再会(1)

 呼びかけて来る老騎士。その目は驚きと喜びで大きく見開かれており、こちらも予想外だったアイムはハッと笑いつつ挨拶を返す。

「その声、ドルカか? 懐かしいな、よくぞ生きておった」

「おおっ、おわかりになりますか。声もかなり老けたと思うのですが」

「老いた人間がどう変化するかは知っておる。そろそろそんな風にしわがれとると思うておったわ」

「ははっ、流石でございます」

 笑いながら兜を外す騎士。ほとんどが白くなった髪にシワだらけの褐色の肌。角張った顔にがっしりした体格。齢は六十過ぎ。他の騎士達も次々に彼に倣い兜を脱ぐ。こちらは一様に若々しい。祖父と孫のような組み合わせ。

 若者達はアイムを見て囁き合う。

「あれが、流浪の英雄……」

「初めて見たな」

「本物か?」

「ドルカ様が言っているのだ、間違いない」

(ほう、信頼されとる)

 かつて彼等のように若かった騎士の成長を知り、感慨に浸るアイム。ドルカも穏やかな笑みを浮かべ一人だけ無警戒のまま近付いて来る。

「はっは、お許しください。あの者らはあなたに会ったことの無い世代ゆえ」

「構わん、慣れておる。お主も最初はあんな感じだった」

「それもそうでしたな。いやはや実に懐かしい。あの頃は私も若かった」

 そこまでは優しい顔。けれど、すぐに眼差しが鋭くなった。

「して、此度の訪問理由は?」

 ──一転、返答次第では斬りかかって来そうな気迫。やはり旧知の間柄だからといって無条件に通してくれるほど甘くはない。

 対するアイムは涼しい顔で殺気を受け流す。

「睨むな、石頭とボータリ……いや、代替わりしたんだったな。今の王はナラカか。ともかく、その二人に話があって来ただけじゃ」

「グレン殿と我が君に?」

 ドルカは眉をひそめ、質問を重ねる。

「その話、我らにお聞かせいただくことは?」

「ならん、あの二人に会って直接話す」

「私一人が聞く、というのも?」

「……まあ、それならよかろう。用件も知らずに繋ぎを取ることは難しかろうしな」

「ご配慮に感謝いたします。では……」

 さらに近付き、耳を寄せる彼。アイムは小声で何かを伝える。

 しばらくして、老兵の目は再び大きく見開かれた。

「なっ……そ、その娘が……?」

 今度はニャーンに注がれる視線。他の騎士達はまた訝しむ。どう見てもそこらの田舎娘なので戸惑うのは無理も無い。第四大陸では珍しかった桜色の髪と瞳も第一大陸ではありふれた特徴である。

「うむ、表向きはワシの弟子ということにしてくれ」

 若者達にも聞こえる声で堂々と身分詐称を頼むアイム。それでは実は違うと言っているようなもの。けれど嘘をつく意図がわからない。ますます困惑の度合を深める彼等。ただ一人、老兵だけがごくりと唾を飲んで重々しく頷く。

「承りました。私は先に戻りますゆえ、しばし市街にてお待ちを。お前達、このお二方を丁重にご案内せよ」

「はっ!」

 敬礼する騎士達。彼等に見送られ老騎士ドルカは一足先に戻って行った。騎士達は二言三言話し合った結果、二人が自分の馬を引いて近付いて来る。

「お乗りください。街までお連れいたします」

「え? でも貴方達は……?」

「我等は徒歩で同行します。ご安心を、日頃から鍛えていますので」

「お言葉に甘えりゃええ。ここまで歩いて疲れたじゃろ」

 アイムはさっさと馬の背に跨っている。普段徒歩・・でしか移動しない彼は、実は他の生物や乗り物に乗るのが好きなのだ。まったりとした速度が癖になる。


 断ったら失礼かも。それに実際疲れているし。そう思ったニャーンも結局は騎士の手を借りて馬に乗った。

 そして暗い顔になる。アイムは眉をひそめた。


「なんだ、どうした弟子よ?」

「いえ、その……私、馬に乗ったのって教会に預けられた時と誘拐されそうになった時の二回だけだなって思い出して……」

「誘拐?」

 騎士達はアイムを見た。

「たわけ、ワシのことじゃない。ワシは助けた側じゃ」

「そ、そうですか……」

 たしかに失礼だった。一応は納得して、けれども結局は真相がわからず、物騒な単語に想像を掻き立てられる若者達。とにかくこの少女は苦労してきたのだ。そう推察した彼等は道中何かと親切に接した。

「喉は乾いてませんか? さっき買ったばかりの水があります、どうぞ」

「甘い方が良かったら、街に露店があるので何か買いましょう」

「乗り心地は? なるべくゆっくり走らせておりますが、もし気分が悪くなったら言ってください」

「日差しが強いですね、私のマントをどうぞ。日よけにお使いください」

「えっと……?」

 ニャーンは戸惑いっぱなし。こんなに甲斐甲斐しくされた記憶は一度も無い。その様子を眺めるアイムは笑いを噛み殺していた。馬に乗った本当の理由はこれが見たかったからかもしれない。




 ドルカは街へ案内しろとしか言わなかった。騎士達はそれを迎えが来るまで自己判断でもてなせという意味に捉えた。アイムもその考えを支持する。

「あやつはワシの性格を知っておる。黙ってじっと待っているとは思わんじゃろ。ここへ来たのは久方ぶりだし弟子にいたっては初めてだ。少しばかり見て回るから引き続き同行せい」

「なるほど、承知いたしました」

「ではまず、どちらへ参りましょう?」

「都に向かって、この大通りをゆっくり進めばええ。どうせあそこに行くことになる」

「はい、そのように」

「わっ、広い!? 人もいっぱい!!」

 アイムの説明通り、街の南側に大きな門があった。他の者達が厳しく荷物や来訪理由をあらためられているのを横目に何の調べも無く素通りした一行は、そのまま中心の岩山に向かって進んで行く。それでニャーンは気付いた。さっきからアイム達の会話に違和感を覚えていたのだが、やっと理由に思い当たる。

「あの、もしかして都というのは、この街全体じゃなくてお山のことなんですか?」

「ご明察です。ワンガニは『牙の都』とも呼ばれていますが、地元の人間はあの山だけを『都』と呼び、麓に広がる雑然とした街を『街』と呼びます。『牙の都』は我々の祖先が岩山をくり抜いて作ったあの『都』のみを指す言葉ですからね。後から来た連中が勝手に広げていった下の『街』とは明確に区別したいのです」

「そ、うですか」


 それは差別と言うのでは? 危ういところで言葉を飲み込むニャーン。騎士達の表情に嫌悪や侮蔑の色は無い。きっと彼等は純粋に先祖の偉業を称えただけ。その誇りを安易に傷付けてしまうことも、してはいけないと思う。


「まあ、そこのお嬢様! 騎士様方に守られて、もしやどこぞの貴いお方ですか? どうでしょう、この髪飾り! きっと貴女様にお似合いです!」

「旦那、上手そうなバナックでしょう? 一房いかがです? ちょうどよく熟れたやつが今なら一房たったの八ザラ!」

 騎士達に囲まれ馬に乗って移動する子供二人。目立たないはずがない。通りの左右にはいくつもの露店が立ち並んでおり、きっと金持ちだと思われた二人は次から次に声をかけられる。

「おう、美味そうじゃな。一つくれ」

 アイムは慣れた様子で黄色い果物を買い、馬上で食べ始めた。やがてその尊大な態度と特徴的な風貌から彼の正体に気付き始める人々。


「おい、あれってアイム・ユニティじゃないか?」

「何言ってんだ子供だぞ」

「馬鹿、知らないのか? 流浪の英雄は歳をとらねえんだ。ずっと子供の姿のまま千年も旅を続けてるって聞いたぞ」

「人間が千年も生きるか」

「人間じゃねえんだよ、ユニティは」

「黒髪で青い目。それに裸足……たしかに噂に聞いた通りではある」


「……ふむ」

 囁き合う人々をつまらなそうに見下ろしていた彼だったが、何を思ったのかおもむろに腰のポーチに手を伸ばすと、そこから虹色の鳥の羽を取り出した。

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