メタルドラゴン・オーダーメイド!

遊星ドナドナ

第1話「ご主人様」

 俺は憎い。俺より上手く事を運べる他人が、業務を増やして押し付けてくる上司が、自身より「上」にいる友人たちが、馬鹿の一つ覚えのようにおだててくる親が。

 そして何より、それらを愛せず、それどころか「そういうものだ」と流せない、意地汚い、卑怯で臆病な自分が嫌いだ。俺は『コイツ』が心底しんそこ嫌いだ。





          『自分コイツ』を、殺したい。





 ふと気が付くと、ベッドの上に寝っ転がっていた。可笑しいな?と青年は思った。その醜い死体を民衆の面前に晒さぬよう、また、借家を事故物件にしないように、わざわざ1時間かけて樹海に行き、首を括ったはずだ。

 彼はそう思った。もしやあれは夢だったのではないか、いいやそれにしては首に食い込むロープの感触がに生生しかったな、と青年が不審がっていると女の声が聞こえてきた。


「お目覚めですか?異世界人アウトサイダーさま」


 彼は目を見張った。美しい……というのもそうだが、何より普段町では見かけないような姿を女がしていたからだ。サファイアの如く蒼い、星を孕んだ目。精巧な西洋古美術人形アンティーク・ドールと見間違うかのように白く、透き通っており、尚且つ生気を血色のよい肌。盆を持つ手は細く、そうであった。

 しかし、人とは明らかに違う要素も彼女は持っていた。それはドラゴンの様に、力強く、たくましい尾と羽。そして手入れのされている球体関節が原因だった。


 だが、その異質な風貌とは裏腹に、彼女からは敵意は感じられず、それどころか友好的な雰囲気も感じられる。


「あなたが……助けたんですか?俺を?」


「えぇ、政府から頼まれたんです。といっても、よくある事なんですよ。あぁ、心配しないでください。別に取って食ったりはしませんから。」


 女はそれが日常とでも言うように言う。


「そう……なんですか」


「喉が渇いたでしょう。お茶でもどうぞ」


 青年は差し出された茶を飲みながら、自分の状況について考えてみた。しかし勿論、ここへ来た方法など分かるはずもなかった。ただハッキリしていることは、自分が今飲んでいる茶の温度だけ。

 その熱さだけが、自分が『今を生きている』ということを証明していた。


「あの……あなたの名前は……?俺は……勇人っていいます」


「あら、まだ名乗っていませんでしたわね。私目わたくしめはディスティーと申します」


 彼女はそう名乗ってニコリとほほ笑んだ。その微笑は「どうぞリラックスしてください」と語っていた。


「ディスティー……さん。ですか……あ、ありがとうございます。俺を助けてくださって」


 お礼がしたい。いや、しなければならない。勇人はそう思い立った。別に目の前の不思議な女に一目ぼれしたから、とかそんな理由ではない。

 そもそもその考えに理由などなかった。

 恩を返すこと。それが自身に遺伝子レベルで刻まれた思考回路であり、存在意義の一つなのだ。そう彼は考えていた。


「あの……ディスティーさん。一ついいですか?」


「はい、なんでしょうか?もしやお茶の味がお気に召さなかったのですか?それともお飲み物自体が不要だったでしょうか?それとも……」


 ディスティーはオロオロとしながら勇人に問いかける。勇人はそれを遮り、落ち着かせるように声を掛けた。


「あぁ、いや!違うんです。不満とかじゃ全然無くて、俺、あなたにこの恩を返したいんです」


 彼の口から出た言葉をキョトンとした顔でディスティーは反芻し、少しの間、沈黙した。そして、少し驚いて


「恩返し?ですか?私に?ですが私は政府に従ったまで……」


「いや、いいんです。俺の気が済まないんで」


「そうなんですか……?でしたら……」


 ディスティーは未だ困惑しながらも、あれこれ考えている。三分程経っただろうか?彼女は少しおずおずと勇人に自身の要求を伝えた。


「では、少々厚かましいようですが、私目わたくしめのご主人となってはくださいませんか?」


 …………?勇人の頭に浮かんだのは大量の「……」と「?」。どういうことだ?訳が分からない。そんなセリフが、頭の中をまるでF1レースのように高速で廻る。ヴゥン、ヴゥゥン。脳が、フォーミュラーカーの様に単純かつ強力な「ご主人様」のワードが走り回るのに耐えきれず、重音を出す。


「えーと……その『ご主人様』っていうのは……?」


「はい!文字通り私のご主人様になって頂きたいのです!!」


 ディスティーは興奮しているのか、その綺麗な鼻を、ふんす、と鳴らして膨らませている。


「どういうことですか……?あなたは一体……?」


 勇人のその言葉の意味が一瞬理解出来なかったのか、キョトンとするディスティー。やがて、あっ。という顔をした。


「もしかして、メイドが現存しない異世界アウトサイドから来たんですか?それなら仕方ないですね……。簡潔に言いましょう。私はドラゴン型の機械式テックメイドです。この世界では、私を含めた機械のメイドが多数居ます」


「は……はぁ……」


「そして我々メイドたちは『ご主人様マスター』との契約によってその存在を成り立たせています。しかし私にはその関係が成り立たない。なのであなたさまに私のマスターとなってもらいたいのです」


「なるほど……大体は分かりました」


 なるほど、『ご主人様』とそれに仕える『メイド』の共生関係……納得はいく。しかし、と勇人の頭の中に一つの新しい疑問が生まれる。


「なぜディスティーさんにはマスターがいないんですか?」


 すると、ディスティーは悲しげな表情を浮かべ、こう言った。


「私は、ご主人様に……、捨てられたんです。五年ほど前に」





 


 





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