014 涼介、処刑
「無理だと?」
国王の眉間に深い皺ができる。醸し出すオーラがぴりぴりしたものに変わった。
「はい、無理です。人殺しの兵器を作る気はありません」
この世界に来て間もない頃の涼介なら笑顔で快諾していただろう。ゲームの感覚が抜けていなかったから。しかし約半年も過ごしたとなればそうもいかない。
今の涼介にとってこの世界は紛れもない現実だ。しかもシャーロットに恥じない人間になろうと思い、自分が考える「立派な人間」を目指して邁進している最中だった。殺戮兵器を作る気は毛頭ない。
「それが用件ならお力になれないんで失礼します。他のクラフターを当たってください」
国王に背を向け去ろうとする涼介。
「待て」
「まだ何か?」
「他のクラフターでは無理だ。そなたでなければステンガーは作れない」
「そんなはずないでしょ。俺はただ〈クラフト〉を使っているだけですよ」
国王は「ふん」と嘲るように笑った。
「白々しい。ステンガーを独占している人間なのだからその言い分は通らないだろう。他のクラフターでも作れるなら、冒険者はわざわざそなたのステンガーにこだわる必要はない」
正論だ。
「もちろん我らも最初は他のクラフターに作らせようとした。特にステンガーの製造者が分からなかった頃は躍起になったものだ。レベル1の孤児を育てて〈クラフト〉に特化させたこともある。だが、誰一人としてステンガーを作ることはできなかった」
国王は涼介の言葉を待たずに続けた。
「そなたなら分かるだろう。ステンガーを作ろうとした場合、要求されるスキルレベルが非常に高いのだ。材料費も市場に出回っているステンガーの買値より高い。数倍どころか数十・数百倍になる。ステンガーについている追尾性能を付けなくてもこの有様だ」
「なるほど、そういうことだったのか」
実は涼介も引っかかっていた。どうしてステンガーを模倣するクラフターが現れないのか。他の冒険者はミサイルの構造を知らないから再現が難しいのは確かだが、それでも似たような物を作ることは可能だ。なのに今まで誰一人として涼介の真似をする者はいなかった。
(こいつら『制約』のことを知らないんだな)
〈クラフト〉で何かを作る時、要求される材料やスキルレベルを下げる方法は二つある。
一つは必要な材料の数や質を下げてイメージすること。例えば家を作ろうとした場合、釘を使うかどうかで材料費が大きく異なる。宮大工のように釘を使わない技術をイメージした場合、釘に関する材料の要求がなくなり費用を安く抑えられるわけだ。質も安物の木材をイメージすることで安くなる。
もう一つが仕様に制約を課すこと。涼介が好んで使うのは「一度の使用で壊れる」というもの。ステンガーの場合、「魔物にのみ有効」という
涼介は他の冒険者に比べて制約を課すのが上手かった。基本的にワンポイントでの使用を想定しているので、想定しているシーンに関係ないことは全て制約に含めているのだ。
再びステンガーを例に挙げるのであれば、「魔物以外に命中した場合は爆発しない」「爆風は魔物以外にダメージを与えない」「有効射程は30m」「弾速は通常の半分」「一度の使用で壊れる」「発射から6秒で弾が消える」「重量は通常の2倍」などの制約が課されている。
(制約を教えてやれば解決するかもしれないが、それは大量殺人兵器の製造に加担するのと同じだからできない)
国王は大きく息を吐いた。
「金ならいくらでも出す。金で満足できないなら相応の地位も約束しよう。だから涼介、我が国のために対人用のステンガーを量産するんだ。もしくはそなたが隠している作り方を教えよ」
「どう言われても無理です。殺人兵器を作る気はありませんし、作り方を話す気もありません」
「ふむ……」
国王は玉座に座り直し、右の人差し指で頭を掻いた。
「どうしても協力する気はないのか?」
「はい、どうしても無理です。すみません」
「だったら処刑だな」
「えっ」
「衛兵、この男を捕らえて処刑しろ」
謁見の間がどよめく。
「ええい、何をしている、早く捕らえろ!」
「は、はい、ただいま!」
涼介の周囲を大量の衛兵が囲む。彼は抵抗することなく素直に捕縛された。
「どういうことですか。協力しないなら処刑っておかしいでしょ」
国王は「仕方ないだろう」と笑う。
「対人兵器としてのステンガーが量産されると世界は変わってしまう。この技術が他国に流出するのは何が何でも防がなければならん。我が国で使えぬ技術など不要じゃ」
「だからって処刑なんてありえねぇよ。それに俺、他の国に技術を流す気なんかないって」
涼介の口調が荒ぶる。
「考え直せば済む話じゃよ。ワシに脅されて嫌々ながらという
「ぐっ……」
「どうする? 涼介」
涼介は黙って考えた。
(このままでは死んでしまう。だが、殺人兵器を作るなんて……)
その時、涼介の脳裏によぎったのはシャーロットの顔だった。彼のすることなすことに「すごいです」「流石です」と目をキラキラさせる彼女の顔。それから、妄想によって描かれた数年後の大人びた姿。
(ここで国王に従ったら、俺はシャーロットに誇れる男になれない)
涼介は俯いたまま笑った。
「どうもしねぇよ、脅されたって作らねぇ」
「この馬鹿者が!」
国王は立ち上がり、謁見の間の扉へ右手を向ける。
「その馬鹿者を直ちに処刑せよ!」
「「ハッ!」」
衛兵たちが涼介を連行しようとする。その時、一人の男が手を挙げた。
「お待ちください陛下。私は涼介の処刑に反対します」
それはシャーロットの父であり公爵、ダミア家の当主アルベルトだった。
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