秘奥

 アイムの放った咆哮が再び建物ごと二人のアリアリを微塵に砕いたかと思うと、間髪入れずその二人に向かって光線を放つグレン。完全に焼き尽くしてしまえば敵も再生できない。ところが別のアリアリ達の展開した多重障壁がそれを弾く。

「くっ!」

 一瞬遅かった。やはり相手の反応速度を上回るか裏をかかない限り決定打にはならない。大きなチャンスを逃した二人を取り囲み、嘲笑うアリアリ達。

「単純な連携だ、それでは僕達の防御は突破できない」

「何せ僕と僕は同一人物だからね。お互いの考えていることなんて手に取るようにわかるよ」

「まあ、本当にリアルタイムで思考を共有しているだけなんだがね。ハハハハ!」

「化け物が……!」

 戦闘再開からあと少しで五分。その間にアイムとグレンは四人のアリアリを倒した。

 なのに一向に数が減らない。倒しても倒してもすぐまた次が現れる。いったい全部で何人いると言うのか?

 彼の思考を読んだかのように左斜め前のアリアリが答える。

「僕の総数は四十九人。それ以上は増やせない。五人倒したから残り四十四人だ、頑張りな。良い情報でやる気が出ただろ?」

「戯言を」

 こんな外道の言葉を真に受けるものか。グレンは聞く耳を持たなかった。

 しかしアイムは何故か動揺している。

「四十九人……だと……?」

 彼はその数字を聞いて思い当たることがあった。いや、だがしかし――

 その一瞬の隙をついて三人のアリアリが同時に襲いかかる。

「ハッハアッ!」

「考え事はいけないなアイム!」

「今は戦闘中だぞ!」

「ぐ、うっ、がっ!?」

 一人目の攻撃こそ防いだものの、続く二人三人目の攻撃をマトモに受けて宙を舞う彼。アリアリ達はさらに追撃をかけて空中でアイムを弄び続ける。

「ハハハ、疲れたのかいアイム?」

「動きが鈍いよ!」

「このままじゃ君が真っ先に死んでしまうな!」

「いいかげん本気を出せよ!」

 散々殴りまくった後、一際太い触手を振り下ろして地面に叩き落とす。数十メートルの高さから撃墜されたアイムは地面を砕いて深々とめり込んでしまい、動かなくなった。

「アイム!」

 グレンもただ見ていたわけではない。当然助けに入ろうとした。しかし、こちらも複数の相手に攻撃を受けていて割り込むことすらできなかったのだ。

「行けよ」

「ッ!」

 あからさまに手を抜かれ、ようやく包囲を抜け出せた彼は素早くアイムの元へ駆け下りた。

 アイムは地面にうつ伏せに倒れたままぴくりともしない。彼も高い再生能力の持ち主ではあるが、出血まではどうしようもないのだ。全身血まみれで人間ならばすでに致命の出血量。まさかと危惧した瞬間、頭上から声がかかる。

「使えよアイム。せっかく教えてやったのに、どうして使わないんだ?」

 その言葉でようやく指先が動く。まだ生きてはいる。空中で袋叩きにされていた時も地面に叩き落とされた時も白い怪物が霧を使ってわずかながらダメージを和らげてくれた。そのおかげだ。

 アリアリの挑発は続く。

「どのみち僕を倒せなけりゃ終わりだぜ? 僕にはこんな星を守ってやる義理は無い。次の攻撃が来たらさっさと立ち去らせてもらうよ。また別の世界に遊びに行こう」

「遊び、だと……!」

「そうさグレン・ハイエンド。僕にとっては遊びだ、君達との戦いも実験も、そして君の身に降りかかった不幸もね」

「なに?」

「ああ、まだ気付いていなかったのか。まあ若いから仕方ないかな。アイム、君は薄々気が付いていたよね? 今まで質問されてもはぐらかして来たけど、今回は教えてあげるよ。この星が『免疫システム』に狙われるようになったのは僕が原因だ」


 ――次の瞬間、グレンは即座に間合いを詰め、喋っていたそのアリアリの首を刎ねる。返す刃で別の複製も縦に両断した。怒りで限界を超えた速度に到達した彼の刃はさらに三人、四人と次々に敵を切り裂く。

  しかし、それだけだった。それだけではこの男にとって致命傷にならない。怒りで我を失ったグレンは、そんなことすら忘れてしまった。結局たった一人も倒せず、無数の触手に絡み付かれて地面に押し付けられる。


「貴様アッ! よくも、よくも……!」

「危ない危ない、想定外の速度だ。きちんと焼却までされていたらまた何人か殺されていたところだよ。やっぱり君も興味深い個体だね。殺す前にきちんと隅々まで調べないとな」

「うああああああああああああああああああああっ!」

「落ち着けよボウヤ、君はもう逃げられない。僕はさ、実のところこことは別の世界から来たんだ。元は君達と同じ人間だったけど、今は不老かつ不死に近い生命体。長い人生の大半を使って実験と自己の強化を繰り返して来たんだよ。結果的にこの宇宙の免疫システムに脅威認定されてしまった。ま、それこそが狙いだったんだけど」


 ――彼はこの宇宙、この星に辿り着いた時点で新たな実験を開始した。一度試してみたいことがあって、ここはその実験に最適な条件を満たしていた。

 かつて彼の実験の犠牲になった『ナデシコ』の因子をばら撒き、ニャーンという第二のナデシコを生み出したのと同様に別の世界で拾得した特別な生物の因子を核にして『最強の獣』を生み出す計画。多種多様な命で満ちていて、なおかつまだ星獣を有していなかったこの星は、まさにそれにうってつけの環境。

 だから彼は、それまで隠匿していた自身の存在をあえて免疫システムに感知させ、星に危機感を抱かせるために『赤い凶星』を呼び寄せた。

 そしてこの星は地獄と化した。彼の思惑通り『最強の星獣』を産んだ代償として。


「だからさアイム、そろそろ見せておくれよ。この星が君の母親だとしたら、種を付けた僕は君の父親じゃないか。父さんに勇姿を見せて欲しいな、君の最高の姿を。本当の力を」

「……ッ」

「アイム!?」

 地面に押し付けられ圧迫されながら目を見開くグレン。単に力で押さえつけられているわけではなく魔力障壁も併用されていてどうやっても脱出できない。どころか、何らかの方法で精霊に干渉されていて同化も解けてしまっている。

 そんな彼の視線の先でアイムが立ち上がった。全身からボタボタと血を滴らせ、それでも殺気に満ちた眼差しでアリアリを睨みつけて。

「フウッ……フウッ……」

「そのままでは命が尽きてしまうよ。もう使うしかないだろう?」

「フウッ……フウッ……フウッ……」

 アイムは歯を軋ませた。何百年もの間、ずっと抱いていた疑念が確信に変わったのだ。目の前の男が全ての元凶。そして自分の父親。

 こんな男のために、こんな自分が生み出されるために皆が苦しめられてきた。

 許すものか。絶対に許しはしない、コイツだけは絶対に殺す。

「アリ……アリ……!」

「ああ、それなんだが君の相棒には教えておいたから君にも明かすとしよう。僕の本当の名はユニと言うんだ。ユニ・オーリ。以後はそう呼んでおくれ」

「知るか! 貴様はここで、その名前ごと消え去るんじゃ! 永遠にな!」


 アイムの全身が輝く。瞬間グレンは気付いた。精霊の力が使えないのはアリアリが何らかの術で干渉しているからではないと。本来なら彼に力を貸し与えるはずの精霊達がアイムに吸い寄せられ、飲み込まれていく。

 アリアリの、いやユニの歓喜の声が光に照らされた鉱山の街に響き渡る。


「そうだ、そうだよアイム! もっと引き出せ! 君の限界、この星の命の全てを!」

「リュウライギ!」

 アイムの口から放たれたその言葉は技の名前。かつてユニがアイムを打ち負かし強引に伝授した技術。自分を倒すにはこれしかないと語って。

 いつ、どこで生まれた技かはユニにもわからない。正確にどのような字を書くのかも不明。

 ただし効果はわかっている。全ての生命が持つエネルギー、すなわち『気』を植物の根のように伸ばして地下深くを走る龍脈へ到達させ、そこからさらに強大な力を引き出す身体強化法。

 人間がやっても絶大な力を得られる技だ。ましてやそれが星そのものの分身とも言える星獣なら、効果は人の身で使った場合とは比較にならない。

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 アイムの全身が輝く。その小さな体に収まり切らない余剰エネルギーが溢れ出す。そう、彼なら

こうなるのだ。

 次の瞬間、人の姿のまま獣の咆哮を上げて跳躍した彼の左腕が複数人いるユニのうち一人に脇腹を狙ったフックを打ち込む。

 避け切れない速度と判断したユニは触手と魔力障壁を併用して防ごうとした。ところが強烈な光を放つ拳は絡み合って盾と化した触手を瞬時に蒸発させ、魔力障壁まで容易く貫通する。

 衝撃波が大気を震わせ、閃光が夜空を切り裂いた。そして攻撃を受けたユニは一撃で完全に消滅してしまった。細胞の一カケラまで焼き尽くされて。

 同時に地面も震え始める。星そのものが怯えているかのように、強引に生命力を引き出され悲鳴を上げる。

(もって数分!)

 アイムはそれを知っていた。かつてユニからこの技を仕込まれた時に、そうなる可能性が高いと学んだ。星獣たる彼がこれを使えば、星そのものの持つ生命力が数分で枯渇する。つまり息切れを起こし、やがては限界点を突破して死に至ってしまう。

 だから今まで、どんな窮地に陥ろうとも絶対に使わなかった。星を守るために星そのものを死に追いやっては本末転倒に過ぎる。

 だとしても今この瞬間だけは使わせてもらう。星も、生みの親もこの男には恨みを抱いているに違いない。だからこそ力を貸してくれているのだ。そう信じて。

 この命、燃え尽きる前に倒してみせる。

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