007 革命の胎動

 まるで真夏のゴキブリみたいに、魔物は討伐から一定時間が経過すると再び出現する。俗に「リスポーン」と呼ばれる現象だ。往々にしてザコは短時間、ボスは数時間おきに復活する。


「ザコがリスポーンする前に帰ろう。あ、リスポーンは分かるか?」


「分かります」


「オーケー」


 二人は紋章の入った石を取り出した。使用すると最後に訪れた街へ瞬間移動できる〈帰還の魔石〉だ。1個1万ゴールドするが問題ない。テレポート屋の利用料も含めてキングサイクロプスのクエスト報酬が入れば採算が取れる。


「使います!」


「おう!」


 二人は帰還の魔石を掲げる。石の紋章が輝き、次の瞬間、二人の姿はその場から消えた。


 ◇


「本当にキングサイクロプスを倒したのですか? 二人なのにこれほどの短時間で?」


 ギルドの受付嬢は信じられない様子だった。


「嘘かどうかは手元の端末で調べれば分かるだろ?」


「ですですっ!」とシャーロット。


「そ、そうですね! すぐにそうします!」


 受付嬢はカタカタと端末を操作し、口をポカンとした。


「本当に倒している……」


「ま、そういうこった」


 二人にクエスト報酬の10万ゴールドが支払われた。


(余裕で黒字だな)


 涼介は満足気な笑みを浮かべた。銃の材料費はシャーロットと折半になったので半額の約2.5万。テレポート屋と帰還の魔石にかかったお金も約2.5万。込み込みで5万ゴールド前後が経費になる。クエスト報酬だけでも余裕の黒字だ。そこに魔物の討伐報酬も加わるのだからたまらない。


「明日からはしばらくサイクロプス狩りでいいか?」


 シャーロットが「はい!」と笑顔で頷く。


「お、さっきの若者達じゃないか」


 中年の冒険者がやってきた。涼介達が今回のクエストを受けた時、「無茶は若者の特権」みたいなことを言っていた男だ。


「やっぱりキングサイクロプスは辛かったか?」


「そんなことないぜ」


 涼介とシャーロットは男に向けてドヤ顔でピースサイン。


「余裕のクリアだ!」


「ですっ!」


「ハッ、吹かせ吹かせー」


「信じていないようだな。だったら受付嬢に確認してみな」


「え、本当にクリアしたの? 二人だけで?」


 男は受付嬢に向かって「マジ?」と確かめる。


「マジです」


「嘘だろ……」


 しばらくの間、男は受付嬢に「マジ?」と確認し続けた。いずれ「本当は嘘です」と返ってくることを期待したが、最終的に返ってきたのは「他の方が並んでいますのでもうよろしいでしょうか」だった。


 ◇


「レベルがたくさん上がりましたが、涼介様は〈クラフト〉以外のスキルを習得しましたか?」


 シャーロットが訊ねた。涼介は良さげなレストランを探しながら答える。


「その答えはこれを見れば分かるぜ」


 そう言って取り出したのはステータスカードだ。右手の人差し指と中指で摘まんでシャーロットに渡す。彼女はお礼の言葉を述べてから自分のカードを涼介に渡した。


「では拝見させていただきます」


 シャーロットが涼介のカードを確認する。


【名 前】涼介

【レベル】15

【クラス】クラフター

【スキル】

・クラフト:15


「〈クラフト〉に全てのスキルポイントを振っているじゃないですか!」


「それがクラフターの辛いところだ」


「辛いところ?」


「本当はいくつか覚えたいスキルがある。例えばテレポート屋が使うような瞬間移動スキルとかな。でも、クラフターはそういうのに手を出す余裕がない。満足のいく物を作れるようになるまでは〈クラフト〉を上げ続けるしかないんだ」


「でも涼介様は拳銃なる武器を作りましたよね? キングサイクロプスですら一撃で倒すほどの。あれで十分じゃないのですか?」


「ダメダメだよ。使い勝手が悪すぎるし、俺の目標はレベル999だからな」


「999……すごいです。普通の冒険者は40~60で停滞すると言われているのに」


 この世界とゲームの最大の違いがレベル上げに対する意欲だ。ゲームでも涼介ほど熱心な人間は少なかったが、それでも100レベル以上はごまんといた。なので100レベルのプレイヤーなど何も珍しくなかった。


 一方、この世界ではレベル80ですら高レベルと呼ばれ珍しがられる。100を超えれば達人の域だ。その理由は色々あるが、最たるものは50レベルもあれば生活に困らないからだろう。週に1~2回クエストをこなせば、あとはギルドや酒場で駄弁っていても生きていける。大半の冒険者にとって狩りは生活費を稼ぐ手段でしかないのだ。


「皆は無理と言うだろうが、いずれ成し遂げてみせる」


「涼介様なら無理なことなんてありませんよ!」


「そう言ってくれるのはシャーロットだけだよ、今はな」


 涼介は小さく笑い、シャーロットのステータスカードを見た。


【名 前】シャーロット・ダミア

【レベル】19

【クラス】妖精使い

【スキル】

・妖精召喚:5

・妖精強化:14


「ちゃんと指示した通り〈妖精召喚〉を強化しているな」


「もちろんです!」


「この調子でこれからも頑張ろうぜ」


「はい!」


 二人は小洒落たレストランに入っていった。


 ◇


 それからというもの、涼介とシャーロットはキングサイクロプス狩りに明け暮れた。


 朝になるとギルドへ行ってクエストを受け、材料を揃えたらテレポート屋に頼んで狩場へ直行。サクッと討伐を済ませたら帰還の魔石で戻ってくる。昼過ぎには狩りを終えていた。


 キングサイクロプスは数時間で復活する。クエストは1日1回しか受けられないが、ボス自体はその気になると2~3回倒すことが可能だ。ゲーム時代の涼介なら迷うことなく何度も倒していただろう。クエスト報酬がなければ赤字だが、レベル上げが最優先なので気にしない。


 しかし、この世界では1日1回で留めていた。体力の消耗が激しいからだ。どれだけ楽勝であっても下手を打つと命を落とすため、戦闘時は精神を集中させねばならない。街に戻った頃にはクタクタになっており、とてもではないが連戦できる状態ではなかった。


 とはいえ、周囲からするとそれでも頑張り過ぎなくらいだ。連日にわたってボスを瞬殺してくる涼介とシャーロットのことは、王都ラグーザにいる冒険者の中でちょっとした噂になっていた。


 そして10日が経過した――。


「キングサイクロプスはもうダメだな」


「ダメですか」


「倒してもレベルが上がらなかったからな。割に合わない」


 二人は石畳の街路を歩いていた。日課のキングサイクロプス狩りを終えて馴染みのレストランへ向かう道中だ。


 レベルはどちらも35になっていた。厳密に言うと涼介は36になる手前で、シャーロットは35になったばかりだ。シャーロットが涼介の作った武器で戦っている都合から、今では涼介のほうが先行していた。


「これからどうしますか?」


「別の狩場に行かないとな」


「999レベルを目指しているのですよね?」


「そのつもりなんだが、このペースだと無理だな」


 ゲームでは1日20時間をノンストップで狩りに費やせた。今は休憩を挟んでも2時間で精一杯。ダメージを受けないよう戦うので効率も悪かった。


「私、足手まといになっていますよね。何もしないで経験値だけ頂いちゃって……」


「そういう意味で言ったんじゃないよ。シャーロットの存在は大きい。狩りの安定度が段違いだからな」


「ならいいのですが……」


「一般的な冒険者のスタイルや考え方はこの1週間で把握したし、そろそろ奥の手を使おうかと思う」


「奥の手?」


 涼介が「それはだな」と口を開いた時だった。


「やぁやぁお二人さん、今日はなんだか暗い顔してんねー!」


 二人の背後から行商人のコネットが近づいてきた。肩に掛かる長さの赤髪が特徴的で、年齢は涼介と同じ20歳。涼介とシャーロットが新進気鋭の冒険者なら、彼女は新進気鋭の行商人である。


「涼介マン、明日の材料を仕入れてきたよん。買ってくかい?」


 コネットが二頭の漆黒馬を止まらせた。


「明日は予定がないんだけど買っておくか」


 ここ数日、涼介はコネットから銃の材料を買っている。いちいち店を回らなくても全て手に入る上に相場より安いからだ。コネット曰く「独自のルートで仕入れているのと私は商魂が逞しいのだ!」とのこと。


「まいどあり! シャロ太郎も何か買う? 可愛いお洋服も仕入れたよん!」


「い、いえ、大丈夫です」


「ほいほいさー」


 そこで話が終わるかと思いきや、コネットは涼介に言った。


「涼介マン、そろそろ狩場を変える頃なんじゃない?」


「分かるのか?」


「なんとなくねん! 本当は二人の会話を盗み聞きしてたんだけど」


「おい」


「がはは! で、次はどこの狩場にするのさ? 巷で聞いた話だと涼介マンとシャロ太郎はボスハンターなんでしょ?」


「割に合えばザコでも狩るけどな」


 涼介は馬車の荷台を確認する。そこには様々な材料が積まれていた。


「35だと少し早いかもしれんが……やっぱり次はアレしかねぇか」


「アレって?」


 涼介はその問いに答えることなく言った。


「なぁコネット、いい商売の話があるんだが乗らないか?」

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