感謝の花冠(2)
出会ってからしばらく後、自室で二人きりの時にプラスタは打ち明けた。
「ニャーン、アタシいつか聖都に戻るわ。偉くなって教会を改革するの」
「かいかく?」
自分のベッドに座ったまま小首を傾げるニャーン。この頃になるともう、互いに気安く話せるようになっていた。
「より良い形に作り変えるってこと。たしかに教会が作った仕組みのおかげで今まで社会の秩序は保たれて来た。私達が生まれ、今もまだ生きているのは、その秩序があったればこそよ」
だとしても、やっぱり間違っている。
「アタシやアンタみたいな子がたくさんいる時点で完璧じゃない。完璧にはなれなくても、そこを目指す努力を放棄してしまったらいけないの。もっともっと改善していける。そのために、いつかアタシはここを出て行く」
丁寧に説明すると、ようやくニャーンにも意図が伝わった。寂しそうに肩を落とす彼女。
「そうなんだ……いなくなるんだね、プラスタちゃん」
「馬鹿、今すぐにって話じゃないわ、何年も先。ここに来てやっと自覚できた、アタシはまだ子供なの。知識だけでなく他にも学ぶべきことがたくさんある」
あの街に戻るのはそれからだ。幸い、ここミーネラージス修道院には新院長メリエラを始めとして尊敬できる先達が多い。きっと、そんな人達だからこそ聖都の歪んだ構造から弾き出されてしまった。でも本来は彼女達のような人材こそ上に立つべき。
自分がそうなってみせる。ここで学んだことを未来に活かす。
「もうしばらくはアンタと一緒よ。その間は面倒見てあげるから、アンタももう少し成長しなさいよね」
「わたし、プラスタちゃんよりおっきい」
「ぐっ……身体のことじゃなく中身よ。アタシとアンタは違う。前の院長先生はアタシに寛容になれって仰ったけど、やっぱりそう簡単には変われないと思うわ。結局このきつい性格がアタシなのよ。らしさを失ってしまったら、それはもうアタシじゃない。
だから、その分だけアンタが大らかな人になりなさい。ちょっと馬鹿にされたくらいで泣いてちゃ駄目。男子どもなんか、ほんとはアンタの気を引きたいだけなんだから。もう少し他人をしっかり見られるようになって、そしたらきっとわかる。アンタならアタシにだって見つけられない相手の良さを必ず見つけてあげられる」
あれだけ辛辣だった自分を、それでも受け入れてくれたように。
「むずかしくてよくわかんない」
「あーもう、アンタが相手だとなかなか話が進まないわね。まあいいわ、まだまだ時間はあるもの。何もかもこれからよ、ニャーン」
そう言うと、やっとニャーンは笑った。まだしばらく一緒にいられる。それだけは理解出来たのだ。
「よろしくね、プラスタちゃん」
「何よ急に? ほんとズレてるわねアンタ」
四歳も年上なのに妹ができた気分だ。悪くはない。ずっと心の中で燃え続けている炎も、今は優しく胸を温めるだけ。
そんなプラスタの背後では乾燥させてリースにした花冠が壁にかけられ、二人の友情を見守っていた。
「──なるほど、そういう経緯で友達になったわけか、あの二人は」
「ええ、そして家族に」
語り終えたメリエラは視線を持ち上げアイムを見つめる。第六大陸では珍しくない桜色の瞳。真っ白な髪も本来は同じ色なのだろう。本当にニャーンと似ている。
「家族……気になってたのだが、お主あやつの血縁か?」
「いいえ、私の出身は聖都です。ニャーンと似ているということであれば、家族ですもの、共に暮らすうちにそうなることもあるでしょう」
「ふむ……血筋より環境か」
たしかに元は全く似ていなかったのに、夫婦になってからしばらくすると言動が似通るという例もある。家族とは、そういうものかもしれない。
「お気付きのこととは思いますが、今のお話をしたのは……」
「あやつについて、もっと良く理解せよということだな」
「はい」
頷くメリエラ。やはりアイムは獣ではない、人の心を理解できる。それが彼女には嬉しかった。
「他者を知るには、その者の人間関係も学ばねばならぬ。この先も連れ歩くと決めた手前、ワシにはそうする義務がある」
「義務感から、ですか?」
「まあ、単純な好奇心もある。否定はせん。特に主らの教育法に興味が湧いた。話を聞く限り、あやつはもっとポンコツだったようだな。それをたった数年で今の程度まで鍛えたのは見事と言う他無い」
「ふふ、先程も言ったように、あの子は本当はなんでもできます。無意識の怯えさえ取り払ってあげればきちんと学び、成長するのです」
「怯えか……」
ニャーンとは大分打ち解けたと思う。しかし、まだ完全には信用されていない。それはアイムにも自覚があった。
「ワシの名を呼ばんからな、あやつ」
異端者ユニティ。第六大陸の者達は彼をこう呼ぶ。他の大陸の者達は基本的に名前で呼ぶのだが、陽母教会の者達はけっしてそれをしない。
ふうとため息をつく。
「ワシゃ嫁も子もおらん。おかげで、この歳になって初めて知ったわい。子を育てるとは実に難しい」
「皆、その悩みを抱えます。焦らず、じっくり見守ってあげてください。それでは、もう遅い時間なのでお暇を。ありがとうございましたアイム殿、お話を聞いて安心できたので、私は貴方を信じます。どうか、あの子を守ってあげてください」
「うむ」
彼女が立ち上がったのを見て自分も立つアイム。見送ろうと思ったからだが、そのタイミングで思い出す。
「ああ、待て。戻る前に、もう一つ話がある」
「なんでしょう?」
「ワシの方も安心できた、ここなら安全だ。あやつのみ、しばらくこのまま置いといてくれ。第七にゃ会わせたくない男がおってな、ワシだけで行って来る」
「ん……?」
深夜に目を覚ますプラスタ。なんだか違和感がある。
いや、むしろ懐かしい感覚。すぐにどういうことか把握できた。
「まったく……」
「んにゅ……」
ニャーンが彼女のベッドに潜り込んでいる。抱き合うような形。寝ぼけたわけではなく、わざと。よくやるのだ、一人で寝てると不安に襲われるらしい。
この子は今も怖がりなのだ。
「アンタ、よくそれで一人旅できたわね……」
どれだけ怖かったろう、心細かっただろう。想像もつかない。
アイム・ユニティには感謝している。よく見つけてくれた。一緒にいてくれた。ずっと一人きりなら、きっとニャーンの心は壊れていた。
「いつでも会いに来なさい」
わかっている。また、すぐに出て行ってしまうのだと。もう彼女は、ここに留まるべき存在じゃない。大英雄が認めた救星の希望。まさか、あの弱虫がそんな大層な存在になるなんて思ってなかった。
けれど不思議と納得もできる。神様が本当にいるのなら、彼女のような人間にこそ力を与えるべきだから。
ニャーンならきっと、皆を幸せにできる。
そして自分も、同じ理想を追いかける。
「アタシ達ならできるわ。だから元気でね、絶対に無事に帰って来るのよ」
「……」
ニャーンが胸に頭を押し付けて来る。起きているのか寝ているのか、どっちでもいい。
プラスタもニャーンの頭に鼻先を近付けた。桜色の髪から漂う淡い香り。心のささくれが消えていく。自分もまた不思議と落ち着くこの匂いと温もりを欲していた。
忘れない。離れ離れになっても絶対に忘れない。
だから行けばいい、信じて待つ。
「頑張れ、アタシの親友」
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