別れ
別れ際、門の外に並んだ見送りの人々。その最前列に立ったプラスタが告白する。
「言ってなかったけど、アタシもうすぐ聖都に戻るの」
「えっ?」
「全寮制の学校に受かったから、そこで勉強するわ。だからここに来ても会えない」
「そうなんだ……」
行き先が聖都なら訪ねていくこともできない。教主様から直々に立ち入りを禁じられてしまった。
しょんぼり肩を落とすニャーンに、しかしプラスタは続けて語る。
「アンタが破門されたことも聖都に入れないことも知ってる。でも安心しなさい、すぐに出世してそんなの取り下げさせてやる。いい? アタシは
「!」
顔を上げ、目を輝かせるニャーン。そうか、怪塵の脅威が無くなれば、きっと陽母教会の考え方だって変わる。自分の努力がプラスタの夢の実現にも繋がるかもしれない。そう思うと俄然やる気が湧いて来た。
「私、頑張るから!」
「それは結構ですが、無理をしてはいけませんよ」
「私達はずっとここにいるから、いつでも戻って来なさい」
「院長先生、副院長先生……」
「わからないことがあったら、その時にも来なさい。私が知っている限りのことは教えてあげます」
「アミル先生」
「そのアリアリなんとかってのが悪さしたら教えろよ、ぶっ飛ばしてやる」
「オレたちに手伝えることがあったら手を貸すぜ」
「ムスティラ、ヤーナフ……」
「頑張ってねニャーン」
「色々気を付けて」
「悪い人に騙されるなよ」
「拾い食いするな」
「おねしょしたら正直に言うのよ」
「第七大陸は寒いらしいわ、あったかい格好で行ってね」
「ニャーンちゃん、これを」
警備隊の隊長が進み出て封筒を渡してくれた。
「これは?」
「アルバルからの手紙だよ、君が来たら渡してくれって言われてたんだ。本当ならもっと早く渡すつもりだったんだが、少し前にそこの悪戯小僧達に兵舎の中を荒らされていてね。その時に別の場所に紛れ込んでしまった。探すのに苦労したよ」
「このバカっ」
「いてっ」
年長の子供に叩かれるヤーナフ達。ニャーンは緊張した面持ちで受け取る。
「アルバルさんの……」
「もしや、お主が助けたとかいう」
「はい」
──初めて力を自覚したのは、この修道院が怪塵狂いの獣に襲われた時。皆を守るため立ち向かった警備兵の一人が目の前で重傷を負って倒れた。その時、ニャーンは無意識に飛び出して盾を作り、彼を守ったのだ。
その兵士の名がアルバル。自身の力と周囲の目を恐れた彼女は彼の生死も確かめぬまま逃げ出したので、ずっと気がかりだった。
「生きてたんですね……」
「ああ、君のおかげだ。とはいえ流石に兵士を続けるのは無理だと判断され除隊になった。今は故郷にいる。西の方のミディル村だから、もし時間があったら顔を見せてやってくれないか?」
「はい、行ってみます。ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ、改めて感謝する。仲間を救ってくれてありがとう」
警備隊全員が敬礼する。ニャーンは照れ臭そうな顔ではにかみ、真似をした。
目を細める院長。そして背中を押す。いつまでも名残を惜しんではいけない。ニャーンは自ら道を選んだのだ。
「さあ、そろそろ行きなさい」
「はい!」
手を振る。大きく、何度も振り返りながら手を振る。
「またね、みんな! プラスタちゃん、必ず会いに行くから!」
「急がなくていいわよ! アンタすぐ転ぶでしょ!」
「うん、気を付ける! 気を付ける……」
そのうち彼女は振り返らなくなった。もう会えないかもしれないのに泣き顔なんて見せたくない。
アイムが背中に手を添える。
「そろそろ、飛んでいくか?」
「まだ、もう少し……せめて、皆が見えなくなるまで……」
「わかった」
そして二人は進んで行く。風が吹き、草が波のように揺れる草原を。滅多に馬車も通らない道は荒れていて歩き辛い。修道院の他に何も無い殺風景な場所。こんなところで彼女の家族は生きていく。これからも他の助けを得られぬままに。
「しばらくは安全ですよね……」
「ああ」
周囲の怪塵は一掃した。当面、怪塵狂いや怪物に襲われる心配はあるまい。周辺の地形ゆえか元々後者とは縁が無い場所のようでもある。
(いや、あるいは……)
──ニャーンがいた頃、修道院では滅多に怪我人が出なかった。メリエラがそう言っていたのを思い出すアイム。
子供ばかりなので大人が目を離した隙に危険な遊びに手を出すことも多い。
けれど、どうしてかいつも怪我人は出ない。木から落ちても、足を滑らせても、何かの下敷きになっても不思議と軽傷で済むか無傷。いつからか、あの修道院ではそんな日々が続いていた。
そしてニャーンの脱走後、メリエラは気が付いた。そういう幸運が起こるのは決まって近くに彼女がいた時だったと。ひょっとしたらニャーンは知らず知らずのうちに力を使い、皆を守ってくれていたのかもしれない。そんな風に思った。
(あの話が事実なら、怪塵を遠ざけることも出来たはず。己の住処を守るために。つまり一年と半年前ではなく、もっと昔から力を使えたということになる。それこそ生まれつきだとしてもおかしくない)
いや、だからどうだという話ではないが。一年だろうと十八年だろうと、そこに大した違いなど無いのだ、宇宙を守る免疫システムから見れば。
懸念しているのは、この少女が「宇宙の脅威」だという可能性。ありえない話ではない、彼が知る中で最悪の外道アリアリ・スラマッパギのように。
今まで、あの男こそが元凶だと考えていた。だが今は複数の可能性の狭間で揺れている。
(あやつかこやつか、それとも別の何かか……原因さえ特定できれば、それだけを排して星を守ることもできようが)
もし、万が一にもニャーンがそうだった場合──
「……」
ずずっ。
「あの、もうそろそろいいです。皆、見えなくなっちゃったし」
「ん? ああ、そうか。ところでハナをすするな、ほれ」
「ありがとうございます」
ハンカチを渡されてハナをかむニャーン。自分で用意しとけと言ってるのに何べん注意してもポケットに入れるのを忘れるらしい。多分またカバンの底に敷かれている。この娘は整頓も下手だ。
「まったく、世話の焼ける」
とはいえ、それが心地良くなってきた自分もいる。アイムは苦笑し、育て親との記憶を振り返って空を見上げた。
その時、空の彼方が突然強く輝く。
赤く、眩く、禍々しく。
「えっ?」
「!」
アイムは瞬時に思い出した。ニャーンは実際にあの場所を守り続けていたかもしれない。しかし同時に彼女自身が災厄を引き寄せる。その可能性もあることを。
──特異点は過酷な運命を引き寄せ、その渦に周囲の者達を巻き込む。兆しを見逃すな、育て親はそう言った。
あれが兆し。あの光こそ、それに違いない。でなければこんな天文学的な確率の事故が起こり得るはずもない。
そして、もう──
(間に合わぬ!)
離れすぎた。戻る余裕は無い。即座に判断してニャーンを地面に押し倒す。
「目を閉じろ!」
「あっ」
待って──手を伸ばすニャーン。修道院に向かって、彼方から飛来した赤い光は彼女達が元来た方向へ落ちた。
衝撃波が地面を巻き上げつつ襲って来る。人の身など一瞬で引き裂く死の高波。遅れて轟音。巨大な噴煙も立ち上った。
「そこで耐えろ!」
たった一人、立ち向かって行くアイム。十分に離れたところで変身すると己の身を盾にした。言われた通り翼と壁を形成して防御するニャーン。でも心が乱れて上手く集中できない。どんどん亀裂が走っていく。
次の瞬間、盾が割れ、翼も砕け散った。
彼女は力の乱流に飲まれ、空中へ投げ出された。
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