第2話 捨てられた、ワケ
「捨てられた?」
何故に?と勇人は考える。自分のような素性の知れない者を(政府に頼まれたとはいえ)迎える程の優しさを持っているのに?容貌も申し分ないはずだ。
何故にこの完璧なメイドを、元主人は捨てたのか?
何故に彼女は生まれ持ったメイドというアイデンティティを捨てなければならなかったのか?
「失礼ですけど、理由を教えてくれませんか?」
勇人に対して、そこに踏み入るのは最上級の失礼だぞ、と彼の中の秩序が留める。しかしその好奇心を抑えておくには、その秩序は、あまりにも力不足であった。
「聞いてくれますか?あまり深刻な話ではございませんが」
「はい、あなたのココロが少しでも晴れるなら」
勇人がそう言うと、ディスティーは物憂げな顔を崩さず、話始めた。
「私のご主人は良い人でした。」
ディスティーは当時の話をぽつりぽつりと懐かしそうに話す。主人が自分を迎え入れたこと。壊れない程度に仕事を与えてくれたこと。作った料理を文句も言わずに食べていたこと。
「それはそれは……とても幸福でした。メイドとして最高の仕事をあの方は教えてくださいました……テックメイドとしてこれ以上の幸せなどなかったでしょう」
彼女はそう言って少し頬を緩ませた。が、直ぐに元の悲しげな顔に戻った。
「あの日までは。あの方の最初で最後の欠点を私自身で体験するまでは……」
彼女曰く、その日は元主人の誕生日だったそうだ。彼と、その友人達のために張り切って、豪華なケーキと目麗しい料理。飾りつけも、掃除も隅から隅まで行った。そうして最高の誕生日となるはずだった。
「そうしてご主人様は帰ってきました。一機のテックメイドを連れて……」
最初は自分の仲間が増えたのだと思った。自身の誇り高い仕事を彼女にも手伝ってもらおうと思った。しかし、その甘い幻想はお手製のケーキと共に打ち砕かれた。
「おい、なに勝手にこんなモノを作っているんだ?」
倒された甘い巨塔には靴裏の形の泥が付き、汚らしい姿になっている。青筋を浮かべた主人の手には力ずくで引き裂かれたであろう赤い鎖型の飾り。
「も……申し訳ございません!ご主人様……」
哀れな機械人形の美しい髪は投げつけられたクリームがワックスのようにべったりとくっつき、パリッとしたその可愛らしい服は襟をつかまれたのか、ヨレヨレになっている。挙句の果てには、その雄々しい立派な尻尾すら、怒鳴られている子犬のように股座に仕舞われてしまっている。
「あのなぁ……謝ったってケーキの材料が復活するわけねぇだろ?バカか?オメーは?なぁ?」
主人の友人たちは目を丸くして硬直している。
「なぁ、俺だってこいつ等の前で叱りたくないんだわ」
ディスティーはただひたすらに、申し訳ございません、申し訳ございません、と半ばうわ言のように謝り続けていた。
その様子を見て、主人の横のテックメイドはなにが面白いのか、ニヤニヤと笑っている。胸元の布地は無く、開けっ放しになったそこからはビキニを着用した豊満な胸部が露出していた。ディスティーはその服装を見て、心の中で生まれて初めて舌打ちをした。
「もう、ご主人様ったら、そんなに怒らないで下さいよ~今回は私に免じて、許してあげて下さいよ~」
その下品な格好と言動をしたテックメイドはその舐めたような態度を崩さず、主人の腕に纏わりつく。それに少し気をよくしたのか、主人はこう言った。
「はぁ~ヴァイちゃんもこう言ってるからさ、もうお前、今日でクビな」
「そ……そんな……ッ」
「なんだ?それともスクラップにされたいか?」
「……ッ」
ギュッと文句を押し殺す。プレス機に押し潰され、何も思考できないクズ鉄に成り下がるよりはマシだ。
破門届を持ち、屋敷を出ていこうとした彼女に、ヴァイと呼ばれたテックメイドが耳元で囁く。
「バイバイ、時代遅れ《オバサン》」
語り終えたディスティーは唇を嚙んでいた。今にも血が溢れそうなほどに。
「……なんですか……それ……」
許せない。訳の分からない理由でキレた
「許せませんよ……マジで……」
「ありがとうございます……機械の私のために怒って下さって。でも」
ディスティーは、急にパァッと顔を明るくした。
「もういいんです。私、もう時代遅れでもいいんです。どうせ型落ちだろうと、なんであろうと、”未来”を生きていたいんです。」
それは、達観したセリフなどではなかった。むしろ、自身を鼓舞するような前向きな言葉だった。そして、「だから」と続けて、
「あなたに感謝してるんです。たかが機械である私の為に恩返ししようとしてくれたり、怒って下さったり。あなたは私のご主人様に相応しい人です……」
感謝を述べて、勇人の手を両手で包んだ。
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