雨中の道
包帯だらけの傷だらけ。今もまだ体のあちこちが痛い。それでもニャーンは悲劇の翌日、黙々と墓を建て続けた。アイムと共に、クレーターの中心に人数分の墓を。
遺体は一つも埋めていない。その必要が無かった。舞い上げられた土砂と共に散乱したそれらは、そのまま地中に埋もれてしまった。全て掘り出し回収するのは難しい。
そうする勇気も無い。無残な姿になった彼等をもう一度直視することは、彼女にとって酷すぎる。だから墓だけを建てて、それで許してもらうことにした。
全員分の墓を建てた後、今度は一つ一つの前で祈りを捧げていく。
「ごめんね、みんな……ちゃんと弔ってあげられなくて……」
「できることはした。わかってくれるじゃろ」
「はい……」
【次のご命令を】
白い
「どうするんじゃ、あれ?」
アイムには未だに信じられない。散らして塵にした状態で封じるならばともかく怪物を味方に付けられるとは思ってなかった。
だが、この怪物が言った言葉から理由を推察はできる。
破壊、そう言っていた。
ニャーンの力を指したものだろうが、しかし怪塵を操る能力とはどう考えても直接結び付かない。あれは壊す力ではない。
ということは、おそらくこうではないだろうか? ニャーンには二つの特殊能力がある。片方は怪塵を支配下に置いて操る力。そして、もう一つが破壊の力。あの赤い雷光がそうだと思う。
後者がどのような、そしてどれだけの力を発揮できるのか、具体的なことはわからない。それでも免疫システムが恐れるほどなのだから、よほど危険な能力だとは察せられる。
しかし彼女は、それを敵を倒すことに使わなかった。壊したのは怪塵を支配する
怪物を支配下に置く上で邪魔な情報のみを破壊し、新たな管理者となって、この惑星を破壊せよという命令を上書きした。
もう、あの怪物は敵ではない。ニャーンの忠実な下僕であり心強い味方。無論、彼女が同行を許すならの話だが。
「連れて行きます。置いていくわけにはいかないし……」
「しかし、あの姿じゃ目立つぞ? 絶対に怪しまれる」
「なら……」
ニャーンは怪物に姿を変えるよう命じた。白い鳥へと。すると命令通り真っ白な鳥へと変貌する。造形的に白鳥。ただし全身白一色で石膏像のような不気味さがある。とはいえ動いていると意外に違和感を覚えない。
「あれなら大丈夫じゃないですか?」
「まあ、パッと見はわからんかもな」
少々でかいが、そういう種類の鳥だと説明すれば、おそらく納得されるだろう。色素を持たないアルビノだと言い張ることもできる。
それにしても見事な造形だ。
「お主、鳥が好きなのか?」
「嫌いじゃないですよ」
特別好きでもないらしい。それであれとは、突然想像力が向上したようだ。
(これも新たに覚醒した力の影響か……?)
なんにせよ墓作りは終わった。全ての墓前で祈りもした。
怪物の問題も、ひとまず解決したと言っていい。
だが、ニャーンは動かなかった。プラスタの墓の前で座り続けている。
家族で親友だったのだ、そう簡単に動けまい。気持ちを汲んだアイムも隣で無言のまま佇み続ける。
そのうちにまた雨が降り始めた。第六大陸だから珍しくも無い。
アイムは魔力障壁で傘を作ってやる。ニャーンのみそれで守る。
【濡れていますよ】
怪物が指摘して来た。主の影響を受けているのか、ニャーンの従者になった途端、人間みたいなことをぬかす。
「ええんじゃ」
雨に濡れたい時もある。
彼もまた墓を見つめた。プラスタの墓、メリエラの墓、一つ一つを順々に見やって約束する。
(必ず、守るからな……)
今回は我ながら不甲斐なかった。こんな失態は二度と犯すものか。どんなことがあれど、ニャーンは絶対に守り抜く。この場所で眠る者達のために。
そう、たとえ彼女が「宇宙の脅威」だとしても。
(知ったことか。こいつにゃ守る価値がある。ワシがそう決めたんじゃ、なあ……オクノケセラ)
やはり子は親に似るらしい。彼は今まさに、他の神々を敵に回してでもこの星に肩入れした育て親と同じ選択をした。
やがて、雨音に混じり静かに続いていた嗚咽が止んだのに気が付き、暗い空を見上げたまま問いかける。
「行けるか?」
「行きます……」
ズッと鼻をすすり、袖で目許を拭って立ち上がるニャーン。
そして言った。
「プラスタちゃんには、夢がありました」
「ああ」
「あの子はすごく賢くて、私なんかじゃ、その夢を代わりに叶えることはできません」
「なら、どうする?」
「私にしか、できないことをします」
二度と、誰も怪塵に苦しめられることが無い世界にする。
新たに飛来する赤い凶星を食い止め、この星を守る。
「私には、それしかできません。それしか、してあげられません」
「それでええ。お主は、お主にやれることをやりゃいい」
その先に彼女はいる。
約束した場所で、きっとプラスタ達は待っている。
「あの娘の夢も、その道も途切れてはおらん。お主がおる。お主が前に進み続けることで、プラスタの夢も続く。お主が、あやつらの夢なんじゃ」
「……はい」
さっき拭ったばかりなのに、また涙が溢れて、ニャーンはアイムを見つめた。
「ずるいですよ、自分だけ」
「何がじゃ」
「雨に濡れてます」
「濡れたいのか、アホウが。身体を冷やすなと言われただろう。しかも怪我人だ」
「そうですね……でも、濡れたい時もあります」
「お主にゃ必要無い」
「厳しいですね」
「まあな」
「……行きましょう」
ニャーンは歩き出した。もう、別れは済ませていたのだろう。アイムも隣に並んで歩く。白鳥もとことこと後ろをついて来る。
「飛ばんのか?」
「せめて、見えなくなるまで……」
「そうか……」
「あの、ユニティ……一つ決めました」
「ん?」
「私、貴方を名前で呼ぼうと思います」
「なんじゃ急に」
「もう、後悔したくないんです。本当は大好きな人達に最後まできちんと心を開くことができなかった。そんなのは嫌ですから」
「そうか」
雨はまだ降り続いている。
次の大陸では、彼女はもっと辛い目に遭うかもしれない。
そんな彼女の支えに、ほんの少しでもなれると言うなら、それでいい。
「好きに呼べ」
「そうします、アイム」
二人は、ゆっくりと歩を進めて行く。
約束の場所へ辿り着くために。
約束を守り抜くために。
【では、私もアイムと】
「お主は許さん!」
「許してあげてください、もう仲間ですよ」
──この道の先に希望があるのか、それはまだ、どちらにもわからない。今はただ雨の中を進むだけ。
新たな、旅の仲間と共に。
(三章に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます