空から女の子

 真っ赤な溶岩が流れ出す活火山。大地の大半は冷えて固まった黒いそれに覆われ、空も噴煙のせいで薄暗い。そんな、とても人が住めるとは思えない場所に彼等はいた。

「兄、あと少しだ! もう少しだけ耐えてくれ!」

「わかってる! 焦るな、確実に仕留めろ!」

「言われるまでも!」

 若い兄妹が小さな砦に陣取り、怪物アンティと戦っている。部分的に赤が混じる黒髪。同色の瞳にも夕日のような朱を灯す兄ズウラ。そんな兄の髪と赤黒の割合が逆転し瞳に白光を灯す妹スワレ。二人はここ第五大陸に生まれた双子で共に精霊に祝福されし者。肌の色は黒く、兄妹だけあって良く似た精悍な顔立ち。

 兄が下、妹が上に立って守る砦。それを襲っているのは小型の怪物。このあたりは人間のみならず怪塵にとっても寄り付きにくい。灼熱の熱気は大地と空気中の水分を蒸発させ混じった塵を炙り出す。さらに周辺との温度差により生み出された風がそれらを遠く押し流してくれる。だからごく稀に発生する怪物も大型化することはまず無い。

 とはいえ、やはり強敵。二人は噂に聞く第一大陸の「神の子」ほど強くない。能力そのものは強力だが、祝福を受けてからまだ四年と経験が浅いためだ。

「クソッ! 相変わらず殴っても殴っても手応えが無ぇ!」

 毒づく前衛のズウラ。怪物は不定形。様々に姿を変え、攻撃手段もまた多彩。言ってる間にも新たな手口で攻撃してきた。地中から飛び出す錐のような触手。さらに先端からも無数の針が射出される。一手一手に素早く対応しなければならない。

「スワレ!」

「んひゃ!?」

 柄杓状に変形した触手が溶岩を掬い取り、投げつけて来た。狙いは砦の上のスワレ。

「こんのっ!!」

 咄嗟に後退して砦に触れ、祝福を行使するズウラ。彼は触れた鉱物を自在に操る能力者。高々とせり上がった壁は盾となり妹の身を守った。

 だが、その隙をついて彼自身に襲いかかる怪物。真の狙いはこちらだった。

「兄!?」

「くっ──」

 せめて相打ちに持ち込む。覚悟と共に自ら前へ。全身を溶岩石の鎧で覆うと同時、怪塵の集合体に体当たり。すかさず鉄剣を振り回す。


『んにゃろうッ!』


 怪物を倒す手段は一つだけ。怪物化を保てなくなるまでバラバラにして拡散させること。もちろんこんな剣一本でどうにかなるとは思っていない。これは陽動と時間稼ぎ。

『今だスワレ、オレごとやれ!』

「馬鹿言うな!?」

『どっちみち、このままじゃ死ぬ!』

 やはり一人ではどうにもならず、彼はそのまま怪物に包まれ囚われてしまった。全方向から圧をかけられ鎧が軋む。中に怪塵が侵入しようとする気配を感じ、咄嗟に全ての口を塞いだ。しかし所詮は一時しのぎ。鎧が圧潰するか呼吸出来なくなれば死ぬ。

「ああもうっ、死んでも文句を言うなよ!」

 兄の決意を感じ取り、スワレもまた覚悟を決める。ひょっとしたら自身の手で兄を葬るかもしれない。けれど活路はそこにしかない。彼女の準備も終わっている。たしかに敵の意識がこちらに向いてない今こそが好機。


「凍りつけ!!」


 全身から白い霧が放出され、スワレの頭上に集まり大きな球体と化す。冷気を操る祝福。これで怪物を凍らせ身動きを封じてから一気に粉砕する。それが彼女と兄の戦い方。

 しかし直後、彼女が意を決して振り被った瞬間、思いがけない珍客が空から急降下して来た。


「んにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 悲鳴を上げつつ超高速で怪物に突っ込む何か。呆気に取られたスワレが固まってる間に大きな赤い翼を広げ、兄ズウラを抱えたまま飛び出し、上昇する。

 少女だ、桜色の髪と瞳を持つ少女。

 空を見上げて叫ぶ。

「殺す気ですかあ!? 鬼、悪魔、ユニティ!」

「ユニティ……って、アイム様!?」

『よそ見をするな、やれ』

「っ!!」

 指摘され振り返ると、兄を逃がした敵は波のように大きく広がり、今度はスワレに襲いかかろうとしていた。反射的に冷気の塊を叩きつける。そして息を飲む。

(しまった!)

 近すぎる。ここまで近いと自分も凍結に巻き込まれてしまう。けれど避ける余裕は無い。固く目を瞑るスワレ。


 ──数秒後、ひんやりした空気を感じつつ、体がまだ動くことに気付いておそるおそる目を開ける。


 怪物は凍り付いていた。そして、そんな敵と自分の間に壁が出来ている。赤い壁。そのおかげで凍結を免れた。

「これって……怪塵……?」

「は、はひいいい……間に合ったあ……」

 声を聴いて仰ぎ見ると、空中の少女が兄を抱えたまま、もう一方の手をこちらに向けて伸ばしていた。安堵の表情。まさか彼女が?

「いったい……」

 戸惑ったところへ影が差し、再び頭上から声がかかる。

『安心せい、そやつは敵ではない。ワシが保証する』

「アイム様!」

『うむ』


 天から舞い降り、前脚で凍った怪物を踏み砕く巨狼。

 べしべし、さらに二度三度叩いて念入りに破砕。

 おもちゃで遊ぶ犬のような姿。


「「かわいい」」

 声を揃える少女達。

 狼は機嫌を損ねた。

『黙れ小娘共。年長者を敬わんか』


 一方、兄も自分を助けてくれた少女を見上げ、呟く。


『かわいい……』

 明らかに怪塵を操っているが、そんなことはどうでもいい。彼の中の彼女はすでに女神に等しい存在へと昇華していた。

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