015 落胆と訂正

「処刑に反対だと? 公爵、何を言っておる」


 国王は玉座に座り、人差し指でこめかみを掻いた。


「処刑ではなく地下牢で監禁するのがよいかと思います」


「監禁じゃと?」


「今は反抗心から自らの命を省みず強情になっていますが、牢の中で頭を冷やせば考えが変わる可能性は大いにあります。我々と違って彼は若いので、落ち着けば現実を受け入れるでしょう。紆余曲折を経ても最後には正しい判断をする、それが若者というものです」


「たしかに……」


 涼介はひどく落胆した。公爵が思っていたような人格者とは違っていたからだ。処刑に反対した時、てっきり自分の味方となってまともな意見を言うのかと思っていた。ところが実際には国王と同じような考え方をしている。結局のところは対人用ステンガーをどうやって手に入れるかしか考えていない。


(シャーロットの父親といえど貴族は貴族ということか)


 涼介はため息をついた。


「公爵の意見を採用しよう。この者の処刑は中止だ。地下牢にぶち込んでおけ」


「ハッ!」


 衛兵が「行くぞ」と涼介の縄を引っ張る。


「…………」


 涼介は何も言わずに公爵を一瞥。


 公爵は目を合わせようとしなかった。


 ◇


 王城の地下牢は静寂に包まれていた。牢屋の数はいくつかあるけれど、涼介以外に囚人はいない。


(看守は一人。試したところスキルは使えるようだし、アイテムの出し入れもできる。スキルポイントがいくらか残っているからその気になれば脱獄は容易だ。屋内だからテレポートスキルは使えないがやりようはある)


 涼介はどうやって脱獄するかではなく、脱獄した後にどうするかを考えていた。最初は怒りにまかせて対人用ステンガーを他国に売ってやろうと思ったが、そんなことをしても意味がない。むしろ無関係の人間が自身の兵器で虐殺される可能性があるので却下だ。


(そもそもこの世界には国籍とかあるのか? 他所の国へ勝手に侵入しても問題ないのだろうか。何も考えずに逃げるのは危険だな)


 このまま考えを変えねばいずれ処刑されるだろう。だがそれは明日・明後日の話ではない。もうしばらく先だ。考えをまとめる時間はたくさんある。


(今日は気が立って集中できないし寝るか)


 涼介は鉄格子に近づいた。


「寝るからベッドを召喚してもいいか?」


「ダメに決まっているだろ」


「なら手枷と足枷を外してもらえないか? 睡眠の妨げになる」


「分かった、そういうことならすぐに外そう」


「本当か!?」


「そんなわけないだろ。ちっとは考えて発言しろ」


「ケチな奴だな」


 仕方ないので地面に寝そべる涼介。ゴツゴツした岩肌は冷たくて心地よいが睡眠には向いていなかった。


「じゃ、おやすみ」


 看守は答えなかった。


 涼介は目を瞑る。そのまま夢の世界へ旅立つはずだった。


「なんだお前ら――うわぁあ!」


 静寂の地下牢が突如として騒がしくなる。涼介が目を開けると看守が気を失っていた。さらに鉄格子の向こうには目出し帽を被った五人組がいた。その内の一人が看守の懐をまさぐり鍵を取り出す。


「何をしている?」


 鉄格子を掴む涼介。


「落ち着け、我々はお前を救出に来た」


「知らない奴の助けなど求めていない」


「シャーロット様の命令だ」


「シャーロットだと?」


「そうだ。だから素直に従え」


「あ、ああ、分かった」


 牢屋の扉が開く。救出隊の一人が涼介の手枷と足枷を外した。


「詳しいことは後で話す。今は黙ってついてこい」


 涼介は頷き、連中に従って牢を出た。何が何やら分からないが、今はそれが正解だと思った。


 ◇


 王城から出ると馬車が待機しており、涼介はそれに乗せられた。彼の隣には隊長と思しき目出し帽の男が座った。後の連中はテレポートスキルで逃げるらしい。だったら自分たちも馬車でなくスキルを使えばいいと思ったが、何かしらの理由があるのだろうと考え口には出さなかった。


「そろそろ話してくれよ。どういうことなんだ?」


 馬車が無事にラグーザを脱出したところで涼介は訊ねた。男は「そうだな」と言って目出し帽を取る。渋い声から連想される通りの顔だった。


「端的に言うと、我々は公爵様に仕えている騎士だ。君の状況を知ったシャーロット様が、公爵様に君を助けてほしいと頼んだ。それを公爵様が承認され、我々に君を救出するよう命じられた。先程は便宜的にシャーロット様の命令と言ったが、厳密には公爵様の命令で動いている」


「公爵の命令だって? 俺を牢屋にぶち込んだ張本人だぞ?」


「あの場には私もいたので分かるが、公爵様が君のためにできることはあれが精一杯だった。君に味方するような意見を述べれば陛下は反対していただろう」


「なるほど……」


「誤解しているようだから言っておくが公爵様は君の味方だ。それは君がシャーロット様と親しい間柄にあるからではない。巷での君の活躍を評価しているからだ。そうでなければ、たとえシャーロット様に頼まれても断っていたよ」


 ようやく涼介は公爵の意図に気づいた。そして、あの場で公爵に落胆したことは間違いだと考えを改めた。公爵は彼の思っていた通りの人間だったのだ。


「助けてくれてありがとう」


「礼は公爵様とシャーロット様に言うといい。私達は君の救出に反対したのだからな」


「それでも助けてくれたことに変わりないよ」


「君にとっては余計なことだったのではないか? あの地下牢には封印がないから自力で脱獄できただろう」


「封印?」


「普通の監獄はスキルの使用やアイテムの出し入れができないよう特殊な封印が施されている。脱獄できないようにな」


「そうだったのか」


「もっとも封印の有無にかかわらず私は反対していたがな。脱獄の幇助は立派な反逆行為、騎士道精神に反する」


 男は「そもそも騎士道とは」と語り始めた。ネギオンに着くまで延々と。涼介は最初こそ適当な相槌を打っていたが、気づくと眠っていた。

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