ゲミュートの弾丸

引き金

___ねえ、ラミラ



 返事をする余裕さえなかった。せっかく名前を呼んでくれたのに、私は振り向くことさえできずにいて。なぁに、とも、うん、とも。聞き返せなかった。

 あんなに、あんなに、名前を呼んでほしいと強請ったのに。肝心な時に、余裕がないのはどうしてだろうか。否、私がまだ、弱いから。彼女に見合うくらい、強くなれていないから。


 視界に飛び散る弾丸が、ひとつ、またふたつと命を穿つ。本来その場に崩れ落ちるはずの身体が、光になって空気へと溶けていった。本当に文字通り、散っていく。いくら彼らが「兵器」だとしても__また戦えるとしても、その様子は本当に痛ましいものだった。

 この世界は、酷く残酷で美しい。そんな言葉なんて何千回も言われているだろうが、本当にそうなのだ。残酷ゆえに、美しい。美しいゆえに、残酷。

そんな私だって、ただこの散弾を飾るだけの存在なのだ。”無情“に”情”を打ち抜く、それらを。


 石ころの引っかかる地面を無理やり踏みしめて、唇を噛んだ。循環しているはずの酸素が、どこかで届かなくなっているような気がする。ハサミで切られたかのように、ぶつぶつと思考が途切れていた。


「__っ」


 無数に貼ったシールドを踏みしめて、一歩空中へと身を乗り出した。こちらを狙うようになった光の弾に、足元から閃光を打ち返す。その合間にまたシールドを蹴って、上へ、上へと駆け上がっていった。大丈夫、できる。


 頭蓋骨の内側で、何かが蠢いていた。今まで感じたことのない、抑えきれないほどの衝動。どこか遠くで、絶えず警鐘が鳴り響いている。

 きっと、ここまで「兵器」がやられているせいだろう。戦える人員がどんどん減っていっているのは、一目見ただけで分かった。


無理やり、息を吸い込む。なかなかに危ない状況だということくらい分かっているのに、あの衝動は収まってはくれなかった。本当に、馬鹿らしい。



___大丈夫、ラミラならきっと。



 あの言葉は、呪いだ。私をこの場所へと縛り付ける、苦しくて優しい呪い。私を私でいさせてくれる、命綱。それを自分から引きちぎるために、私は今ここにいる。

 ホルスターから銃を引き抜く。震える手で、引き金に指をひっかけた。彼女の声が、頭の中を飽和している。まるで鈍器で殴られているような、鈍い衝撃。ぼたぼたと、切れた唇の端から鮮血がこぼれ落ちた。


 遠く、遠くを見据える。私の視力じゃ捉えられないような、この場所の先の、もっと先。この呪いを解いたあと、私がずっと笑っていられるように。


 彼女の笑顔が、まだ記憶の中に刻まれたまま残っていた。何度も何度も思い返してしまったせいで、なかなか忘れられなくて、困っているのだ。そろそろ忘れないと、まともに戦えなくなってしまうのに。私はやっぱり、彼女みたく頭をうまく回すことが苦手みたいだった。いくら彼女を追いかけたって、本物にはかなわない。


 また、視界の端っこで光が溶けていく。シールドがぱりん、と割れた音がした。


 ねえ、リリア。



___立派な、「兵器」になれるよ




 いつになったら私は、ここから逃げ出せる?




「アルマ」




 散弾が、止んだ。




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