再会(2)

 途端、どよめきが大きくなる。

「虹の尾羽根だ!」

「黄金時計の塔を上り切って『番人』から貰ったという、あの……!」

「本当に持ってたんですか!?」

 噂には聞いていたけれど、ニャーンも見るのは初めてである。七百年ほど前、大旱魃で第三大陸が滅びかけたことがあった。その時に彼は太陽に通じる伝説の塔を見つけ出して上り、最上階にいる「番人」と会って「羽」を貰った。地上に戻った彼がそれをかざすと途端に空は曇り出し、すぐに雨が降り注いで来たという。全ての大陸の子供が一度は耳にする有名なおとぎ話。

 真偽は定かでない。けれど、あんな美しい尾羽根を持つ鳥は地上のどこにも見つかっていないし、偽物を作ろうとした輩もどうしても神秘的な光沢を再現できず失敗した。第三大陸の人々は今もアイムを熱狂的に信奉しており、彼に感謝をささげる祭りが多数あると聞く。

「やはり疑われた時はこれが一番じゃな。善行は積んどくもんよ」

「じゃあ、あの話は……」

「本当のことだぞ。太陽に繋がってるだけあって塔の中はクソ暑くてのう、最上階に辿り着く前に焼け死ぬかと思った」


 直後、ぽつぽつ雨が降り出す。ぎょっとするニャーンと民衆。


「おや? しまった、誤解させちまったか。おーい、別に今回は降らせんでええ」

 空に向かって羽を振るアイム。すると今度は雨が止む。あまりの出来事に周囲は唖然とするしかない。もしこれが偶然を利用した演技だとしても、それはそれでなんらかの神に愛されている証。


「本物だ!」

「本物のアイム・ユニティ!」

「すげえ、この街に来るなんて何十年ぶりだ!?」

「オレ、母ちゃん呼んで来る!」

「ちょっと、どいて! あたしらにも見せておくれよ!」

「アイム! アイム! アイム!」

 一目でいいから伝説の英雄を見ようと押し寄せる人々。まだ都は遠いのにとんでもない騒ぎになってしまった。騎士達はどんどん増える野次馬をかきわけ、強引に押し通ろうとする。

「お前達、道を空けろ!」

「ユニティ様は都へ行く途中なのだ!」

「失礼であろう!」

「ユニティ様、羽をしまってください!」

「おうよ」

 騎士の一人に咎められ、ニヤニヤ笑いながら羽をしまうアイム。妙だと思ったニャーンは眉をひそめる。らしくない。自分の名声をひけらかしてこんな騒ぎを起こすなんてどう考えてもおかしい。あの態度、まるで誰かを挑発しているような?


 ──直後、彼女はかつてない悪寒に震えた。


「ヒッ!?」

「な、なんだっ」

「あれを!」

 ニャーンだけではなかった。騎士や民衆も何かに反応し、直感的にその発生源へと振り返る。都と呼ばれる岩山、無数の牙が連なったような威容の中で二番目に高い牙の先端。

 そこに白い輝きが発生したかと思うと、まっすぐニャーンに向かって飛んで来た。馬の背から跳躍して割り込むアイム。

 次の瞬間、集まっていた民衆と周囲の露店が薙ぎ倒される。悲鳴が上がり、轟音が響き、衝撃が街の一角を震わせた。

 中心で二人の男がせめぎ合い、お互いを睨む。


「ユニティ……!」

「いきなり殺そうとするな」


 瞬時にここまで飛んで来たグレン・ハイエンドの手刀──ニャーンを袈裟斬りにしようとしたそれを空中に立ったアイムの足刀が受け止めている。人々は突然の出来事と英雄の蛮行。そしてそれを阻止してのけたアイム・ユニティの実力に改めて驚愕した。

「あ、あわ……あわわわ……」

 ニャーンも馬から転落し、青ざめた顔でうずくまる。今の一撃、アイムが防いでくれなければ確実に死んでいた。自分の胴体が上下に分かれて死ぬ光景を垣間見た。

 そしてまだ、あの褐色肌の男は素人目にもわかるほど強烈な殺気を叩きつけて来ている。理由など考えるまでもない。自分が呪われた娘だから。

「こ、ころさ……殺され……」

「こら、逃げるな」

 空中でくるんと宙返りして隣に着地したアイムは、這って逃げ出そうとするニャーンを無慈悲にも捕まえた。視線はグレンを見据えたまま。

「話し合いに来ただけと言っとろう。それでもやるつもりなら場所を変えるぞ。ここじゃ死人が出る」

「人類の守護者が何をしている? 何故その娘を庇う?」

「だから、それを説明する機会を求めておる。いい加減に殺気を隠せ。街の連中が怯えた目で見とるぞ」

「ここで貴様等を逃がすわけにはいかん」

「やれやれ……」

 肩をすくめて構えるアイム。両手に光を纏うグレン。両者の間で見えない何かが激突し、実際に風を起こす。英雄二人。彼等のたった一度の衝突で薙ぎ倒された人々は、さらなる激闘を予感し今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。

 でも動けない。蛇に睨まれた蛙のように竦み上がり、同時にこの戦いの決着を知りたい気持ちも膨れ上がる。英雄と英雄、ここで見逃したら二度と目にすることは叶わないかもしれない。

 そこへ──


「そこまで! 双方そこまで!」


 馬が数頭走って来た。先頭を走りつつ待ったをかけたのはドルカ。その背後で騎士達に護衛されている人物を見た人々は、またも大いに驚かされる。

「陛下!?」

「こ、国王陛下だ!」

 慌てて道の左右に分かれ平伏する彼等。割れた人波の間を通ってティツァルサウティリ王国の現国王ナラカ・イバ・サウティリが姿を現した。まだ四十代の半ばという若い王で、柔らかそうな茶色の髪。短めに切ってあるそれの間から覗く瞳は翡翠色。やや垂れ気味の眼差しと口許の笑みを見るに、この状況を楽しんでいるらしい。背は高くなく低くもなく、痩せているわけでも太ってもいない。中肉中背で凡庸な顔立ち。

「ああ、皆、楽にせよ」

 鷹揚な態度で手を振ってみせる。大人物には見えない。纏った威厳の大半は煌びやかな装身具によるもの。しかし周辺諸国からは「人食いナラカ」と呼ばれる狡猾な男だ。見た目に反し一筋縄ではいかない人物である。

 そのナラカは馬に跨ったまま、まっすぐグレンに近付いて行き、周囲の惨状を見渡して苦笑した。

「これはこれは、なんたることだ。我等が第一大陸の王、神の子グレン・ハイエンドともあろう御方が無体なことを」

「……」

「勘違いしておいでではないかな? 私は貴方に宿を貸しているだけ。ここは私の領地で、そして私の国だ。あまり勝手なことをされては困る」

「己の使命に従ったまで」

「流浪の英雄と戦うことが? それとも、そこの少女を殺めることかね? どちらにせよ、街中ですることではない。我が民に手が届く範囲での乱暴狼藉は控えて頂きたいものだな、グレン殿」

「……たしかに。申し訳ない、皆にもすまないことをした」

 息を吐き、構えを解くグレン。全身から発せられていた強烈な殺意もひとまずは収まる。確かめてからナラカはアイムの方を見た。

「お久しぶりですアイム殿。わかりますか?」

「ナラカだな? でかくなったのう」

「背は大して変わっていないでしょう。前に会った時もすでに十五で、同じくらいだったはずです」

「なら、老けたと言っておこう」

「それは言わんでくれていいのですが、とにかく申し出をお受けします。私とグレン殿と貴方、そしてそこな少女との四人での会談。場所は我が居城でいかがでしょう?」

「構わん。ついでに泊めてくれ。美味い飯と酒も頼む。特に飯は多目にな、こやつは細いくせに良く食う」

「それも言わなくていいですっ」

「はは、承知しました。では我等と共に。グレン殿も、それでよろしいな?」

「ああ」

 彼が頷いたことにより、この場はどうにか収まった。さっきの爆風による怪我人も出ていないらしい。ホッとしつつ騎士の手を借り、再び馬に跨るニャーン。

 都に向かってゆっくり進み出す一行。馬上から振り返るとグレンは被害を受けた人々に対し改めて謝罪を行っていた。


「皆、すまなかった。片付けを手伝わせてくれ」

「い、いやいや! グレン様にそんなことをしていただくわけには!」

「私のせいでこうなった。責任を取るのは当然の話。頼む」


 断られても頑固に頭を下げ続け、ついには被害者達の方が根負けして受け入れてしまう。怒る人間は一人もいない。おそらく彼が、それだけ慕われているから。

(あれが神の子……)

 よほどの人格者なのだと思う。けれど自分に向けられた殺意は今のあの姿からは想像もできない強烈さだった。噂で聞いた通りなら妻と故郷を怪物のせいで失ったからだという。なら怪塵を操る娘など憎いに決まっている。

「ええと、ニャーンさん。事情は存じませんが、どうかグレン様をお許しください。あの方は使命に忠実なだけなのです」

 手綱を引いている騎士が小声で囁いて来た。ニャーンは苦笑しながら「しかたないことなので」と答える。相手は困惑の表情。彼も呪われた力のことを知ったら、きっとこんな風に丁寧に接してはくれない。

 ニャーンは改めて、自分の選んだ道が険しいことを思い知った。

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