第3話 町へ。

「さて、取り合えず晩御飯の材料でも買いに行きますか」


 ディスティーはそう言って買い物籠を持ち、靴を履き始める。


「あの、俺も付いて行っていいですか?この世界のことをもう少し知っておきたいんで」


 勇人は一人残されることも不安であった。もし何かあっても頼れる人物はいないのだ。そのため、買い物に同行した方が賢明であるし、何より


(俺はこの人のご主人になるんだし、今の世界のルールやらを知る必要があるんだ)


 と判断したからだ。


「ええ、構いませんよ。それに、ご主人様の苦手なモノを知っておく必要もありますし」

 彼の思惑を知ってか知らずか、ディスティーはニッコリと了承した。



 人々、乗り物、そしてモノとカネが往来する市場。機械のメイドと一人の冴えない青年はそこにいた。


「こんにちは、バルさん」


 ディスティーは果実や野菜を並べた店に入り、店主らしき男に挨拶した。一方勇人は見慣れない品物をじっくりと見て回っている。


「ああ、アンタかい。こんにちは。ところで、その人はどちらさんだい?もしかして……かい?」


 バルと呼ばれた訛りのある男は小指を立て、いたずらっぽく笑った。ディスティーは頬を染め、


「ち、違いますよ!新しいご主人様ですっ!け、決してそんなことは考えていませんからね!ねっご主人様!?」


 いきなり呼ばれて驚いた勇人は状況が飲み込めず、「あ、あぁ」と曖昧あいまいな解答をした。


「ワハハハ!冗談だよ、冗談!そいつがくだんの異世界人だぎゃ?腹は減ってねぇんか?」


 豪快に笑う店主とは対称に、勇人は怪訝な表情をする。


「ははは……減ってませんね……ついさっき起きたばっかりなんで」


 今度は店主が眉をひそめる。


「おや?あんた2週間ほど寝込んでたはずじゃ……?」


「えっ!?そんなに?!」


 そう言われると急に腹が空いてくる。道理でディスティーが茶を差し出してきたはずだ。恐らく、何も胃に入っていないのはまずいと判断したのだろう。勇人はその心遣いに感謝した。


「すみません、不安にさせるのが申し訳なくて……」


「いや、いいんです、俺が聞かなかったのが悪いんで……」


 必死で謝罪をする彼女を見て、勇人は申し訳なく思うほかなかった。


「まぁ、いいでねぇか、二人とも!別に大事には至ってないんだしよ。それよりほら、景気づけに特性ジュースを振舞ってやっからよ。こりゃあめっちゃうめぇからよ、覚悟しとくんだな」


 謝罪合戦を中断させるように、店主は店の奥にあるジューサーを回しだした。扉で閉められ、通りと比べて静かな店内に魔法式ジューサーのモーター音が響く。


「バルさんの作るジュースは美味しいんですよ、健康にもいいですし」


「そうなんですね……」


「……ご主人さま。敬語を使わなくても結構ですよ。私はあなた様のメイドなので」


「でも」


「いいんです。むしろ、そっちの方が楽ですので。私の”アイデンティティ”を護るためと思って」


 ディスティーと、呼んでください。彼女はそう言って、勇人の手を握りしめ、目をじっと見つめる。そして、ご主人様、と囁いた。


 心臓が破裂してしまう。そう勇人が錯覚するほど、心臓のポンプ運動が活発化していた。どんなマシンでもこれより動きはしないだろう。

 そして、彼の心臓が本当に爆発してしまいそうになる寸前で、助けが入った。


「あー、ゴホン。邪魔して悪いが、ジュースが出来たぞ。」


 パッとお互いに手を放してジュースを受け取る二人。しかし気まずさはなかった。


 甘酸っぱいジュースを勇人が堪能していると、店に男女二人組の客が入ってきた。男は高価そうだが、どこかな格好をしており、女の方は胸元がバッサリと開いた、しかし品の欠片もない服装をしている。


「バルさん、あのフルーツは手に入りましたかね?もう二日ほど待っているんですがね?」


「あぁ、ありゃもう二週間ほどしねぇと入りませんよ」


「はぁ!?おかしいですよね!?あんなに人に頼ませておいて!?はぁ~」


 男は態度を豹変させ、ため息を漏らす。その声を聴いた瞬間、ディスティーがビクッと肩を震わせ、硬直した。勇人はそれを見逃さず、自身の体で彼女を隠すように座りなおした。


「いやぁ、俺ぁ言ったじゃねぇですか、何週間か掛かるって」


「チッ、意味分かんねぇよ、タコがよ。もういいわ、萎えた。帰るぞ、ヴァイ」


 男はヴァイと呼んだメイドと一緒に店を出ようとした。が、途中で目に留まった勇人を見て、


「なんだよ、異世界人か、軟弱者め。お前みたいなのがいるからブツが手に入らねぇじゃねぇかよ!」


 と叫び、ツカツカと勇人へと近づく。彼が、まずい、と思った瞬間、その脇腹に激痛が走った。一瞬、状況が飲み込めず、ポカンとした顔をする。が、男の


「ギャハハハハ!転生なんかするからこんな目に合うんだよ!バーカ!」

 という声で自分が蹴られたのだと悟った。悔しいな。理不尽だ。そういえば前世でもこんな目にあったっけ。そんな事が頭の中でグルグルと渦を巻いている。


「ご主人様!」


 ディスティーが心配そうに勇人に駆け寄る。


「ディスティーさん……」


「よかった、目立ったキズはないようですね」


「逃げてくれたら……よかったのに……」


「なにを仰るんですか、そんなことできませんっ!」


 彼女が勇人の介抱をしていると、ヴァイが彼女に気づいた。


「あっご主人様!こいつ、ご主人様に失礼を働いたメイドですよ!お似合いのカップルですねぇ!」


「ははッ!負け犬同士で傷のなめ合いってか?異世界人らしいな!」


 侮辱的な言葉の羅列に、彼女は、ギリッと歯を噛み締める。その時、傍観していた店主が声を掛けた。


「そういうのは他所よそでやってくんねぇか?このままだと、アンタ例のアレを買えなくなっちまいますぜ。そったらよぉ、アンタ大恥かいてそれこそ茹ダコみたいになっちゃうからよぉ」


 気づくと周囲に人だかりができており、店の外まで続いていた。


「チッ、覚えとけよ」


 男は苛立ちを隠しきれない様子で、しかし人の目に晒されるのは良くないと思ったのか、そそくさと店を出て行った。

 目当ての喧嘩が見られず、ガッカリとした顔で、野次馬たちは仕事やら買い物に戻っていった。


 彼が去った後も、勇人は足が震えて立ち上がれなかった。理不尽に暴力を振るわれるのは、これで初めてではなかった。しかし、慣れはしていない。慣れることなどできない。恐怖と怒りが、蹴られた直後の感情の様に自身の中で渦巻き、上手く吐き出せなかった。


 ディスティーは恐らく、彼と同じ感情を抱いていた。しかし彼女の中では怒りの割合が大きかった。トラウマの原因そのものに自身の『希望』を傷つけられたからだ。規定プログラムによって顔や態度には出せない。しかし、殺意に近い感情が彼女の回路を駆け巡っていた。


「なぁ」


 いたたまれなくなったのか、店主がフリーズしていた二人に声を掛けた。見ると、彼の手にはフルーツが小盛りにされたバスケットが握られていた。ポカンとしている一人と一機にそのバスケットが押し付けられた。


「あんまあいつの言うこと気にしねぇ方がいいぜ。あいつ頭がコレだって噂なんだ」


 店主はそう言うと、頭の上で指をクルクルと回す。これは侮蔑の意を表すジェスチャーだった。


「まぁ、今日のところはよ、これをやっからよ。これはよぉ、あれだで、俺からのお詫びってやつだで。まさかあいつが来るとはよぉ」


 そう言って店主は、ポカンとしている一人と一機にそのバスケットを押し付けた。



 

 


 




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メタルドラゴン・オーダーメイド! 遊星ドナドナ @youdonadona

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