しが次第に弱まっていく――。

 視線を頭上に移すと、太陽がなにか影のようなもので覆われていっていた。雲に覆われた場合と違い、太陽の形ははっきりと確認できる。しかし、いつも感じていたはずのその暖かい陽射しを感じることが出来なくなってしまったのだ。

 カイは慌てた。

 昼の民は太陽が在ってこその民である。

 このまま太陽を失ってしまったら……。

 セトが支配する夜の世界を想像し、ぶるっと身震いをする。

 そんなことさせるわけにはいかない。

 カイは急ぎ村に知らせるべく駆け出そうとした。だが――ズキンッ――再び胸の痛みが襲う。

 ズキンッ、

 ズキンッ、

 ズキンッ――


「ぅ、あ――」


 胸の痛みに気をとられていたカイは、足元の石に気付くことが出来ず盛大に転倒した。膝に帯びた熱を感じ、見れば血が出ている。それでも、カイは村に知らせようと立ち上がろうとする。

 が。

 ズキンッ――

 途端、一際大きな胸の痛みがカイを襲って、カイは立ち上がることが出来ず再び地に伏した。


「このままでは……」


 弱弱しく呟きをもらす。

 その声に答えるものなどいない。そう思っていた。 

 だが。

 ―――――――――。


「……歌?」


 静かな、澄んだ歌声。

 カイの呟きに答えるようにして歌声が響いてくる。

 カイは、その歌声に励まされるようにして、やっとの思いで上体を起こすと、歌声のする方へと目を向ける。

 そして、カイは言葉を失った。

 真っ先に目に入ってきたのは腰まであろう豊かな銀髪。その髪を揺らし、透明感のある白い肌に朱をさした美しい少女が、空を見上げ涙を流し、薄紅色の唇から歌を紡いでいる。


「君は……誰……」


 歌の邪魔をするのは悪い。そう思いながらも、カイはその疑問を口にするのを止めることが出来ない。少女はそこでやっとカイの存在に気がついたのか、涙に濡れる目がカイへと向けられる。


「私は……」


「―――カイ! おい、カイったら、起きろよ!」


 消え入りそうな声で少女は自分の名を口にしようとしたが、その名を聞く前に加わった衝撃にカイは覚醒せざるを得なかった。自分の体を容赦なく揺すった犯人であるラオを睨み付けて、カイはゆっくりと上体を起こす。


「うるさい」


 まだ声変わりの終わっていないボーイソプラノの声で凄んだところで、効果はあまり期待できない。けれどラオはそんなカイの反応を予測していなかったらしく、引きつった笑みを向けた。


「せっかく今日も起こしに来てやったのに、礼の一つもないのか?」


 これが他の朝ならカイだって心から礼を述べただろう。はっきり言ってカイは寝汚い。そのため、誰かが起こしに来ない限り、いつままでも寝ていてしまう。

 だから起床時間を過ぎても起きてこないカイをラオが起こしにくるのはもう習慣に近かった。そして、それはとても有難いことなのだが。

 今日は事情が違う。

 もう少しで少女の名を聞けたのにラオのせいで聞けず仕舞いだったのだ。

 カイは不貞腐れるように、起こした体を再び布団に投げ出した。

 もう一度眠れば、またあの少女に出会えるだろうか。

 そんな淡い期待を抱いて再び目を瞑る。


「おいおい、今日は昨日彫れず仕舞いだった現場に行くんじゃなかったのかよ」


 だが、その一言に、まどろみの海に漕ぎ出しかけたカイの意識は再び岸へと引き戻された。


「行く!」




 遺跡への道すがら、ラオは恨めしそうにカイを見詰めた。


「ったく、カイが寝坊なんかするから、こんな一番暑い時刻に作業する羽目になったんだぞ」


 学校が休みということで、まだ涼しい朝型に作業をするはずだった。けれど、日は既に高い。


「だから、悪かったって何度も謝ってるだろ」

「そんなこと言うと、手伝ってやらないぞ」


 汗を拭いながら、カイが呟く。暑さのせいで互いに機嫌は最悪だ。

 ラオに至っては、乗る気じゃないだけに、殊更である。ラオは勢いで言った昨日の言葉を悔やむざるを得ない。


「何だよ、ラオ俺の勘が信じられないのか?」


 先を行くカイは足を止め、振り向く。


「いんや、カイの力は認める。だけど、場所が場所だからなぁ」

「闇の森の近くだから?」

「まあ、そんなとこ。というか、お前はわりかしさっぱりしてるよな」

「だって、森に入らなきゃ大丈夫だろ?」

「ファトに散々脅されたから、俺は生理的に受け付けないんだよ! でも、同じ孤児院で育ったのにお前ときたら……」

「嫌ならラオは帰れよ! 俺一人で行くからな!」


 肩を竦めるラオに、カイは背を向けた。


「お、おい!」


 背後で、ラオの困り掛けた声が上がったが、気にせず足を速める。

 と―――


『          』


 響く。


 重く、重く、重く。


 脳裏に。


 昨日聞こえたものと同じだ。それはどこか懐かしさを覚える。

 

 やはり、呼んでいる。自分を。

 

 招かれるまま―――一歩。

 

 だが。


「……ぉ、くぅ……」


 途端、眩暈に襲われた。

 カイは体を支えることも侭ならず、そのまま顔から地面に倒れこむことを覚悟する。


「カイ!」


 けれど遺跡の岩陰から、にゅっと腕が伸びてくる。

 一瞬、自分の名を呼んだラオのものかと思う。しかし。


「大丈夫か?」


 声変わりの終わった低い声だ。

 見れば、薄汚れた砂除けのマントを纏った見知らぬ男が自分の体を支えるようにして、腰に腕を回していた。


「あ、ありがとうございます!」


 カイは礼を述べ体勢を整えようとしたが、眩暈は治まらず再び男の腕の中へと倒れこむ。


「すみません。すぐに起き上がりますから」


 恥ずかしさに顔を赤く染めカイは謝った。砂除けの布で口元が覆われているため、男の表情は読み取り辛かったが、男はどうやら苦笑しているようだ。


「いや、構わない。それより、水分を取って木陰で休んだ方がいいだろう。おそらく軽い日射病だ」

「カイ、大丈夫かよ」


 男はカイの体を支えながら、僅かな岩陰に移動する。すると、ラオが駆け寄ってきた。とても心配そうな顔をしている。


「大丈夫。ごめん、心配掛けた」

「いや、良いって。でも、今日の発掘はなしだからな」


 二人して笑いあうと、横から袋状の何かを差し出された。

 羊の腸で作られた水筒だ。


「水だ。私の飲み掛けで悪いが飲め」


 カイは水筒と男の顔を交互に見比べる。けれど、このままこうしていても仕方がないのでその水筒を有難く受け取ることにした。

 水筒に口を付けたカイは、一口―――ごくりっ、と喉を鳴らして水を飲む。

 男の水筒の水は生ぬるかったが、湧きたての冷たい水を飲んでいるような感覚に襲われて、カイが夢中で水をあおった。そして、自分がどれだけ喉が渇いていたのかこの時やっと自覚した。


「落ち着いたか?」


 カイが水筒から口を離したのを見計らって、男は口を開いた。


「あ、はい、ありがとうございました―――」


 でも……とカイは申し訳なさそうに手にした水筒に視線を落とす。水筒は随分と軽くなってしまっている。遠慮する余裕などなかったのだ。


「問題ないさ。ちょうど村に行くところだったからな」


 そう朗らかに言うと男は、カイの手に水筒を残したまま、「じゃあな」と村に足を向ける。


「何だったんだよ、あいつ……」


 次第に遠くなっていく男の後ろ姿に、ラオが呟く。

 カイは言葉を返すこともなく、男の後姿を追っていた。

 男の出で立ちは旅装であった。たが、どうして旅人がこんなところに現れるのだろう。

 カイの住む村は割りと小さな村だ。ホルス神を祀る神殿を中心に、その隣に孤児院。大抵の家は自給自足で作物を作っているので、神殿から南へのびる大通りには、最低限の生活必需品が手に入る商店がぽつんぽつんと並び、同じ通りに飲み屋も兼ねた宿屋が一つあるのみ。そして、村への入口は限られており、神殿からのびる大通りだけ。その唯一つの入口から旅人が訪れたとなれば、この小さな村で噂になるのは必然。さらに、大抵の旅人は一番最初に神殿を訪れ、これまでの旅の無事を感謝し、これからの旅の無事を祈るのが風習となっている。

 

 要するに、カイ達村の者が旅人の存在を知るよりも早く神殿を挟み村の真北に位置するはずの遺跡を訪れることなどあり得ない、のだ。

 

 もし、村人に知られることなく現れたとすれば、それは遺跡のさらに北、闇の森の向こう―――夜の世界からの訪問者だけ。

 そういう予測に行き当たって、カイはその考えを打ち消すように頭を力強く振った。自分を助けてくれた人物を疑うことは出来なかった。






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