004 シャーロット・ダミア

 その冒険者は涼介よりも若い女だった。長くて艶のある白銀の髪はそれだけで優雅だが、なんといっても紺色のドレスが目を引く。むさ苦しい野郎ばかりの冒険者界隈において、その美少女・シャーロットは明らかに異質な存在だった。


「妖精さん、お願いします!」


 シャーロットは地面に膝を突いて祈りを捧げている。数メートル前方では火・水・風・土の妖精がダックマンと激戦を繰り広げていた。手のひらサイズの小さな妖精たちは縦横無尽に空中を飛び回り、微弱な攻撃でコツコツとダメージを積み重ねている。


 その姿を眺めている涼介はポツリと呟いた。


「妖精使いか、珍しいな」


 その名の通り妖精を駆使して戦うクラス〈妖精使い〉だが、ゲームではクラフターと並んでゴミ職扱いを受けていた。4匹の妖精はそれぞれ攻撃、回復、支援、妨害を得意としているのだが、そのどれをとっても専門職に劣るのだ。涼介のクラフトと同じく「器用貧乏」という評価だった。


「妖精さん、頑張ってください!」


 シャーロットはひたすらに祈り続けている。


「どうしてあの女は戦わないんだ?」


 涼介は気になって仕方なかった。シャーロットのお祈りには何の意味もない。そんなことをしなくても妖精は戦う。祈るくらいなら一緒になって戦うほうが遙かに効率的だ。


「ま、戦いが終わってから訊けばいいか」


 涼介はクロスボウを構えながらシャーロットに近づいた。


「助太刀はいるか?」


「あなたは……」


「あんたと同じ新米の冒険者さ。必要なら手を貸すぜ」


「よろしいのですか?」


「もちろん」


 涼介は「パーティー」と念じ、シャーロットにPT申請を行う。シャーロットは承諾した。


 PTを組んだことでシャーロットのレベルが判明。なんと15レベルだった。


「そのレベルなら俺の助太刀は必要なかったな」


 涼介は矢を放ちダックマンを瞬殺した。シャーロットは「すごいです!」と拍手する。


「よせ、この程度のザコなら余裕だろ」


 戦闘が終わったので涼介はPTを解散した。


「私は全然ですので……」


「ふむ」


 涼介はシャーロットのことが気になった。レベル15でダックマンを狩っていることもそうだが、冒険者らしくない格好なのも引っかかる。せっかくなので話しておくことにした。


「PTを組んだ経験がないから分からないのだけど、こういう時はまずステータスカードを見せ合えばいいのか?」


「はい、そうです」


 二人は互いのステータスカードを交換した。


【名 前】シャーロット・ダミア

【レベル】15

【クラス】妖精使い

【スキル】

・妖精召喚:1

・妖精強化:14


 シャーロットのカードを見た涼介は二つの意味で驚いた。


「シャーロット……ダミア?」


 PTを組むと相手の名前とレベルが判明するのだが、それで分かる名前はファーストネームだけだ。また、この世界の人間は原則としてファーストネームしかない。涼介にしても勅使河原という苗字が消えていた。


「ダミアは貴族ネームです」


 そういえばそんな設定があったな、と思い出す涼介。


「貴族ネームってことは、シャーロットは貴族の家の人間なのか」


「一応……公爵家の三女です」


 公爵家は王家に次ぐ権力を持っている。普通の人間なら目玉が飛び出そうなくらい驚くところだが、涼介には馴染みがないので分からなかった。だから彼は顔色を変えることなく言い放つ。


「へぇー、なんだかすごいんだなー」


 涼介の反応にシャーロットは驚いた。


「涼介様は外国の方ですか? お名前もこの国の方とは違う感じですが」


「まぁそうなるのかな、たぶん」


「たぶん……」


「それよりシャーロット、スキルの振り方を間違っているぞ。ダックマンに苦戦するわけだ」


「え? どういうことでしょうか」


「〈妖精召喚〉はスキルレベルを上げることで召喚した妖精の基礎能力が上がるんだ。〈妖精強化〉はその基礎能力に補正を掛ける効果を持つ。つまり〈妖精強化〉をいかに上げようと、基礎となる〈妖精召喚〉が低けりゃ意味がないってことだ。1に14を掛けるより2に13を掛ける方が大きな数字になるだろ?」


「知りませんでした。涼介様はどうしてそのことをご存じなのですか?」


 訊ねられて涼介はハッとした。この世界ではゲームに比べてスキルの知識や効率的な戦い方が浸透していないのだ。


「俺は頭でっかちなんだ。レベルは低いが知識は豊富ってやつ。知識だけじゃ不満になったからレベル上げも始めたんだ」


 咄嗟の嘘だったが、シャーロットは納得した。


「それとシャーロット、さっきの戦闘中ずっと祈っていたけど、あれにはどういう意味があるんだ?」


「それは……」


 シャーロットは悲しそうな顔で詳細を話し始めた。


「実は私、戦闘能力が極めて低いのです。力がないので近接武器をまともに扱うことができず、かといって弓などの遠隔武器を使いこなす技量もございません」


「それで祈っていたと」


「戦闘に参加するとかえって邪魔になりかねませんし、かといって突っ立っているのもいかがなものかと考え、せめてお祈りくらいはしようと思いました」


 シャーロットは冒険者になった当初、色々なPTに参加していた。公爵令嬢の彼女に志願されれば冒険者は易々と拒めない。しかし、戦闘能力の低さからすぐに抜ける羽目になった。


 もちろんシャーロットは努力した。どうにかして役に立とうと頑張った。だが、どれだけ頑張っても他の冒険者についていけなかった。涼介と話すことでそのことを思い出してしまい、彼女は涙を流した。


 いきなりシャーロットが泣いたものだから涼介は慌てた。


「ちょ、別に責めているわけじゃないのにどうしたんだ。俺、何かまずいことをしてしまったか? 泣かないでくれよ」


「すみません、涼介様は何も悪くないのです。ただ、自分の不甲斐なさが嫌になってしまっただけです」


 ゲームの頃なら、涼介はシャーロットのようなプレイヤーを無視していた。彼女の気持ちを理解しようとしなかっただろう。しかし今は違う。この世界における涼介はシャーロットと近い立ち位置にいるからだ。


「気持ちは分かるよ、シャーロット」


「え……」


「実は俺も色々な武器を試したがダメでクラフターになったんだ。自分用の武器を作ろうと思ってな」


「そうだったのですか」


「だから俺の武器をあげるよ。このクロスボウならシャーロットでも戦える」


「本当ですか? 私、何を使っても全然なのに……」


「試してみれば分かるさ」


 涼介はクロスボウを渡した。低いスキルレベルでも作れるよう耐久度を落として軽量化したことが奏功し、非力なシャーロットでも軽々と持つことができた。


「使い方は簡単だ。この照準で敵を捉えながら引き金を引くだけでいい」


「分かりました」


「よし、あそこの敵で試してみよう」


 約20メートル前方に1体のダックマンを発見。二人は静かに距離を詰めた。


「ぴぴーっ!」


 風の妖精が二人に支援魔法を掛ける。体が軽くなり移動が楽になった。


「よし攻撃だ。土の妖精の妨害デバフで足止めしてから矢を放て」


「はい! 妖精さん、お願いします!」


「ヌーン!」


 土の妖精がダックマンに両手を向けて魔法を発動。地面から土の手が現れ、ダックマンの足首を掴んだ。


「グェ!?」


 驚くダックマン。小さな羽をパタパタさせて抵抗する。


「今だシャーロット!」


「撃ちます!」


 シャーロットは照準を睨みながら引き金を引いた。放たれた矢は真っ直ぐ飛び、彼女の狙い通りダックマンの胴体を射抜いた。


「グエエエエ……!」


 断末魔の叫びと共にダックマンが死亡。


『レベルが 10 に上がりました』


 PTを組んでいないのに涼介のレベルが上がった。


(そういえば他人の作った武器で戦った場合、経験値の一部が製作者に入る仕様だったな)


 これは〈クラフト〉に限った話ではなく、他の製作スキルでも同様だった。


「倒した……倒しました! 私、一人で敵を倒すことができました!」


 シャーロットが目に涙を浮かべて喜ぶ。今度の涙は嬉しさから出るものだった。

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