012 再始動まで
「PTを抜けるってどういうことだよ」
動揺からか涼介の口調には棘があった。瞬きの回数は通常の三倍多い。
「俺が一人だけレベルアップしているから嫌になったのか?」
ステンガーの販売以降、涼介とシャーロットのレベルは開く一方だった。その差が縮まることは二度とない。
「そんなことありません。そうじゃないんです」
「だったらどうして」
「お父様から帰還命令が出ました」
「帰還命令? シャーロットの父って公爵だっけ?」
頷くシャーロット。
「ご存じかもしれませんが、公爵領には二つの都市があります。一つは父が城主を務めているネギオンで、もう一つが私の姉であり公爵家の長女が治めているディアッサです」
都市の名前や場所は涼介も知っていた。ゲームの頃と同じ名称だからだ。ただし、領主が誰やらといったことは知らなかった。その手のフレーバーテキストは読み飛ばすタイプなのだ。
「父が退いた後は姉がネギオンに移り、私がディアッサの城主になります。戻るのはその為の修行をするからです。なのでこれからネギオンに戻り、まずは父の下で城主のお仕事を学ばなくてはなりません。それが二年あり、その後はディアッサに移ってさらに二年、姉の下で同様に過ごすことになります」
「そんな話、今までに一度も聞いていないぞ」
「本当はもう数年の猶予があるはずでした。ただ、近頃は父の調子が安定しないとのことで予定を早めるみたいです。なので言っていませんでした」
シャーロットが「申し訳ございません」と頭を下げる。
「事情は分かったけど、なんでシャーロットなんだ?」
「それは、どういうことでしょうか?」
「公爵家の次期当主が長女で、シャーロットはその補佐としてディアッサの城主になることが内定しているって話だよな? PTを抜けるのはその為の修行だ」
「そうです」
「長女が当主なのは分かるが、どうして補佐は次女じゃなくて三女のシャーロットが担当するんだ?」
シャーロットが「ああ」と理解する。涼介の言いたいことが分かった。
「次女は同盟国の第三王子に嫁いでおりこの国にはいないのです」
「政略結婚ってやつか」
「はい。なので私が補佐役になります」
「なるほど……」
「本当は父の帰還命令を無視してずっと涼介様と一緒に過ごしたいです。ただ、私がこうして好き放題にできているのは、父から戻るよう言われたら素直に従うのが条件だからなんです。この約束を反故にすることはできないので、突然のことで申し訳ないのですが、今日限りでPTを脱退させていただきます」
シャーロットの目に涙が浮かぶ。涼介と過ごした日々が脳裏によぎっていた。彼女にとって涼介は特別な相手だった。自分が公爵家の人間だと分かっても遠慮することなく接してくれた唯一の相手であり、他の人間には想像もつかないことばかりしでかす破天荒な人。人として尊敬できて、異性としても魅力的だった。
「残念だけど仕方ないな……。今までありがとうな、シャーロット」
「こちらこそ本当にありがとうございました。公爵家の別邸ですが、今後も変わらず使ってください。父には許可を貰いましたので」
「分かった、ありがとう」
「いえいえ。では帰りましょうか」
「そうだな」
二人は帰還の魔石を取り出した。
◇
シャーロットはその日の内に王都ラグーザを発った。家に戻ると公爵の手配した馬車が待機していて、それに乗り込んで去っていったのだ。
それから数日間、涼介は魂が抜けたような状態になっていた。まるで失恋でもしたかのような落ち込みようだった。これまであったレベル999へのモチベーションは完全に消えていた。
シャーロットが消えたことで、涼介は初めて気づいた。楽しい日々の活力になっていたのがレベルアップではなく彼女の存在だったことに。
このまま悲しみに暮れ続けるのかと思った時、コネットとの取引日がやってきた。涼介は死んだ魚のような目で応対する。
「涼介マン、一人になったからか生気がないねー?」
開口一番にコネットが言った。
「どうして一人になったと知っている?」
「商人は情報通じゃないとやってられないからねん。シャロ太郎、ネギオンに帰っちゃったんでしょ?」
「そうなんだよ。いつでも会いに来いって言われたけど、それが社交辞令だなんてことは俺でも分かる。前までは同じPTの仲間だったけど、今は公爵令嬢と一般人だ。気安く会いに行ったら迷惑をかけちまう」
涼介は抱え込んでいた思いをぶちまけた。コネットは「うんうん」「だよね」などの相槌を巧みに使い、嫌な顔をすることなく涼介の話に付き合う。
「シャーロットと過ごしている間、ずっと自分のことばかり考えていたと後悔しているんだ。こんなことになるなら狩りばっかするんじゃなくて旅行の一つでもしておくべきだったよ」
涼介が話を締めくくる。
最後まで聞き終えるとコネットは言った。
「気持ちは分かるけどね、くよくよしても始まらないじゃん? 喧嘩したわけじゃないんだし、涼介マンにどうにかできることじゃなかったんだからさ」
「そうなんだけどな」
「シャロ太郎は今頃、必死に頑張っていると思うよ。立派な城主になるためにさ。そうでしょ?」
「うん」
「だったら涼介マンも頑張ってみたらいいんじゃない?」
「頑張るって、何を?」
「何だっていいよ。とにかく何かしら頑張らないと、いつかシャロ太郎と会った時に恥ずかしい気持ちになると思うよ。立派に成長しているであろうシャロ太郎を見て、何も変わっていない自分が情けなく感じると思う」
たしかにその通りだと涼介は思った。今の姿をシャーロットに見せることはできない。情けないし、恥ずかしい。コネットに言われてハッとした。
「お? その顔! 涼介マン、ちょっとはやる気出てきた?」
「よく分かるな」と笑う涼介。顔に生気が宿っていた。
「商売人は顔色を窺うのも仕事だからねん。涼介マンも元気になったことだし、私はステンガーをばら撒いてくるよん」
「ありがとうな、コネット」
「いいよーん」
コネットが馬車を進める。しかし何歩か進んだところで「あ、そうだそうだ」と止まった。
「涼介マン、これだけは覚えていてね」
「なんだ?」
「離れていても涼介マンとシャロ太郎は同じ気持ちだよ」
「……よく分からないけど覚えておくよ」
「よろしい! じゃ、またねん! コネット姉さんは今日も忙しいのだー!」
コネットは背を向けたまま左手を軽く振り、ゆっくりと去っていった。
「俺も頑張らないとな」
涼介は両手で頬を叩いて気合を入れた。
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