013 有名人

 涼介は考えた。自分に何ができるのか。何かしたいことはないのか。ゲームに酷似しているとはいえこの世界は現実である。そのことも含めて考えると、自ずと答えは見つかった。


「潤沢にあるお金、高レベルの〈クラフト〉、前の世界やゲームの知識……これらを駆使して世界を良くしよう」


 それが涼介の出した結論だった。前の世界で過ごしていた頃、常々「金持ちや権力者が私利私欲にまみれているから世界は腐っている」と考えていた。この世界が腐っているかは分からないが、日々の生活から国民の政府に対する評判がよろしくないことは分かっていた。ならば自分が良くしてやろう。


 具体的に何をするのか。前の世界なら政治家になれば済んでいた。金の力を駆使して立候補すればチャンスがあっただろう。しかしこの国では貴族が牛耳っているから不可能だ。


 悩んだ結果、涼介は無償の奉仕をすることにした。農家には農業機械を、漁師には高性能な漁船を、孤児院の子供たちには食糧や衣服を配って回る。もちろん他の業種にも関与していく。使える物を最大限に利用して庶民に還元した。


 この活動は王都から始まったが、すぐに王都の外にも拡大した。王都の近辺には小さな村や町が点在しているので、そういったところにもばら撒いていく。王都でもそうだったが、最初は得体が知れないということで、プレゼントすると申し出ても難色を示された。


 しかし――。


「どうだ? この機械――トラクターにかかれば作業が1万倍効率的になる。土壌作りや草刈りをちまちまやる必要はないし、収穫した作物を運ぶのだって余裕だ。王都の農家はみんな使ってるぜ」


「なんじゃこりゃあ! これがあれば腰をいわさなくて済むじゃけぇ!」


「やったねお爺ちゃん! これからお昼は紅茶を片手に読書を楽しめるよ!」


「うっほほーい。ありがとう、若いの。もう一度名前を教えてくれないか?」


「涼介だ。俺の名前は涼介。お人好しのクラフターさ」


 実力を知れば評価は一変。誰もが涼介に感謝した。


「涼介、お主は公爵様の再来じゃあ!」


「ちょっとお爺ちゃん、そんな言い方をしたら公爵様が死んだみたいじゃない」


「おっと、こりゃ失礼」


 農家のお爺さんと孫が愉快気に話している。


「公爵もお人好しなのか?」と涼介。


「そりゃもう素晴らしいぞ! 公爵様は貴族の中で唯一、民のことを考えてくださっている! 知っているか? 公爵様の領地だと税は国が定めた分しか取らないんじゃ。王が治めるこの村ですら小役人が小遣い稼ぎに税と称して幾ばくかの金を奪っていくかというのにじゃ。公爵様はそういった不正を絶対に許さない。だから役人や他の貴族からは嫌われているが、わしらのような庶民からはすごい人なんじゃよ」


 お爺さんは大興奮で喋り倒した。勢いに圧倒されて三割くらい聞き取れなかったものの、それでも公爵が人格者と評判であることは涼介にも分かった。


(そうか、シャーロットの親父はいい人なんだな。なら安心だ)


 涼介は話を切り上げ、他所の村に向かった。


 ◇


 シャーロットがPTを脱退してから数ヶ月が経過した――。


 涼介の活動によって、王都を中心に国が明るくなった。作物や魚類の供給量が増えて価格が安くなったことで、涼介が直接的には関与していない飲食店も喜んだ。そうやって喜びの輪が全体に波及していった。


 これに伴い涼介の知名度は急上昇。冒険者でありながら冒険者以外の人間に取り沙汰されるという不思議な形で有名人になった。もはやクラフターが涼介の代名詞になりつつあった。


 そうなると冒険者たちも気づく。コネットから買っているステンガーを作っているのが涼介であることに。もちろんコネットに訊ねても「独自のルートで仕入れた」としか返ってこないが、他には考えられなかった。


 こうして涼介は冒険者からも崇拝される存在になった。王都では誰もが顔を知っており、街を歩けば温かい笑顔で挨拶される。小さな子は将来の夢に「クラフター」や「涼介」を掲げるようになり、大人は子供に「涼介のような大人になりなさい」と教えるようになった。


 そんな彼の活躍ぶりは、当然ながら貴族の耳にも入っていた。


 ◇


 ある日、涼介は王城に呼び出された。王都ラグーザの中央付近に佇む巨大な城には数千の騎士が常駐しており、天に向かってそびえる居住塔の最上階には国王の居室がある。


「そなたが涼介か。話に聞いていた通り見た目は只の青年だな」


 そう言って謁見の間で彼を迎えたのは国王だ。玉座に座り、頬杖を突いて涼介を見ている。国王だから偉そうにして当然なのだが、涼介は何となくいい気がしなかった。


「はじめまして、国王様。俺に何の用ですか?」


 涼介は素早く左右を見る。赤絨毯に立つ彼の両サイドには国の重鎮が揃っていた。彼らの後ろや玉座の近くには衛兵が待機している。謁見の間は重々しい空気に包まれていた。


「ワシは世間話が嫌いでな、世辞も嫌いじゃ。だから単刀直入に問おう。冒険者がこぞって愛用しているステンガーを作っているのはそなただな?」


 涼介は笑顔で元気よく「はい!」と答える。ステンガーのおかげで国が潤っているのは周知の事実なので、それに対して何かしらの表彰でもされると思っていたからだ。


 だが、実際は違っていた。


「そのステンガーじゃが、今は『魔物のみ有効』という能力を付与しているな?」


 厳密には少し違うのだが、涼介は「ですね」と返す。諸々の都合から、ステンガーは魔物に命中しなければ爆発しない仕様にしていた。


「その能力、解除することは可能じゃな?」


「可能ですけど……」


 話が想定外の方向に進んでいることで戸惑う涼介。


「ではその能力を解除し、軍事兵器として使えるようにした物を我が国に売ってくれ。必要な材料はこちらで用意するし、もちろん相応の報酬も約束しよう」


「えーっと、それって、つまりステンガーを戦争に使うってことですか?」


 涼介がこの世界に来てから半年近い。それだけ過ごしていれば多少の情勢は分かるもので、この世界では国同士の争いが起きていることも承知していた。ただ、前の世界と同じくそういった問題は国のお偉いさんや軍人がどうこうすることであり、涼介のような一般人には関係なかった。


「話が早くて助かる。そなたのステンガーがあれば戦争の内容はがらりと変わること間違いない。なにせ城壁ごと吹き飛ばせるのだ。投石機カタパルトやら何やらという攻城兵器は不要になる」


 国王が「がははは!」と豪快に笑う。


「そんなわけだから涼介、魔物以外にも通用するステンガーを量産してくれ。お主の作った兵器で世界を征服しようぞ!」


「申し訳ないですが無理です」


「へっ?」


 国王は硬直し、場に衝撃が走った。

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