白き許し
「え……?」
頬を押さえて動きを止めるニャーン。アイムと、そして怪物ですら事態を理解出来ずに静止する。
「な、に……?」
「アンタは、そんな奴じゃないでしょ」
少女が立っていた。いつの間にか、ニャーンの目の前に。
「プラスタ、ちゃん……?」
ニャーンには、その姿が輪郭でしか見えていない。出血のせいで目が塞がっているから。怪塵を通じて送られてくる情報だけを頼りに物を見ている。
しかし、アイムの目から見たそれはプラスタであってプラスタではないものだった。
「怪塵……」
そう、ニャーンの前に立っているプラスタは怪塵によって形成された姿。ならばそれを成したのはニャーン自身か?
いや、違う。彼女は戸惑っている。全く予想だにしていなかった事態だから。無意識に友を再現したわけでもない。彼女の心は今、怪物への憎しみで塗り潰されている。そんな余裕は無かったはず。
つまり紛れもないプラスタ。彼女の記憶が、彼女の想いが、怪塵を使ってニャーンに語りかけている。
「しっかりしなさい。自分を見失っちゃ駄目。アンタはアンタのままでいいの。アタシはどんな敵でも倒せる無敵の英雄を信じたんじゃない。ニャーン・アクラタカだから信じて、送り出した」
プラスタはニャーンの頬に触れる。その温もりも生前のまま。
見えないニャーンには、彼女が生きていたかのような感覚。
でも理解してしまう。彼女は怪塵使いだから。
目の前のそれも怪塵の塊だと。
「……皆、死んじゃったよ。プラスタちゃんまで……」
「もちろん悔しい、夢があったもの。アンタとの約束を守りたかった。でも、だからってこんなことをしてアタシが喜ぶと思う? アンタが別の何かに変わってしまって、それでアタシ達が喜ぶって言うの?」
そんなはずがない。
「許しなさい、ニャーン。辛くても堪えるの。アンタがアタシに教えてくれたように相手を許してあげて。でないと、その炎で自分まで焼き尽くしてしまう。
いい? アンタはニャーン・アクラタカよ。他の何者でもなく、アタシが信じたアンタ。だからそのままでいい。自分らしく進み続けた先に、きっとアタシはいる」
皆も、そこで待っている。
「頑張れ、アタシの親友」
次の瞬間、プラスタを象っていたものは崩れ去った。崩れてなお、風に吹かれ親友の頬を優しく撫でた。
燃え盛っていた炎が小さくなっていく。荒々しい波が凪いで、乾きひび割れた心が再生を始める。
憎悪と血で濁っていた瞳に光が戻る。桜色の瞳、その中心に赤い輝きが灯る。プラスタの想いを継いだかのように。
鼻をズッとすすりながら空を見上げた。さっき光の柱が雲を吹き飛ばしたおかげで綺麗な紫の空が見えている。
その空が端から少しずつ赤く染まり出した。
夕焼けに照らされ、ニャーンはまっすぐに怪物を見据える。
敵は動かない、何かを予感したように。
アイムもまた直感する。
(また、変わった……)
今のニャーンは先程までの彼女ではない。そして怒りに我を忘れる前の彼女ともどこか異なる。
そうだ、怯えが無い。
今の彼女は何者をも恐れていない。
「心を知らない、かわいそうな人形」
チリッ。出口を探し求めていた何かが、ようやくそれを見つけた。
彼女の瞳から赤い電光が迸る。
【対象の脅威度、さらに上昇。界球器に深刻な被害を及ぼす可能性あり】
怪物は動いた。再びニャーンに向かって鋭い爪を突き出す。
しかし──
【エラーが発生】
「なっ!?」
一瞬だった。アイムにも何が起きたのかよくわからない。とにかく赤い光が駆け抜けたように見えた次の瞬間、それに撃たれた怪物の右手が白く変色して崩れた。ニャーンには触れられたのに全くダメージが無い。
いや、炭化でもない。
灰のように崩れ落ちたそれは風の流れに逆らい、引き寄せられる。あれは怪塵だ。色は変わったものの怪塵の特性をそのまま有している。
「私の家族を、そして友達を奪った」
集まって行く。周囲に拡散していた赤い塵が再びニャーンの元へ集合する。
そして、それを赤い雷が撃つ。彼女の体から迸った光が焼く。
すると、やはり白く変色した。あれは攻撃ではない。
「それでも──」
攻撃ではなく上書き。
怪塵という物質を動かす
「貴方を、許します」
【始原の力≪破壊≫への完全覚醒を確認】
どこまでも命令に忠実に従い、勝ち目の無い相手へ攻撃を繰り出す怪物。
直後、全身を一際大きな赤光に撃たれ動きを止めた。手刀の先端はニャーンの胸にわずかばかり食い込んでいる。
その腕を引き、純白に塗り替えられた人形は傅く。従者のように。
【エラー修正、管理者が変更されました。ニャーン・アクラタカ、ご命令を】
「では、最初の命令です」
声が聴こえる、皆の声が。
それでいいのだと囁く。
「もう、誰も……傷付けないで……」
【はい】
涙が流れる。ニャーンは今まで深く考えずに行っていた。今ようやく、どれだけ辛くて苦しいことなのかを理解出来た。
許すという行為は、こんなに……他の何よりも難しいことだったのだ。
「はは、はははは! 素晴らしい! 彼女は本当に素晴らしい!」
その男は暗い実験室で一人、哄笑を上げた。
紫がかった銀髪と鉛色の濁った瞳。背は高く、容姿も整っているが痩せぎすで、どこか病的な雰囲気を漂わせている。
目を引くのは拘束具。その下は囚人服。そう、彼は囚われている、この第七大陸という名の牢獄に。
両腕が使えない状態なのに周囲では様々な装置が今も稼働していた。
そして様々な実験体もまだ蠢いている。
「あ、う……かあ、さ……」
「たす、けて……いや……いや……」
「殺して……殺して……」
「んん~っ、本当に素晴らしい。君らと違って彼女は実に優秀だ。やはり天然物は違うね、ようやく『王女』以上の素体に巡り合えた」
もっとも、適合素材は劣化コピーだが。かつて女神が創った模造品。
かつてはフェイク・マナと呼ばれていた。今は怪塵の名で知られている。
「結局本物には敵わないと結論付けられ、免疫システムへ転用された。その際に記憶を保存し再現する機能は封印されたんだよ、危険だからね」
だが部分的には残っていた。自在に変形できる機能を活用するため周囲の生物の記憶を読み取り、自身の形態に反映。
「彼女は軛を解いたんだ。だからあの奇跡が起きた」
死者の再現、実に素晴らしい。
あれなら死んだ後でも「再利用」できる。
「うふふ、欲しいなあ。あの子、どんな実験に使おうかなあ」
貴重なサンプルだから壊してはいけない。衝動を抑えるのに苦労しそうだ。
「早く来てくれないかなあ。ああもう、何してるんだいアイム? さっさとここへ連れて来ておくれよ。墓なんかどうだっていいだろ」
彼にはここからでも見えている。世界のあらゆる場所が見える。
だからわかっているのだ、あの二人は必ず来ると。
「君は試練のつもりなんだろ? なにせ彼女の息子だ。だったらさ、今度こそ成し遂げてみせなよ。この僕を倒してみろ」
彼女にばかり試練を課すのは公平じゃない。
「なあアイム、この戦いはね、君にとっての試練でもあるんだぜ?」
あの少女のようになれるか?
「ついに女王は誕生した。後は君次第だ──限りなき獣」
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