005 交換条件
シャーロットにとって、涼介のクロスボウは画期的な武器だった。クロスボウという武器自体は他にも存在しているが、彼女でも手軽に扱えるほどの代物は他になかった。
「涼介様、このクロスボウを私に売っていただけませんか? お願いします!」
深々と頭を下げるシャーロット。
「売るも何もそれはもう君の物だよ」
「え?」
「さっき言っただろ、あげるって」
「そうですが、これほどの物を無料で頂くのは気が引けます」
「だったらこうしよう」
涼介は右の人差し指を立てた。
「その武器をプレゼントする代わりに、今後は俺と一緒に活動してくれ。そして、可能なら君のスキルポイントをどう使うかは俺に決めさせてほしい」
「といいますと?」
「俺は仲間が欲しい。俺の指示した通りにスキルの習得・強化をする奴なら最高だ。まぁ流石にそれは高望みだと分かっているからとりあえずPTだけでも……」
「大丈夫です! 私、涼介様の仲間になります! スキルポイントも涼介様のご指示に従って振ります!」
シャーロットは即答だった。
「いやいや、そんなにあっさり承諾することじゃないだろ」
「それだけこのクロスボウが私にとって素晴らしい武器だったのです。それに、PTは協力するものです。涼介様が必要なスキルは私にとっても必要なはずなので問題ございません!」
「まぁそういうことなら……」
涼介は再びシャーロットとPTを組んだ。
「こちらに有利すぎる条件で申し訳ないな」
「それはむしろ私のセリフです。素敵な武器をいただいたばかりか、今後もPTを組んでいただけるなんて夢のようです。不束者ですが精一杯頑張りますので、何卒よろしくお願いいたします」
この出会いが、涼介とシャーロットの運命を大きく変えることになった。
◇
それから小一時間、シャーロットは嬉々として狩りに励んだ。妖精を引き連れて森の中を駆け回り、見かけたダックマンを手当たり次第に射抜いていく。敵を倒すたびに彼女は飛び跳ねて喜んだ。
無理もないことだろう。これまでは1体のダックマンを倒すのに1時間も費やしていたのだ。それがクロスボウを手に入れてからは数秒で済む。しかも妖精に任せるのではなく、自分の手で倒している。
いよいよ日が暮れたので、二人は慌ててラグーザに帰還した。その足でギルドへ行ってクエストの完了を報告する。シャーロットもダックマンの討伐クエストを受けていたので、二人して報酬を受け取ることができた。
「そのクロスボウ、本当に気に入ったんだな」
「はい!」
ギルドを出て街の中を歩いている最中も、シャーロットはクロスボウを握りしめていた。念じれば異次元空間に保管できるのにわざわざ持っている。今の彼女にとって何よりの宝物だった。
「明日はもっと驚く武器を作ってやるから楽しみにしといてくれ」
「もっと驚く武器? このクロスボウよりですか?」
「そうさ。銃って言うんだ」
「銃?」
この世界に銃は存在していない。なのでシャーロットはそれが何か分からなかった。どういう形なのかも想像できない。
「本当なら今すぐに作りたいが今日はもうヘトヘトだからな。適当な宿屋を見つけて休まないといけない」
「宿屋ですか……」
何やら考え込むシャーロット。そのことを気にもとめず涼介は訊ねた。
「どこかいい宿を知らないか? お金がないから安いところがいいんだが」
「それでしたら……」
シャーロットは唾をごくりと飲み、緊張の面持ちで言った。
「私の家はいかがでしょうか?」
「シャーロットの家は宿屋なのか?」
「い、いえ、そうではなくて、私の家でお休みになってはいかがかと。空いているお部屋がたくさんございますので」
「気持ちはありがたいが家族に悪いだろ。娘が知らない男を連れてきたとなれば角が立つ」
「それなら心配いりません。私はこの街にある別邸にて一人で暮らしていますので」
「一人か、だったら問題ないな!」
「はい!」
二人は適当なレストランで食事をした後、シャーロットの家に向かった。大通りを抜けて、いわゆる高級住宅街を歩くこと数分で到着。
「こんな所に一人で暮らしているのか……」
「一人で過ごすのは寂しかったので、涼介様が来てくださって私も嬉しいです」
「たしかにこの家で一人暮らしは逆に辛そうだ」
公爵家の別邸を見て涼介は理解した。公爵がいかにすごい貴族なのかを。
それほどまでに家が大きかったのだ。広々とした庭があり、その奥に荘厳な館が威風堂々とした面構えでこちらに向いている。この家から見れば、前の世界で涼介が住んでいた築70年の一軒家などウサギ小屋も同然だった。
(初っ端からとんでもねぇ仲間に巡り会えたな)
涼介は苦笑いを浮かべながら門扉を通った。
◇
翌日、朝食を済ませた二人はいくつかの店で材料を集めた。もちろん銃を作る為の材料だ。
「集め終わりました」
「こちらもだ。全部でいくらかかった?」
「1万8000ゴールドです」
「俺のほうは3万1000だから、足すと約5万か」
約5万――それが銃と銃弾1発を作るのにかかる材料費の合計だ。
(思っていた以上に材料費が高い。こりゃザコ狩りじゃ使えないぞ)
とりあえずギルドへ向かいつつ、涼介はどうしたものか考える。彼の想定だと材料費は数千ゴールドで済む予定だった。大誤算だ。
(スキルレベルを低く抑えるために銃の耐久度は極限まで落としている。1発撃てば銃も壊れる。つまりクエスト報酬込みで単価5万ゴールドを超える敵を倒さなければ赤字だ。そんな敵と言えば……)
ギルドに到着した。シャーロットが「どうぞ」と扉を開ける。涼介は礼を言って先に入り、周囲の冒険者には目もくれず受付カウンターへ向かう。
「涼介様、シャーロット様、こんにちは。クエストをお受けになりますか?」
受付嬢が話しかけてくる。これには涼介が答えた。
「キングサイクロプスの討伐クエストを受けたい」
「「えっ」」
受付嬢とシャーロットが同時に驚く。
「今、なんと仰いましたか?」と受付嬢。
「キングサイクロプスだ。レベル20のボスモンスター」
モンスターはザコとボスの二種類に分けられる。ザコは数を狩ることが基本で、1体あたりの経験値やゴールドは大して多くない。クエスト報酬も少なめだ。一方、ボスは量よりも質であり、この世界だと1ヶ月に1体でも倒せば上出来とされている。それだけに経験値やゴールド、クエスト報酬もザコとは比較にならない。
ただしボスは非常に危険だ。攻撃力・防御力共にザコの数十倍に及ぶ。原則として大人数で挑むものとされている。それも敵よりもレベルの高い状態で臨むのが一般的だ。
「危険というか無理ですよ!」
「そうです、涼介様。キングサイクロプスだなんて、そんな……」
涼介はシャーロットの頭を撫でて笑った。
「無理かどうかは試してみなければ分からない。いざとなれば逃げればいいだけだ。サイクロプスの脚は大して速くないし、こちらには風の妖精の支援魔法だってある」
涼介は「それよりも」と受付嬢を見た。
「クエストを受注することはできるの? それともレベルが低すぎて無理?」
「クエストを受けること自体は可能です」
「だったら受けさせてほしい」
「よろしいのですか? クエストに失敗した場合、ペナルティがありますよ」
「ペナルティって?」
ゲームの頃にはなかった仕様だ。
「1ヶ月間ギルドを利用できなくなります」
「他のクエストも受けられなくなるってことか」
受付嬢は頷いた。
「冒険者が報酬目的に無茶をしない為の措置です」
「なるほど。それでもクエストを受けるよ」
「本当によろしいのですね?」
「――と、お姉さんが言っているけど、よろしいよな?」
「私は涼介様に従います」
「では受けるとしよう」
「かしこまりました。涼介様とシャーロット様にキングサイクロプスの討伐クエストを発注します」
二人がステータスカードを渡し、受付嬢が手続きを開始する。
「二人きりでキングサイクロプスに挑むたぁ若いねー」
近くの中年冒険者が話しかけてくる。
「ただの無謀だと思ってるだろ? 一応、勝算はあるんだぜ」
「へぇー、あんたらはそんなにレベルが高いのかい? 50くらいあるのか?」
「俺は10でシャーロットは15だ」
「ぷっ、10と15でキングサイクロプスに挑むのかよ! 俺も若い頃はそういう無茶したなぁ。ま、死なない程度に頑張るんだぞー。死んだら元も子もないからな」
涼介は「はいよ」と答えて会話を切り上げる。頭の中では既にキングサイクロプスとの戦闘シミュレーションが何百戦と繰り広げられていた。
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