元最強冒険者、新たな世界でも最強になる ~かつてゴミ職扱いされていた【クラフター】が覚醒! 何でも作れるようになったので現代兵器で無双することにしました!~

絢乃

001 ゲームとの違い

『レベルが 998 に上がりました』


 機械音声が響くと使がわりようすけは薄気味悪い笑みを浮かべた。その笑みを頭に装着しているVRゴーグルが認識し、ゲーム内における彼のキャラも笑った。


「ついにここまで来たか。あと1レベルでカンストだ」


 昨年大学生になった涼介は、ひたすら家に引きこもってオンラインゲームに明け暮れていた。その甲斐あってゲーム内では最強だ。レベル、装備、知識、技量、どれをとっても他の追随を許さない。


「今日はこのくらいにして休むか」


 涼介は脱出用のアイテムを使用し、自分のキャラクターを街へ転移させようする。その時、頭に爆発しそうな程の痛みが走った。かつて経験したことのない激痛で思わず声が漏れる。しかし声を発した頃には痛みは消えていた。


(きっとゲームのし過ぎだろう、少し休憩するか)


 街に戻った涼介は即座にゲームからログアウトしようとした。ところが、ログアウトすることはできなかった。視線追尾操作アイトラツキング機能を使おうと何度も瞬きするが、いつもなら視界の隅に表示されるメニュー画面が出てこない。


 仕方ないから手動操作によるログアウトを試みた。視界の右上隅を指でトントンとつつく。どういうわけか反応しなかった。


 ここまできて涼介はようやく気づいた。常人であれば街に戻った時点で気づく違和感に。


 現実世界の感覚が消えているのだ。コントローラーの感触や頭にのしかかるVRゴーグルの重さが感じられない。現実世界とゲーム内の感覚が完全に同化していた。


 そのことに気づいた瞬間、涼介の五感は覚醒した。近くのパン屋から漂う美味しそうな香りが鼻孔を突き抜け、街の住人が繰り広げる定型文以外の会話が耳に飛び込んでくる。数千時間と過ごしたことで飽き飽きしていた中世ヨーロッパ風の街が初めて訪れた時の新鮮味を取り戻した。


「ついにこの時が来てしまったか」


 涼介は現実世界の自分が死んだに違いないと思った。三日に一回しか寝ず、起きている時間の殆ど全てをゲームに費やしているのだから、いきなり死んでもおかしくない。つまりここは死後の世界であるというのが彼の考えだ。


「これで思う存分遊べるぜ!」


 現実世界に未練のない涼介はあっさり適応した。むしろ喜んだ。


「体の調子もいいし狩りに行くか! 新たな世界でも目指すはレベル999だ!」


 そう意気込んだ直後、「あ、ダメだ」と冷静になる。


「まずは操作方法を覚えないとな……」


 ゲームの頃はアイトラッキングで全ての操作が行えた。装備を出し入れしたり、アイテムを使用したり、ステータスを確認したり。この世界ではそれができないので、別の方法で何かないか探す必要がある。


(こういう時は手探りでどうにかするよりも誰かに聞くほうがはえー)


 涼介は適当な通行人を捕まえてたずねた。


 その結果、この世界ではアイトラッキングの代わりに念力が使われていると分かった。ゲームの頃にできた大体の操作が念じることによって可能だ。ただし、ゲームではないのでログアウトはできない。


「大体のことは分かった。あとは実地で身につけていけばいいな」


 涼介は徒歩で街の外へ向かう。できればアイテムを使って瞬間移動したかったが、ゲームの頃と違ってアイテムを持っていなかった。


「せめてあと1レベ上げてからこの世界に来たかったな」


 ステータスを確認した涼介は、そう呟かずにはいられなかった。レベルが1に戻っていたのだ。もしやと思って適当な店のショーウィンドウに映る自身を確認したところ、案の定、レベル1に相応しい格好をしていた。ゲームの頃と違って念じても〈装備〉を確認できないが、身につけているのが何の効果もない麻の服であることは疑いようがなかった。


 ゲームの頃との違いは他にもあり、〈装備〉以外ではHPを確認することもできなくなっていた。もっと言えば〈ステータス〉が非常に簡素化されており、「名前」「レベル」「クラス」「スキル」四つしか項目がない。攻撃力や防御力がいくらかなのか分からなくなっていた。


「ゲームの世界が現実になればいいなと思っていたが、いざそうなると辛いものがあるな……」


 立派な城門を通って街の外へ出た時、涼介の脚は悲鳴を上げていた。服も汗で湿っていて不快だ。長らくの引きこもり生活が祟っていた。


「ここまで歩いてきたんだ。ゴブリンの一匹でも狩らないと」


 涼介は剣を召喚する。その際、右手を掲げて「剣よ!」と唱えた。念じるだけでよかったのだが、厨二病患者のような振る舞いをすることで自分を鼓舞した。その効果は絶大で、剣を握った瞬間に疲れが吹き飛んだ。


「うおおおおおおおおおおお!」


 涼介は草原を駆け回って敵を探す。丈の長い草むらの至る所からゴブリンが顔を覗かせた。レベル1のゴブリンジュニアだ。ジュニアなので背丈は人間の幼稚園児と同程度の小型である。


「いたなゴブリン! これでも食らえ!」


 涼介のでたらめな斬撃がゴブリンを襲う。


「ゴブーン」


 ゴブリンは真っ二つになり、その直後に灰と化した。死んだ魔物が灰になるのはゲームと同じだ。それもあって涼介は興奮した。脳内物質がドバドバ溢れて止まらない。


「ゲームよりおもしれぇじゃん!」


 ゲームでは味わえなかった刃が魔物に当たる感覚。走ったことで息が上がり、肩が大きく上下に揺れているのだが、今の涼介にとってはそれすらも新鮮で快感だった。


「おもしれぇ! おもしれぇよ! この世界!」


 その後も涼介は無抵抗のゴブリンを狩りまくった。レベルは順調に上がっていき、1時間足らずで5に到達。


「これでレベル差は4。多少は補正が適用されるだろう」


 ゲームでは自分と敵のレベルに差がある場合に補正がかかる仕様だった。例えば自分のほうが敵よりもレベルが高い時、自分の攻撃は通常以上のダメージを敵に与え、敵の攻撃はまるで効かなくなる。


「試してみるか」


 涼介は足下に落ちていた石を拾い、近くのゴブリンジュニアへ投げつけた。石の軌道は涼介の運動神経がいかに悪いかを証明するものだったが、奇跡的にも命中した。


「ゴブ?」


 ゴブリンが振り返り、涼介を視認する。


「ゴブゥウウウウウ!」


 怒声を上げて突っ込んでくるゴブリン。短い腕を目一杯に伸ばして涼介を睨みつける。


「あのクソ短いリーチ、遅すぎる足……目を瞑っていても避けられそうだな」


 涼介は「ふっ」と笑い、両手を広げてゴブリンのタックルを受け入れる。ゲームならレベル差補正がなくとも1ダメージしか受けない最弱の攻撃だ。


 だが、この世界では違っていた。


「ゴホッ!」


 逆流した胃液が口から飛び出し、握っていた剣が滑り落ちる。ゴブリンジュニアのタックルは涼介の想像よりも遙かに痛かった。


 まごうことなき激痛だ。

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