地底の楽園
アイムからニャーンを紹介された兄妹は、ひとまず二人を自分達の村へ案内することにした。
「皆も心配しているでしょうし、そろそろ戻りませんと。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
スワレに促され、歩き出しつつ砦を見上げるニャーン。火山の麓にやけに立派な建物があると不思議に思っていたが、これはズウラの能力で建てたものらしい。
けれど村はどこに? 周囲を見回してもそれらしき場所は見当たらない。上空から見た景色にも人里は無かったように思う。
もしかしてと考えたところで、その想像を裏付けられた。
「私達の村は地下にあります」
「地下!?」
想像通りの答えとはいえ、それでもやはり驚いた。以前暮らしていた教会にも地下室はあったが、村となると遥かに規模が大きい。
ニャーンは、地下にもう一つの世界がある光景を想像した。地底の太陽が煌めき、潮風が吹いて、波がさざめく。いくつもの島々や大陸。地上とは違う生態系。流石に誇大妄想に過ぎるが、この場の誰一人として頭の中を覗ける能力者ではないため訂正できない。
アイムは「あの顔、またアホなことを考えとる……」と呟いたので、なんとなく彼女の想像を察したようだが。
「入口はこの中です」
とは言うものの、砦の壁には入口など無い。そもそもそれは壁ですらなく分厚い石の塊だった。ズウラが触れた途端、変形して長いトンネルを生み出す。なるほどと小さく頷くニャーン。二十mほどのその道を抜けると中心部にのみわずかな空間があり、山肌に鉄の扉がついていた。
開いた先は階段。ずっと下まで続いている、そんな気配。
「暗いので気を付けてください」
「は、はい……」
彼とスワレに続き、こわごわ足を踏み入れる。たしかに暗い。ズウラとスワレの持っているランタンが無ければ何も見えない。ニャーンは周囲の怪塵を感知することでそれらが触れている物体の形状や位置までも把握できる。だが、ここではその感覚も不鮮明だった。怪塵が少ないからだと思う。
(しっかり守られてるんだ……)
感心した直後、最後尾を歩むアイムが言った。
「ここは面白いぞ。今までの中で一番風変わりなはずだ」
「そうなんですか?」
「オレ達はこの村しか知りません。でもアイム様が言うなら、そうなんだと思います」
「アイム様は世界中を旅して回ってますもんね」
「うむ」
「たしかに。そう言われると、ますます楽しみになって来ました」
「ふふ、期待に応えられるといいんですけど。ニャーンさんに気に入ってもらえたら皆も喜びます。特に兄が、なあ?」
「かわいい……」
「しっかりしろ」
また見惚れている兄の頭を笑顔でひっぱたくスワレ。彼女は基本的に温厚だが双子の兄には容赦無い。
ちなみに、ここ第五大陸の総人口は三百人ほど。小さな集落が数ヵ所、大陸各地に点在するのみで誇張無く滅亡寸前である。
千年前の大災害以前は栄えていた。けれど第四大陸に巨大な怪塵の塊が落ちた後、津波が押し寄せて沿岸部は壊滅。内陸でも火山活動が一斉に活発になり、あっという間に人口が激減したのである。
さらに、それ以降も怪塵による被害が続き、運悪く戦闘に長けた能力者が長期間生まれなかったこともあって、ついにここまで衰退してしまった。
──でも、だとしてもやはり人は逞しい。ニャーンはまた一つ新しい世界に触れ、瞳を輝かせる。ある程度階段を下ったところで殺風景な景色が一変した。
「すごい……本当にすごい……キラキラしてます!」
「ふふっ、火山の地下にこんなところがあるなんて思わなかったでしょう?」
振り返って得意気に笑うスワレ。自慢したくなって当然。足下の階段も左右の壁も頭上の天井も途中から全て透明な結晶に変わった。スワレの持つランタンの光を反射して幻想的な輝きを振りまいている。
「これはドラス石という宝石で熱に強く、溶岩でも溶かせません。オレ達の先祖は、このドラス石の大鉱床を利用して村を作ったんです」
「ふわああ……すごい……」
「む、村の景色はもっと壮観ですし、きっと気に入ってもらえます」
先頭を歩きつつ、しきりに振り返るズウラ。気になってしかたないようだ。ニャーンは彼の気持ちなど知らず素直に頷き返す。
「はい、楽しみですっ」
「ぐうっ……!!」
途端、胸を掴んで歯を食いしばる彼。苦悶の表情。
「えっ、どうしたんですか? ご病気……?」
「安心せい。死ぬようなもんじゃない」
立ち止まったニャーンの背を軽く押すアイム。
同時に前に出てズウラの尻を蹴っ飛ばす。
「アホやっとらんでさっさと行け」
「すいません! でも、あまりに、かっかわ……!!」
「かわ?」
「なんでもありません!」
顔を逸らし、先を急ぐズウラ。
ニャーンは衝撃を受けた。
「わ、私、何か失礼を……?」
実は直視したくないほど嫌われている? いつものように後ろ向きな解釈をした彼女を見てアイムは嘆息。
「お主のその自信の無さも治らんな、まったく」
「え? え?」
「なるほど、そういう感じですか。兄も奥手だし苦労しそう」
スワレも軽くため息をついた。
長い階段を下り終え、小さな鉄扉が開き、ようやく「村」に辿り着いたニャーンは予想外の歓声に迎えられた。無論、彼女に向けられたものではないが。
「ズウラ! スワレ!」
「よくぞ無事に!」
「おお、やはりアイム様もおられる!!」
「ありがとうございます!」
村人達の出迎え。ずっと扉の前で二人の帰りを待っていたらしい。百人ほどが集まってこちらに駆け寄って来る。
そしてすぐ、双子の後ろのニャーンにも気が付き、眉をひそめた。
「ん? 知らん顔が……」
「えらく肌の白いお嬢さんだね」
「よその大陸の子かしら?」
「皆、ただいま! アイム様のおかげで脅威は払われた! これでまたしばらくは安泰のはず。すぐに感謝の宴の用意を!」
前に出て呼びかけるスワレ。それからすぐにニャーンを手で示し紹介する。
「それと、この方はアイム様がお連れになった新たな希望! ニャーン・アクラタカ嬢だ、くれぐれも失礼の無いように!」
おお……というどよめきが起きる。アイムに連れがいるのは初めてのこと。それだけで特別な存在だと察せられる。
「よ、よろしくお願いします!」
勢い良く頭を下げるニャーン。スワレは微笑みながら移動し、そんな彼女の為に視界を確保した。
「さあ、ご覧ください。ここが私達の村『テアドラス』です」
「はあああ……」
もはや感動のあまり言葉が出ない。第五大陸の他の集落は海辺や高地にあった。なのに、どうしてここだけ火山の下なのか、やっと理解出来た。こんな綺麗な場所ならいつまでも住んでいたい。
「明るいでしょう?」
そう言ってランタンの火を消すスワレ。なのに全く暗くならない。壁と天井が橙色の光を放っている。
「すごい……」
さっき思い描いた想像とは違うが、十二分に広大な空間。そこに無数の家が立ち並んでいて畑まである。周囲は全てドラス石の結晶。それが発光しており地の底にもかかわらず昼のように明るい。
「どうして……?」
「村の下に大きな溶岩溜まりがあるんです」
「溶岩!?」
ズウラに説明され慌てて階段まで引き返す彼女。彼も焦りながら捕捉する。
「もっとずっと下だから安心してください! ただ、溶岩ってほら光るでしょう? あの光がドラス石を通ってここまで運ばれて来るんです。熱もですね。ほどよく遠いおかげで寒くないし暑くもない。だから作物も安定して育ちます」
「だ、大丈夫なんですね?」
「絶対に大丈夫。オレ達が生きているのが証拠です」
「あ……たしかに」
再び階段を下りるニャーン。よく考えると、ここで暮らしている人達の前で怖がるのは失礼だった。恥ずかしい。
「すみません、私、また早とちりを」
「大丈夫、お気になさらず。かわ、いや、当然だと思います」
ずいっと身を乗り出し、フンスと鼻息を吹くズウラ。
スワレはやんわりたしなめた。
「兄、近い。初対面の女性にその距離は無い」
「うわ、いつの間に!? すんません!」
飛び退き、よろめいた彼は妹の肩に掴まって呻く。
「む……胸が苦しい。あの人を見ているだけで締め付けられる。スワレ、オレはもう駄目かもしれん……」
「しっかりしろ兄。私も恋愛経験なぞ無いから的確な助言はできないけど、男はどっしり構えていた方がいいぞ、多分」
「そ、そうだな。それで、求婚はいつしたらいい?」
「気が早すぎる。どこがどっしりだ、焦るな」
「うう、しかし、今にも胸が張り裂けそうで」
「たしかに美人だものな、ニャーンさん」
「名前を言うな、失神する……!」
「どんだけだよ」
スワレはちょっと引いた。割と格好良い兄だと思っていたのに、この短時間で見る影も無い。いつか誰かに恋をしたら自分もこんな風になってしまうのだろうか? なにせ双子だもの。
一方、想われ人のニャーンは改めて村を見渡し感動中。全周囲どこを見ても煌びやかな宝石。そんな不思議な空間で人々の営みがひっそり続いている。世界で最も美しい場所はどこかと問われれば、今の彼女は迷わずここを挙げるだろう。
「すごいなあ、プラスタちゃんにも見せてあげたい」
「その名前、たしか友達じゃったか?」
アイムが問いかけると、彼女は過去を振り返ながら頷いた。
「はい、修道院で同じ部屋だった子です。四歳下なんだけど賢くて勇気があって優しくて、皆に信頼されてました」
自分とは違って。言葉の裏にそんな卑屈な感情が垣間見える。
アイムもフンと鼻息を吹いた。呆れ顔で。
「今はお主もそうじゃろ。もっと多くの者達に認められてここまで来た。自信を持て」
「……はい、そうですね」
たしかに、ここに到るまで色々あった。おかげで自分も多少は成長できたはず。多くの人々に認められもした。
この村ならゆっくりできそう。長旅と怪物との遭遇、他にも様々なことで疲れを感じていた彼女は静かに息を吸い込み、吐き出して、今までの旅路を振り返り始めた。
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