圧倒的悪意
『やった!』
アイムとグレンの連携が綺麗に決まったのを見て拳を握るズウラ。流石は最強と第二位のコンビ、あれだけ恐れていたアリアリ・スラマッパギをも瞬殺してのけた。
――が、そんな彼の予想を裏切った事態が起こる。首が地面に落ちた途端、その断面から植物の根が伸びて地面に食い込んだのだ。
「えっ?」
「ハハハ、グレン・ハイエンドのご登場とは嬉しいね! 精霊との同化を果たした能力者は貴重だ、君もじっくり調べたいなあ!」
肺が無い、そのはずなのにごく自然に発声するアリアリの生首。さらに長く伸びた根に持ち上げられつつ空中のアイムとグレンを見上げる。
二人は即座に追撃を仕掛けた。
「粉々にするぞ!」
「承知!」
アイムの爪が、グレンの刃が再生しかけているアリアリを文字通り細切れにする。今度は頭部も七分割。流石にもう声は出せまい。
ところが、それでもこの異常者は死なない。断片全てが根を吐き出して絡まり合い、それぞれを再結合させ始める。
「ふざけている……!」
これは本当に人間なのか? あまりに非常識な再生能力にようやく疑いを抱くグレン。斬撃では効果が薄いと見て取った彼は極太の光線を放った。アリアリのカケラが全て白光に飲み込まれる。
ところが彼の光線は別の光によって散らされた。青白い光の壁に。
「アイムが使う!?」
「そう、魔力障壁だね」
口を優先して繋ぎ合わせた化け物が他の部分の無い状態で肯定する。光の壁で己を覆い、その中で着々と再生を進行させる。
「くっ!」
再び斬撃。ところが光の壁を斬ることができない。凄まじく硬い。
「これならどうじゃ!」
その強度の高さを知るアイムはすでに突破の準備を整えていた。己の拳をやはり魔力障壁で覆い、それを重牙による高加速を乗せて叩きつける。一撃で割れ砕ける魔力障壁。
「おっと、前より扱い方が上手くなったね。そう、この術は範囲を狭めるほど強度が」
やかましい。
「さっさと死ね!」
左腕を狼の頭に変え、半分再生したアリアリを超振動波の咆哮で吹き飛ばす。赤い凶星すら破砕したこれに至近距離で直撃されれば流石に粉微塵になるはずだ。
実際そうなった。後方の建物ごと分解され消し飛ぶアリアリ。いくらなんでも復活できるはずがないはずのダメージ。
なのに、それでも――
「僕は倒せない」
「!」
全く別の位置に囚人服姿のアリアリが現れた。
さらに別の方向にも。
「無駄だってわからないのかな、アイム?」
「錬金術師はね、生命を生み出すこともできるんだよ。さっきもニャーン君の複製を作って実験を行っていたところだ」
「そんな僕がさ、自分の
「ついに仲間を引き連れて力を合わせて僕に立ち向かって来たね。おかげでついに一勝だ。でもさ、一人じゃないのは君達だけだと決めつけないで欲しいな」
「アリアリ・スラマッパギだって、こんなにいるんだぜ」
次から次に新たなアリアリが出現する。一人でも厄介な相手が、ざっと見ただけで十数人に増殖した。さらに、あとどれだけ複製がいるのかわからない。絶望的な光景に流石に戦慄するアイムとグレン。
でも彼女は違った。すかさずニャーン・アクラタカが声援を送る。
「負けないで!」
「おや?」
同時に周辺一帯に霧が漂い始めた。アリアリが発生させたものではない。この白い粒子は彼女と共にある白い怪物の一部を拡散させたもの。怪塵が無いこの街に怪塵を散布している。目的は?
「第七大陸の人達は私とズウラさんで守ります! だから思いっきりやっちゃってください!」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!」
悲鳴が上がった。拡散した白い粒子に触れ、存在を知られた『人間』が霧に掴まれて彼女の元へ運ばれて行く。そう、おそらくはこの大陸で最も安全な場所へと。
わずかながら外にも生きている人間がいたのだ。それに気が付いたニャーンは全員を避難させるつもりらしい。彼女にしかできないやり方で。
グレンの顔に笑みが浮かぶ。
「成長したな。あんたの後ろで怯えていた少女が、この短期間で」
「ああ、もはやワシの自慢の弟子よ」
背中合わせで周囲を警戒しつつ言葉を交わすグレンとアイム。すでに全力を出しているつもりでいたがそうではなかった。ニャーンのおかげで『人間』を巻き込む心配が無くなった途端、彼等もそれを案じていたのだと気付かされた。そのせいで無意識の遠慮があったと。
もう不要。全身全霊、最大の力を発揮できる。
(奴は強い。だが個々の力は勝てないほどではない)
無論、不利なのはこちら。敵の戦力は現時点では圧倒的。でも、だからどうした? この程度の苦境を乗り越えられずに、この先に待つ真の決戦を乗り越えられるものか。あの大災害から千年が経ち、今また自分達は試されているのだ。千年かけて培った力と覚悟を。困難に立ち向かう勇気を。より強大な敵との戦いの前に。
「行くぞ一番弟子! 妹弟子にいいところを見せてやれ!」
「こっちの台詞だ。師匠が弟子に後れを取るなよ!」
「ぬかせ!」
アイムとグレンは打ち合わせたわけでもなく共に同じアリアリに狙いを定め、自ら襲いかかって行く。群れで狩りを行う肉食獣のように。
『あ、そうだ。ニャーンさん、これ!』
ズウラはテアドラスから持ってきた物をニャーンに渡す。かつてビサックが彼女のために拵えてくれた杖。受け取った彼女は「ありがとうございます」と言ってから改めて戦場を見渡す。アイムとグレンが複数の『アリアリ・スラマッパギ』と戦闘を再開したところだ。
拡散した粒子のおかげで、ここにいても鉱山の街全体の様子を把握できる。増殖したアリアリの数は全部で四十八人。対するはアイムとグレンの二人だけ。たった二人が四十八人を相手に奮闘を続けている。
「あっちも出来る限り手伝ってあげて!」
【はい】
ニャーンの命令に従い拡散させた己の一部を使ってアイム達への支援を行う白い怪物。霧が光線を放ち、盾を作り出し、圧倒的な数の差をわずかばかり埋め合わせる。
とはいえ、やはり劣勢。彼等が押されている間に手透きの何人かはこちらを攻撃しに来るだろう。というよりすでに近付いて来ているのが霧を通じて伝わって来る。
「ズウラさん、こっちにも来ます!」
『はい!』
剣を構えて周囲を警戒するズウラ。ニャーンも杖を握りしめ覚悟を固める。何があっても絶対に守り抜いてみせる。街中から集めた人々と檻の中の人々を背後に庇い、翼を球形のドームに変えた。それで自分と第七大陸の生存者をまとめて覆う。
範囲が広い分、強度はずっと落ちている。それでも全員を守るにはこうするしかない。受けずに受け流す、それを徹底していれば耐え切れるはずだ。
(ビサックさん、また勇気をください)
“この杖はきっと、未来の英雄が手にしている”
杖に彫られているこの言葉に何度励まされて来たか。今回もまたそれを指でなぞって自分を奮い立たせる。
直後、三つの影が近付いて来た。アイムと同じように魔力障壁を使って空中に立ち、上から睥睨している三人のアリアリ・スラマッパギ。
「やあ、アイムとグレンが忙しそうなんでこっちへ来たよ。遊んでくれないか?」
「君はたしか、第五大陸のズウラ君だっけ? 僕さ、君にも結構期待してるんだ。スワレ君と兄妹揃って当たりの能力を引いたよね」
「その力、正しく使いこなせるかな? それができなきゃ勝ち目は無いよ」
『やってやるさ!』
幸いにもこの建物は石材で作られている。床と鎧を同化させ高速移動しながら斬りかかっていくズウラ。その攻撃をおどけながらひらひらと躱し続けるアリアリ達。
「ハハハ、才能はある」
「でも、いかんせん経験不足だな」
「成長しろよ、今この場で。でなきゃニャーン君を殺すぜ」
「させるかあ!」
ズウラは精神状態が能力の出力に直結するタイプらしい。挑発されて徐々に加速する鉄剣。ついには人間の動体視力では視認できない領域まで到達する。
なのにその刃は掠めることさえ許されず、ただひたすらに空を斬り続けた。
――震動が断続的に続いている。衝撃で実験機材や『標本』が片っ端から床に落ちて砕けた。
彼女の収められていた筒も激しい衝撃によって固定していた金具が壁から外れ、転倒して分厚いガラスが砕ける。
「ッハあ! ハア……ハア……」
カビ臭い空気が異様に美味しく感じられる。マトモに呼吸できたのはいつ以来か。
ぼやけていた思考が次第にクリアになっていく。苦痛から逃れるため極力鈍らせておいたそれを今は逆に目的のため鋭く研ぎ澄ます。
伝えなければ、誰かに。この震動の原因となっている戦闘の行われている場で。
待っていた、ずっと待っていたのだ、この時を。
復讐を果たせる、その瞬間を。
体を上手く動かせない。度重なるダメージで建物も崩壊が始まっている。落ちて来た瓦礫に四肢の一部を押し潰された。激痛を感じたが、そんなことはどうでもいい。
「あは、あはは……あははは!」
こんな体にされたおかげで、それでもまだ動ける。簡単に死ねはしないだろう。今だけはそれが嬉しい。感謝してもいい、あの外道に。
「アリアリ……スラマッパギ……! お前は、お前だけは……!」
階段を見つけ這い上がり始めた。かつての自分からはかけ離れた醜く肥大した異形の肉体を引きずって。
ただただ、怒りと憎しみだけを糧に。
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