003 初クエスト
ギルドに入った時、涼介はとても懐かしい感覚に襲われた。石造りの外観に反する木の温かみに満ちた内装、適当な間隔を空けて所狭しと置かれている脚の長いテーブル席、奥にある受付カウンター、ゲームの頃と完全に同じだ。
ギルドの中には大勢の冒険者がいて、これもゲームでいつも見る光景だった。しかし、冒険者の格好はゲームに比べて質素、言い換えるなら低レベル向けの装備が目立つ。最高級レアはおろか、そこそこのレア装備ですら着けている者がいない。
昼間から駄弁ってばかりの冒険者連中を眺めながら、涼介は受付カウンターに向かった。白と黒を基調とするフォーマルでありながらも可愛い制服の受付嬢は、涼介に気づくと笑顔で一礼する。
「こんにちは、クエストを受けに来られたのですか?」
「そうなんだけど、実は初めてで何をどうすればいいのか分からない」
涼介は後頭部を掻く。
受付嬢は笑顔で「かしこまりました」と答えた。
「ではステータスカードをご提示いただけますか?」
「ステータスカード?」
それが何か涼介には分からなかった。ゲームの頃には存在しなかった用語だからだ。ただ、出せと言われているのだから念じれば出るだろう。そう思って「ステータスカードよ、出ろ!」と念じてみたところ、一枚のカードが召喚された。
「これかな?」
「さようでございます」
カードの内容を確認する。
【名 前】涼介
【レベル】6
【クラス】クラフター
【スキル】
・クラフト:1
ステータス情報と全く同じことが書かれていた。
(この世界ではこのカードで互いの能力を確認するわけか。ていうか、俺の名前は涼介なのかよ。まぁヒヨコ大将軍よりはマシだが)
ヒヨコ大将軍とはゲームにおける彼のプレイヤー名だ。どうせ1~2日で飽きるだろうと思い適当に付けたが最後、998レベルまでプレイしてしまった。
「少々お待ちください」
受付嬢はカードを受け取ると手元のカードリーダーに差し込んだ。さらにカードリーダーの隣にあるパソコンを操作する。ほどなくして「お待たせいたしました」と涼介を見た。
「涼介様にオススメなのはダックマンの討伐クエストです」
ダックマンは人間のような脚を持つアヒルのモンスターだ。適正レベルは4で、ゴブリンジュニアと同じく初心者に最適な雑魚である。ゲームだとゴブリンジュニアをすっ飛ばして初っ端からダックマンを狩るプレイヤーも多かった。
「ではダックマンの討伐で」
「かしこまりました。狩場の場所は分かりますか?」
「ガーガー湖の周辺だと記憶しているが」
「さようでございます」
「なら問題ない」
涼介の脳にはあらゆる狩場とモンスターの情報が入っている。それらはゲーム時代の知識だがこの世界でも通用した。
「それでは涼介様にダックマンの討伐クエストを発注しますね」
涼介はギルドを後にする。全財産の7500ゴールドを惜しみなく使って材料を購入し、ダックマンの棲息地へ向かった。
◇
ガーガー湖は王都ラグーザから徒歩30分の所にある。湖の半径2km程を背の高い木が囲っており、ダックマンはその辺りに棲息していた。
目的地に着いた涼介だがすぐには狩りを始めない。スタミナが枯渇しているので休憩が必要だ。道中でも何度か休んでいた。ゲームと違って狩場へ赴くだけで一苦労だ。
「アイテムを手で持たなくていいのが唯一の救いだな……」
木にもたれて座り、革袋に入った水を一気に飲み干す。今日だけで過去1年のトータルよりもたくさん歩いている気がした。足が棒になるとはまさにこのことだ。
「準備を始めるか」
まずは〈クラフト〉を発動。照準の付いたクロスボウをイメージ。火力を高めようしたところ、要求されるスキルレベルが1から2に上がった。迷うことなくスキルレベルを上げてクロスボウを作成した。
「よし、狩りの時間だ!」
クロスボウを持って徘徊する。
「グァー! グァー!」
すぐにダックマンを発見した。しかも幸いなことに1体だ。
「脚だけ人間とか相変わらず不気味な奴だな」
涼介はクロスボウの照準をダックマンの頭に合わせた。約10メートル前方にいる相手は気づいていない。
「頼む、当たってくれよ……!」
呼吸を止めて引き金を引く。発射された矢は涼介の思い描いた通りの速度と軌道で飛んだ。
「グェー!」
矢がダックマンの額を射抜く。急所に命中したこともあり即死だった。
「やった……! 倒したぞ!」
グッと握り拳を作る。圧倒的なスリルと快感があった。眠っていたβ-エンドルフィンが溢れ出す。今ならどんな敵にも負けない気がした。
「これならいける!」
完全に勢いを取り戻した涼介は、立て続けに10体のダックマンを倒した。基本的には奇襲による頭部狙撃で一撃だが、ダメージを検証するべくあえて胴体を攻撃したこともあった。それによって胴体でも当たり所がよければ一撃だと分かった。
「思ったより威力があるな、このクロスボウ」
ゲームと違って攻撃力の表記はどこにもない。だから実際に使って確かめる必要があった。
「遠路はるばる狩りに来たんだ。今日中にレベル10まで上げてやるぜ」
涼介は狩りを続行した。1体また1体とテンポよく仕留めていく。レベルが6から7、7から8へと上がる。その度に脳内物質がドバドバ分泌されて、自然と顔がニヤけた。彼は三度の飯よりもレベルアップのほうが好きなのだ。
しかし、涼介のハイテンションは持続しなかった。狩りを始めてから約3時間が経過し、いよいよ日が暮れ始めた頃のことだ。
「やっぱり……辛いな……ぜぇ……ぜぇ……」
涼介は疲れ果てていた。脚だけでなく腕まで悲鳴を上げていた。明日は間違いなく筋肉痛に苛まれるだろう。β-エンドルフィンは枯渇し、レベル上げのモチベーションは完全に消え失せていた。
「まだ9レベだが、今日はもういいか」
これ以上の狩りは厳しいと判断して帰路に就く。くるりと身を翻して街へ向かう。
「やはり効率よくレベルを上げるにはパーティーを組む必要があるな」
冒険者の多くは仲間と
「とはいっても俺なんかを入れてくれるPTはあるのか?」
低レベルのクラフターで、しかも可愛げの無い男ときた。客観的に見て欠片ほどの魅力もなかった。逆の立場なら絶対に組みたくない。
「しばらくはソロで……って、ん?」
森から出ようとした時、涼介の目にある冒険者の姿が映った。
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