002 クラフターの目覚め

 涼介は慌てて剣を拾い、ゴブリンジュニアを倒した。


「無理無理無理、こんなに痛いとか無理!」


 服をめくって確認すると激突された胸部が紫色になっていた。触るとずきずきした痛みが走る。胸骨にひびが入ったかもしれない。いや、入っている。そうに違いない。


 あまりの痛さで洪水の如く分泌されていた脳内物質が止まった。興奮は一瞬で冷め、新しく恐怖が襲いかかる。涼介は実感した。


 この世界はゲームのようにぬるくない。


「雑魚でこれだけ痛いなら普通の敵とはまともに戦えないな……」


 ゲームの時のように剣士として生きていくのは無理だ。もっと安全な戦い方にしたほうがいい。涼介は遠距離攻撃を主体とした戦い方で生きることに決めた。


「弓よ!」


 剣を消して弓を召喚する。幸いにもゲームの頃と同じで初心者用の武器をひとしきり所持していたので、自分に合った武器がどれか調べることができそうだ。


「弓のスキルを取るか? いや、まだ早いな」


 一般的なゲームでは剣士や魔法使いといった職業クラスをプレイ開始時に選ぶものだが、涼介のプレイしていたゲームは違っていた。最初は誰もが「初心者ノービス」であり、そこからスキルの習得状況に応じて自動的に職業名が変更される仕様なのだ。例えば今涼介が弓で戦うスキルを習得した場合、彼のクラスは「ノービス」から「アーチャー」に切り替わる。それはこの世界でも同じだった。


「とりあえず最低限の回復スキルを……いや、それも早いか」


 新しいスキルの習得ないし習得済みのスキルを強化するのに必要なスキルポイントは、1レベル上がるごとに1pt増える。最初に持っている1ptと合わせて涼介のスキルポイントは5pt。


 この世界でのレベル上げはゲームの時ほど楽ではない。それが分かっているからこそスキルの習得を慎重に行う。今回、涼介はスキルポイントを使わず温存することにした。


「狙いはこのくらいか? それ!」


 適当に弓を構えて矢を引く。弓術の心得はないがシルエットだけ見ると形にはなっている。だが所詮は見た目だけだ。


 涼介の放った渾身の矢は情けない放物線を描くように飛び、狙っていたゴブリンジュニアの遙か手前の土に突き刺さった。


「弓は無理だな」


 他の遠距離武器も試すことにしたが、どれも思うようにはいかなかった。ゲームと違って攻撃が当たらないのだ。ゲームの頃にあった自動命中機能が備わっていなかった。奇跡的に命中したとしても剣に比べると明らかに威力が低い。ゴブリンジュニアですら一撃で倒すことができなかった。


「やはり剣か? いや、剣は無理だ。後で困るのが目に見えている」


 悩んだ末に涼介はスキルを習得することにした。選んだのは〈クラフト〉というスキルで、効果は好きな物を生み出すというもの。効果の説明を聞くと強そうに思えるが、ゲームでは人気のない俗に言う「ゴミスキル」だった。そんなスキルをあえて選んだのは、ゲームの頃とは微かに効果が違っていたからだ。


 ゲームでは生み出す物を決める際、専用のエディタ画面で用意されたパーツを組み合わせる方式が採用されていた。これが酷く煩わしい上に「好きな物を生み出せる」という文言は大嘘もいいところの似たような物しか作れず、それでいて完成した品は鍛冶師などの専門クラスが作る物に比べて性能が低かった。


 ところがこの世界の〈クラフト〉では、念じた物を作ることが可能だ。もちろん最初から何でも作れるわけではなく、スキルレベルが低い内は作れる物に限りがある。


「ぐっ、流石にスキルレベル1だと銃は作れないか」


 ゲームの頃には作れなかった銃火器を作ろうとするが失敗した。バズーカ砲に始まり、ライフル、ショットガン、ピストルと規模を変えていくが、ことごとくスキルレベルが不足しているとして却下された。ゲーム時代の知識を活かし、見た目はそのままに使用する材料を少なめに抑えるなどの調整も行ったが、それでも無理だった。


 しかし、この経験によって銃火器が作れるとが分かった。それも物によってはスキルレベル10で製作可能だ。レベル10なら今の涼介でもどうにかなる。


「銃が手に入れば一発逆転だ」


 それまでは適当なクロスボウでも作って凌ぐとしよう。そう思い〈クラフト〉でスキルレベル1でも製作可能なクロスボウに手を出そうとしたのだが、必要な材料を何も持っていないので作ることができなかった。


 ◇


 レベルが6になったところで、涼介は王都ラグーザへ帰還することにした。


 城門を通る際、門番を務めている中年の衛兵が笑いながら話しかけてきた。


「ゴブリンジュニアにタックルされるとは油断したな。戦闘中にスキルの習得でもしていたのか?」


「レベル差補正を検証しようと思ってな」


「レベル差補正? 何だそれは」


 衛兵の反応で察した。どうやらこの世界にレベル差補正は存在しない。わざわざ体を張って攻撃を受けるのではなく最初から衛兵に教えてもらっておけばよかった。未だに残る胸骨の痛みが涼介の後悔を強めた。


「よく分からないが無茶するなよ。ゴブリンジュニアを狩るくらいなんだから初心者なんだろ?」


 衛兵は懐から赤い液体の入った小瓶を取り出した。ゲームで何度も見た物なので、涼介にはそれがHP用の回復薬ポーシヨンだと一目で分かった。


「新米の冒険者におっさんからささやかなプレゼントだ。必要ならこれを飲むといい」


「ありがとう、遠慮なくいただくよ」


 貰ったポーションはその場で飲むことにした。ポーションの味や効果が知りたいからではない。胸骨の痛みを一秒でも早く消したかったからだ。味は砂糖水に似ていた。


「うおっ、なんだこれは!」


 瓶の中が空になると同時に痛みが消えた。


「ポーションを飲んだことがないのか? 不思議な子だなぁ」


「いやぁ、まぁ、その……とにかく、ありがとう」


 涼介は会話を切り上げ街に入った。石畳の街路を歩きながら所持金を確認する。


「思った通り全然ないが稼げただけマシか。この世界でも魔物を狩ると自動的にお金が入ってくるんだな」


 所持金は7500ゴールド。ゴブリンジュニアを狩る前は0ゴールドだったので、このお金は全て狩りで得たことになる。倒したゴブリンの数は75体なので、単純計算で1体につき100ゴールドの稼ぎだ。ゲームの頃と同じだった。


 涼介はいくつかの店を回って物価を確認することにした。それによって7500ゴールドあれば1~2日は野垂れ死ななくて済むことが分かった。とはいえ、このままではじり貧だ。生活費を稼ぐのに精一杯で、銃をクラフトするのに必要な材料を買うことはできないままだろう。


依頼クエストをこなして稼ぐしかねぇか」


 涼介のように魔物退治を生業とする人間は「冒険者」と呼ばれている。それはゲームでもこの世界でも同じだ。


 冒険者の金策手段はいくつかある。先程の涼介みたいにただ魔物を狩るのもその一つだ。これが基本ではあるが、それだけだと効率が悪い。そこで多くの冒険者は、冒険者協会ギルドから魔物退治のクエストを受け、その報酬も同時に稼ぐ。


 ゴブリンジュニアしか狩っていないのにクエストをこなせるのだろうか。そんな不安を抱きながらも、涼介はギルドに向かうのだった。

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