限界点

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 その力は正に自然の驚異、人の力では抗いようのない災害そのもの。逃げ回るユニ達を追いかけ空中を駆けるアイム。もはや精霊と同化しているグレン以上の速度。当然逃げ切れはしない。

「ハハハハ! 素晴らしい! それでこそだアイム! でもまだ――」

 何かを言いかけた一体を回し蹴り一つで消し去り、すぐ次を狙う。三体のユニが集まって防御を固めていた。

「これならどうだい、やってみなよ!」

「ヴルァッ!」

 急激な強化に彼の肉体もまた悲鳴を上げている。ボロボロだった肉体は急速に癒えて傷一つ無くなったものの、あまりにも強い生命力は毒にもなるのだ。内側から際限無く膨れ上がる力で今にも破裂してしまいそう。傷は無くなったのに体中が痛くてたまらない。

 溢れ出しそうな余剰エネルギーを噴出してさらに加速する。重牙で右腕を巨大化させてスピードを殺さずに叩きつける。三人のユニがまとめて消し飛んだ。もはや個々の力では相手にもならない。少数でまとまったところで結果は同じ。

 しかしアイムの右腕も本当に破裂した。血液と共に膨大なエネルギーが噴出する。

 激痛で意識が飛びそうになる。人間サイズに戻ったそれは元通り傷一つ無い。だとしても右腕で重牙を繰り出せばまた今の痛みを味わうだろう。裏返っている間、もう一方の肉体は再生できない。

(構わん!)

 一瞬の躊躇を噛み殺し、また右腕を変身させて背後から襲いかかって来たユニを消し飛ばす。

 すると今度は髪が赤く染まり始めた。頭髪が揺らめく炎と化して熱気を放つ。逆に吐き出す息は白く煙って冷気を漂わせる。

 遠巻きに観察しながら分析するユニ。ようやくアイムは壁を乗り越え、進化を果たした。

「そう、それだ。君が最強の星獣たる所以はそれなんだ。圧倒的な脅威を前に、この星は僕が植え付けた『種』を『核』として、この星で生きていた全ての生命体の『可能性』を集積し、君という存在を急速に構築するための素材に使った。君はこの星に存在するあらゆる生命体と同じ力を使うことができる。自然現象ですらその身一つで再現できる」


 人の力も獣の力も、そして精霊の力さえもアイムにとっては最初から己の一部。リュウライギはそれを自覚させ覚醒を促すためのトリガーに過ぎない。


「ついに『ゲルニカ』の因子も覚醒した! あと一歩、いや殻一枚だぞ! それを脱ぎ捨てて駆け上がれ! 僕の求める境地に! 君という作品の完成形に! 神殺しになってみせろ!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 アイムの咆哮がさらに大きく星を震わす。天変地異の兆候は他の大陸にも伝わっていた。頭上の雲が明滅し、海が突如として沸騰したように泡立ち始め、大地から生命力が失われる。全ての大陸で人々が世界の終わりを予感した。

 アイム自身もそれを感じ取っている。残り時間は、ほんのわずか。意識は半分飛びかけている。

 それでも彼はこの星に生きる全ての者達にとっての宿敵を追いかけ、輝く軌跡を描きながら夜空を駆け抜け続けた。




 一方、ニャーンとズウラもまた終焉の気配を感じ取りつつ奮闘を続けていた。

「きゃあっ!?」

 揺れに耐え切れず尻餅をつくニャーン。だが、それでも怪塵を使って形成したドームの維持から意識を逸らしたりはしない。受け身を取るよりもそちらを優先して自分の身と背後に庇った人々の安全を保ち続ける。

 今のアイムは動くという一動作だけで周囲に破壊を撒き散らすらしい。何度となく到達した巨大な衝撃波は彼女の守り無くしては確実にこの場の全員を死傷させていただろう。先程と同じように球体の表面が有機的に変形し、効率良く衝撃を受け流している。

 これでいい。彼には思いっきり暴れてもらいたい。

「大丈夫! ちゃんと守ってますから、頑張って!」

 再び声援を送る。そんな彼女に向かって伸ばされる無数の触手も、やはり一本たりとて届かない。ことごとく受け流されて球体の表面を滑る。

「いやはや参った、彼女の防御は鉄壁だね。これは手を出しても無駄かもしれない」

「なら、このボウヤから片付けようか。あっちに比べてまだまだ未熟だ」

「そうだね、こっちは簡単に殺せそうだ」

『ぐ、うっ……!』

 ズウラは傷一つ付いていない。けれど体力は尽きる寸前でプライドもへし折れる一歩手前。完全に遊ばれている。このユニ・オーリなる男には全く歯が立たない。

 それどころか――

「そらっ!」

 四方八方から襲いかかる触手。彼は能力を使って建物に使われている建材、すなわち鉱物を操り無数の壁を作り出した。なのに先端を尖らせた触手は易々と貫通して来る。やはりこの建物に使用されている石材では防ぎようが無い。鉄格子の鉄を操っても同じ。全く強度が足りない。

 そして彼の目の前にまで迫った触手を、またニャーンが怪塵を操って防いでくれた。空中に羽が出現して全ての攻撃を逸らす。

「大丈夫ですか!?」

『は……い……』

 恥ずかしくて彼女の方を見られない。守ると大口を叩いておきながら逆に守られてしまっている。ただでさえ大勢を守って手一杯のはずの彼女にさらに負担を課している。そんな自分が情けなくてしょうがない。敵に『遊ぶ』つもりが無ければとっくに殺されていただろう。

 せめて少しでも役に立たなくては――そう思って何度も斬りかかって行くのに一太刀すら浴びせられない。ニャーンの力の使い方を参考にして考えた様々な攻撃方法も同じ。ユニには何一つ通用しない。父の形見の剣は空を斬るばかり。

 その剣を振り回す速度も、もはや見る影も無いほど鈍っている。

『ハァ……ハァ……』

「お疲れかな? まあ、経験が浅いなりに頑張ったよ」

 体力が尽き、汗だくで膝をついたズウラに、あろうことか敵が慰めの言葉をかけて来た。そして三人のユニが同時にニャーンを見る。

「なら、そろそろ終わらせよう。ご苦労様」

 パチン。指が鳴った直後、ニャーンに背後から組み付いて来る人間達。

「えっ!?」

「たしかに君の守りは完璧だ。でも、他人を信じすぎてはいけない。彼等がただの被害者だなんて誰が言ったんだい?」

 ニャーンに襲いかかったのは彼女が守っていた第七大陸の人々。寄ってたかって彼女を地面に押さえ込み、何故か口を開かせようとする。嫌な予感がして全力で抵抗。

「ん、んんうっ……!」

「驚いたな、これでも障壁を解除しないとは。あくまで彼等を守るつもりかい? ならまあ、そいつらにやらせるしかない」

「んんっ!?」

 催眠術か、それとも時間をかけた刷り込みか。なんにせよなんらかの手段で操られている人々はおぞましいものを持って来てそれをニャーンの鼻先に突き付けた。無数の触手を吐き出す不気味な肉塊。死体を動かす人工生物。

「それはね、僕の意識とリンクしている。だから体内に取り込ませれば死体だけでなく生者も操ることができる。君を壊すつもりは今のところ無いけれど、必要なデータは集まったからまた自由を奪わせてもらうよ」

「んんっ!! んんーっ!?」

 必死に口を閉じて耐えるニャーン。そんな彼女の鼻をつまみ、頬に圧をかけ、指を唇と唇の間にねじこんで無理矢理口を開けさせようとする人々。

 悲鳴を聞くうち、ズウラの内で沸々と怒りが沸き立った。震える膝に残りの力をかき集め、父の形見の鉄剣を支えにもう一度立ち上がる。

「やめろ……!」

 彼の能力に操られた建材が拳となり、ニャーンに群がる者達を殴り飛ばした。さらにニャーンを守るためにその体を包み込む。

「ズウラさん!?」

『仕方……ありません。オレはニャーンさんが最優先です。あなただけは、絶対に守る!』

 そう言って溶岩石で作った鎧を脱ぎ捨てる彼。こんな重い物、もう邪魔なだけだ。

「ほう、どうやって守るんだい? 僕に一撃入れることすらできなかった君が」

「どうにかする!」

 ズウラに考えは無い。完全に勢いだけでの行動。それを見抜いたユニはまた嘲笑する。

「がっかりだズウラ。君では僕の求める水準に辿り着けまい。妹の方がよっぽど見込みがあったよ、彼女を生かしておけば良かったな」

「アイツはまだ死んでねえ!」

「それは朗報だ、君が死んだら迎えに行こう」

「ズウラさん!」

 再び無数の触手が襲いかかる。ニャーンは咄嗟に彼を守ろうとしたが、その瞬間に別の緊急事態に気付いて二者択一を迫られた。

 凄まじく巨大なエネルギーがこちらへ迫って来る。ユニ達でさえ目を見開き、慌ててその場から離脱するほどの脅威。

 触手による死は免れたものの、今のズウラに走れるだけの余力は無い。

 ニャーンは彼を守るか見殺しにするかで迷った。瞬間的に怪塵のドームを拡張してズウラを取り込むことはできる。でも今よりさらに範囲を拡張したら強度が落ちてあの巨大なエネルギーの直撃に耐え切れないかもしれない。逆に範囲を縮小させたら彼は死ぬが自分達は助かる確率が高まる。


 彼女は迷い、そして答えを出せずに終わった。

 彼女の性格で命の選択などできるはずもなかったのだ。

 ズウラもそれを知っていて、だからこそ咄嗟に向こう見ずな行動に出る。


「――ッ!」

 彼自身なんと叫んだのかわからない。地面を抉り、大量の土砂を巻き上げながら迫って来たエネルギー塊を前に意識を直下の地面に向け、ただ全身全霊を込めて頼んだだけ。助けてくれと。

 その瞬間、彼の脳は一つの場面を思い出す。かつてニャーンが初めてテアドラスを訪れ、目の前で起こしてくれた奇跡を。とてつもなく広範囲の怪塵を一網打尽にした姿を。

 直感的に悟った。彼女の力、怪塵操作に最も近い能力は自分の鉱物操作。ならばきっと自分にも同じことができる。

「上がれえええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」

 一際巨大な地揺れと共に視界がせり上がった。迫り来る巨大なエネルギー塊より上、遥か高みへ彼と背後のニャーン達を建物ごと押し上げる。

「なんだと……!?」

 驚愕するユニ。初めて彼の顔から笑みが消えた。

 完全に計算外。可能性は感じていたが、まさかここまで一気に飛躍するとは。

 エネルギー塊は目の前に突如として現れた『崖』をぶち抜いて遥か彼方への空へ飛び去る。だがズウラ達はその直撃を免れた。彼が能力で建物の下の地面を数百メートル隆起させたからだ。

 当然、地盤が崩壊したため建物は沈んで崩れ落ちて行く。けれどニャーンが建物の一部とズウラごと怪塵の球体で人々を包み、空中に留まらせた。つまり誰一人命を落としていない。

【彼等は拘束しておきます】

「お願い!」

 白い怪物が第七大陸の住民全員に枷を嵌めたことで、もう邪魔される心配も無くなった。あとはアイムがユニを倒してくれれば勝てる。彼女はそう思った。

 けれど――

「そん、な……」

 再び膝をつくズウラ。ニャーンも絶望する。

 その瞬間、巨狼の姿となったアイムが力尽きて地面に倒れたのだ。彼はまたしてもユニ・オーリに敗北した。

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