友との誓い

 翌日は晴天。気持ちの良い日差しを浴びつつ子供達は次々に庭へ出て行く。

 そして──

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ、すげええええええええええええっ!!」

「本当にあっという間だ!」

 興奮する少年達。ニャーンは珍しく得意気に胸を張り、鼻息を吹いた。

「ふふん! どう? 楽ちんでしょ」

 その手元には怪塵の結晶。能力を使って周囲から集めたのだ。

「おう、ありがとポンコツ!」

「すごいぞポンコツ!」

「ばんざい! ポンコツニャーンばんざい!」

「ポンコツって呼ぶのやめてよ!」

 怪塵対策のため行われる日課の掃き掃除。それがニャーンのおかげで瞬く間に終わってしまった。自由時間を得た少年達は早速駆け回り始める。

 ニャーンも引っ張り回された。怪塵で色んなものを形成してと頼まれる。

「ニャーン、オレは馬! 馬に乗りたい!」

「僕はニャーン姉ちゃんみたいに飛んでみたいな!」

「それより武器だよ! 武器作ってよ! かっこいいやつ!」

「ひ、一人ずつ! 一人ずつお願い! あと武器は駄目だよモルフライ!」

「ちぇーっ」

「ケチー、ケチンボニャーン!」

「新しいあだ名もやめて!」


「……なんじゃ、思ったより慕われとるな」

 遠巻きに眺め、呆れたような安心したような複雑な表情を浮かべるアイム。隣に立ったメリエラは頷く。

「元々そうです。思春期の子は素直な物言いができず、ニャーンの方も自覚できなかったでしょうが、男の子達には特に好かれています」

「フン、マセガキ揃いということか」

「心配ですか?」

「危害を加えんのなら構わん。人間同士の色恋に口は出さぬ。無論、使命の妨げになれば話は別だが」

「お手柔らかに」

 メリエラはくすくす笑う。何を言いたいのかは、ある程度察せられた。

「小娘が、ジジイをからかうつもりか」

「いいえ、本当に私達は貴方を誤解していたと反省しているところです」

「フン……」


 さらに観察してみる。少年達は元より少女達も別にニャーンに敵意を抱いている様子は無い。どうもここの女子達のまとめ役がプラスタらしい。あの強気な性格だからさもありなんだが、そんな彼女の親友たるニャーンも一目置かれているようだ。

 ただし遠慮は無い。


「ニャーン、遊んでばかりいないでこっちを手伝ってよ」

「少しは洗濯できるようになった? ほら、ちょっとやってみせて」

「また穴だらけにしないでよ」

「あー、ほら! 早速! ほんと力加減が下手なんだから」

「まあでも昔よりはマシか。上達したね」

「えへへ」


「ふむ……」

 やはり、これなら置いて行って良さそうだ。数日で済む用事だし、僧籍を剥奪されたと言っても立ち入りを禁じられたのは聖都だけ。この辺境の地にいる限り教主達がうるさく口を出すことはあるまい。

 振り返って改めて頼む。

「では、気付かれんうちに行くとする」

「はい、私が皆の気を引きますので、その間に裏門の方へ」

「頼む」

 ニャーンに気付かれると「どうして置いて行くんですか」などと言って面倒になりそうなので、変身せずこっそり出て行くことにした。段取りは昨夜のうちに打ち合わせてある。アイムは足音を立てず静かにその場を離れた。

 逆にメリエラは庭の中央へ進み出る。

「皆、少しいいかしら? せっかくニャーンが帰って来たことだし、練習しておいた歌を披露してはどう? あなたが戻って来たら聴かせたいと皆がんばったのよ。さあ、礼拝堂へ行きましょう」

「はーい」

 メリエラに先導されぞろぞろと歩き出す子供達。ずいぶん素直に言うことを聞くものだ。今まで楽しそうに遊んでいた少年達までも。

 妙だ。

「……いや、まさかな」

 とは思いつつ、念の為に指定された裏門でなくすぐそこの壁を乗り越えて出て行こうとする彼。

 ところが壁の上にいた兵士に見つかり、背中を押された。

「ユニティ殿、こちらではありません」

「あー、いや」

 もう大方予想はついてしまったが、だとするとどのみち逃げられはしないだろう。渋々押されるがまま裏門の方へ移動するアイム。階段を使って下に降り、開きっぱなしの門をくぐる。

 するとやっぱり、正面にふくれっ面のニャーンがメリエラと共に立っていた。

 どころか、他の職員や子供達までいる。見送りに来たのだろう。

 自分ではなくニャーンを。


「どうして置いて行くんですか!」

「やっぱりな」


 メリエラを睨む。老齢の院長は茶目っ気のある微笑みを返した。

「申し訳ございません、ばれました」

「ばらしたの間違いじゃろ」

 相談したのは失敗だったと今さらになって悔やむ。

 そこへニャーンが歩み寄って来た。

「第七大陸に行くんでしょう? 私も行きます!」

「駄目だ、ここにおれ」

「だから、どうしてですか!?」

「……アリアリ・スラマッパギ。この名は知っとるな?」

「──怪物を単独で倒したことのある三人。その一人ね」

 答えたのはニャーンでなくプラスタ。流石によく知っている。アイムは頷き返し、再度問う。

「どういう男か知っておる者は?」

「……錬金術師としか」

 プラスタのみならず、他の者達も詳しくは知らなかった。

「だろうな」

 錬金術とは薬学や工学、様々な技術と知識の集大成のようなものである。世間では節操のない怪しげな学問と見なされており、その研究者というだけで異常者扱いされることも珍しくない。

 その多くは偏見による事実に反した風聞だが、あの男の場合は違う。

 あれはまさしく異常者だ。

「アリアリ・スラマッパギとは化け物だ。ワシやグレンとは別のな。怪塵とも違う。怪塵には意志など無く、この星を滅するという己の使命に従っているに過ぎん。そこに敵意はあっても悪意は無い」


 奴は違う。アリアリ・スラマッパギは怪塵の対極にある者。

 敵意は無い。あれにあるのは悪意だけ。悪意のみの生命体。


「あれと対峙した場合、普通の者は耐えられん。事実、第七大陸は奴一人のせいで地獄と化した。各大陸が第七とだけ交流を断っているのはそのためだ」


 ひょっとしたらあれは人ですらなく、悪魔と呼ばれる類の生物なのかもしれない。


「だからお主は来るな。奴のことだから、すでにお主の存在は知っておる。その力や人格、あらゆることを調べ上げてるはず。ワシは説得しに行くのではなく、釘を刺しに行くのだ。手出しさせんために」


 たった一人の救星の希望。

 そんなもの、あれが興味を持たないはずは無い。


「待っとれ、すぐに帰る」

「嫌です、ここまで来て置いてけぼりなんて」

 ニャーンは一歩も引かずに睨み合う。ビサックから貰った杖を固く握り締め、アイムの目を正面から見据えた。

 その姿に修道院の者達が感嘆する。

「ニャーンが……」

「あんなにまっすぐ人を見ている……」


 変わったのだと確信できた。

 今の彼女は、昔よりもずっと強い。


「いいからここで待て! 世の中にゃ知らん方がいいこともある。あんな男は会う価値も無いんじゃ!」

「駄目です! 七つの大陸全部を回るって決めたんだから最後までやります! どんな人だって、ちゃんと話せばわかり合えます!」

「ありゃそういう次元じゃない! ワシの言葉を信じろ!」

「信じてますけど、それとこれとは話が別です! 一人だけ行くなんてずるい!」

「だーっ! 何がずるいんじゃ!? ワシだって出来りゃあんなもんと関わり合いたくないわい!」

「……ふう」

 このままでは埒が明かない──そう思ったプラスタは近付いて行ってニャーンの背中を押した。

「わひゃっ!?」

「うおっ!?」

 押し出されたニャーンを受け止めるアイム。びっくりしている彼を睨め上げ、プラスタは吠える。

「頼んだわよ!」

「は……?」

「アタシの一番大事な友達をアンタに託すって言ってんのよ! ちゃんと守りなさいよね、何があっても!」

「プラスタちゃん……」

「本当によそで言われてるような英雄ならニャーン一人くらい守れるでしょ! 相手が誰でも関係無いわ! 本人が行きたいって言ってる以上、それは決定事項! 保護者のアンタが考えるべきは、どう守るかだけ!」

「だから、守るためにここに置いていくと……」

「そんなの守ってることにならない! 守ることと置き去りにするのは違うわ!」

「むっ……」


 言葉に詰まるアイム。思い出したからだ、ここにいる子供達は皆、親に捨てられた存在だと。


(そうか……ワシゃ、同じことをしようとしたのか)

 そうした方が子のため皆のためだからと言い訳をしてしまった。本当は守り切る自信が無いだけだと、親に捨てられた子に見透かされた。

 プラスタの背後にいる子供達の顔も見渡す。

 皆、責めているように見える。

「……味方はおらんか」

「違います」

 強く否定するニャーン。アイムから身を離し、改めて彼の顔を見つめる。もう怒ってはいない。代わりに少し悲しげ。

「ここにいる皆、もう貴方の味方です。私もプラスタちゃんも」

「まあ、少なくとも敵じゃないわ」

「ほうか」

 そんな言葉で情に絆されたりはしないが、考えは改めた。やはり連れて行こう。

「奴ごときに屈するようなら所詮それまで。この先、より大きな試練を乗り越えることはできまい。覚悟は済んどるな?」

「はい」

 迷わず頷く彼女。何故か他の面々まで首肯する。

「よかろう、ならば来い。せっかく服も着替えたことだしな」

「気付いてたんですか?」

「ワシを誰だと思っとる」

 院長達からの餞別だろう。ニャーンの僧服は新品に変わっている。今の彼女に合わせたおかげで窮屈そうではなくなった。匂いも違う。

 ゆとりができたおかげか雰囲気にも余裕が感じられる。

「それじゃあ連れて行くが、本当にええんじゃな?」

 プラスタに確認すると、やはり頷いた。

「そう言ってるでしょ。きっちり守りなさいよね」

「ああ、任せろ」

 約束だ、そう言って手を差し出すと少女は少し躊躇ってから握り返してくる。

 その手の平の温もりと込められた力の強さにアイムは改めて決心した。

 必ず、この場所に無事連れ帰ることを。

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