話し合い(1)

 岩山の内部を掘って作り出された都。そこはニャーンの想像よりずっと煌びやかな場所だった。

「わあっ……」

 色とりどりの模様や絵、そして散りばめられた光。宝石を削って生じた微細な破片を壁に埋め込んであるらしい。生まれてこのかた一度も見たことがない豪華な内装。予想とは全く違う。岩山の中だと言うから、もっと岩肌が剥き出しになったような原始的な場所を想像していた。けれどここにはきちんとした壁があり床があり、高級そうな質感のドアが等間隔で並んでいる。兵士達が生活する最下層の区画でさえ彼女には立派な建物に見えたのに、流石に王族の住まう「城」は格が段違い。

 都は五階層に仕切られており、上に行くほど身分の高い者が暮らしている。ここは最も高い王族専用の区画。別名は王城。現在は国王ナラカとその妻、そして二人の子と使用人しかいないそうだ。こんなに広いのに。

「ボータリめ、意外と早死にしたのう」

「ええ、八年前に身罷りました。長く病の床に臥せっておりまして、亡くなった時は逆に安堵しましたよ。これでようやく苦しみから解放されてくれたと」

 ドルカに先導されながらアイムと会話するナラカ。話を聞いていたニャーンは聖職者の端くれとして反射的に冥福を祈る。

「前王陛下の魂に安らぎがあらんことを……」

「はは、ありがとうお嬢さん。父も喜ぶでしょう」

 振り返ったナラカは優し気に微笑む。

 なのに、何故か彼女はぞっとした。

(なんだろう……? この人、怖い気がする……)

「フン……」

 アイムもどことなく不機嫌。あまりこの王様が好きではないのかもしれない。

 ちなみにグレンはいない。そしてそのことを誰も疑問に思っていない。理由はいっそうきらびやかな部屋に通され、座るのを躊躇ってしまうほど美しいソファーに腰を下ろした直後にわかった。


「グレン殿!」

 窓を開けて名を呼ぶドルカ。同時に手鏡を使って光を反射し合図を送る。

 すると数秒後にはグレンが室内に現れた。


「えっ!?」

「驚くこたあない、奴の祝福の力じゃ。光を操り光と『同化』する。それによって長距離を一瞬で移動できる。ワシより速く動ける唯一の男よ」

「あ、貴方より速い……?」

 アイムに説明され、ようやく今見たものと、襲撃された時の出来事を理解するニャーン。大陸間を数時間で駆け抜けるアイム。そんな彼より速く動ける相手なんてたとえ飛んでも逃げ切れないだろう。再び足が震え出す。

 なのにグレンは、よりにもよって対面に座った。アイムの正面にナラカ。どうしてこの配置なのか? 鋭い眼光にまっすぐ射抜かれ冷や汗をかく。お腹も痛い。

 ナラカが苦笑した。

「お嬢さんが緊張してるね。お茶でも出そうと思っていたが、人払いのため使用人達にも席を外させてしまった。さっさと本題に入った方がいいかな?」

「そうしてくれ」

 頷くアイム。続けてグレンも「構わん」と了承し、最後に三人とドルカの視線が自分に集まったため、ニャーンも何も考えずコクコクと首を縦に振る。

「では」

 じっと彼女を見つめるナラカ。獲物を狙う蛇のような目。

「早速見せてもらいたい。本当に怪塵ユビダスを操れるのかね?」

「見せてやれ」


 ズタ袋からある物を取り出し、こちらとあちらの間のローテーブルに置くアイム。途端に彼以外全員の顔色が変わった。なんとガラス瓶に詰めた赤い塵、つまり怪塵ではないか。


「貴様、ここになんてものを……!」

「なんで持って来てるんです!? これ、ビサックさんのところで実験とか言って私に集めさせたやつじゃないですか!!」

「しかたなかろう。ここにゃ怪塵が少ないはずだからな。お主の力を示すにゃ必須だ」

 それはそうなのだけれど、よりにもよって王様の城に持ち込んでしまうなんて。相手が怒るのも当然の話。

「外でやればいいだけでしょう!」

 詰め寄るドルカ。彼にも流石に看過できない。

「ここへ連れて来たのはお主らじゃ」

「知っておれば止め申した!」

「まあ待て、ドルカ」

 仲裁したのは意外にもナラカ。彼の目は素晴らしい玩具を目にした少年のように純粋に輝いている。

「素晴らしい……おい、こんなものを見たことがあるかドルカよ? 見事に怪塵だけ集積されている。砂や土に混じったこれを選り分けることは酷く難しい。意志持つかのごとく他の物質に付着してしまうからだ。未だ確実な方法は見つかっていない。なのにこうまで完璧に……普通ではありえんぞ」

「こやつの力なら容易い」

 不敵に笑い、ニャーンの肩を叩くアイム。それでやっと彼女にも彼の意図が理解出来た。この瓶を出したのは中の怪塵を操れという意味ではない。ナラカが非常に困難だと言った所業を、この場で再現させたいのだ。

「できるか?」

「……やってみます」

 彼の問いかけに一拍置いてから頷くニャーン。瞼を閉じて意識を集中する。

(本当に少ない。風が怪塵を洗い流すから……室内も丁寧にお掃除されてる。でも……)

 周囲に存在する怪塵。その全ての位置と数を直観的に把握する。そして、瓶の中にあるそれ以外を全て一点に集合させた。そういうイメージを思い描く。


「おっ……おおっ!?」

「馬鹿な、この部屋にも……っ」

「!」


 三者三様に驚くナラカ達。その眼前で目に見えないほど微細な粒子が集まり小さな結晶を形成していく。

 やがて、この空間に元から存在していた全ての怪塵が一つの塊となり、テーブルの上へ音を立てて落ちた。

 ごくりと唾を飲むナラカとドルカ。

「本当に……」

「存在したのですな、怪塵を操る力。今日までずっと眉唾物と疑っておりましたが」

「……」

 感嘆する二人とは対照的にグレンの表情はいっそう険しくなっていく。たしかな証拠を見せてしまった以上、いつまた攻撃されてもおかしくない。ニャーンはすぐにでも飛んで逃げ出したかった。

 なのにアイムの右手が二の腕を掴む。やはり彼から逃れることも不可能。

「どうじゃ、面白かろう? この力があれば怪物や怪塵狂いを倒した後、怪塵を散らさず集められる。逃さなければ封印も可能なはずじゃ。今まで千年、様々な方法を試みて全て失敗に終わった我等の悲願。それを果たせよう」

「たしかに! これぞまさに星を救う力! 素晴らしい御力ですぞニャーン嬢!」

「え? そ、そうですか?」

 手の平を返し褒め千切ってくるドルカ。単純なニャーンはそれだけで気を許してしまいそうになる。

 ところが、アイムはドルカを押しのけた。そして正面のナラカを凝視し、この国の王の腹を探る。

「こやつの力を己が国のためだけに利用しようと考えておるなら、今すぐ諦めよ。怪塵の脅威からは救われる。それだけで我慢せい」

「はは、これは痛いところを突かれた。流石はアイム殿、そういたしましょう」

「フン、スアルマといいお主といい、玉座に座る連中なぞ狸だらけじゃ」


 ニャーンの力を他国との戦や交渉に利用させはしない。しっかり釘を刺してから今度はグレンを見据える彼。怪塵を憎む男は今も隠し切れない殺意を燃やし、少女を睨みつけている。


「力は示した。ワシが見張る。それでもまだ不服か?」

「たしかに……上手く使えば怪塵被害を減らせるだろう。根絶もできるかもしれん。その点は認める。だが貴様はその娘の危険性に触れていない。それを否定しないまま俺を説得できると思うのか?」

「思わん。別に避けていたわけでもない。物事には順序というものがある」

「順序だと?」

 眉をひそめたグレンに対し、アイムはいよいよ提案する。ワンガニまで来たのはこれが目的。

「試してみるがいい、こやつの覚悟を。お主は命を狙う。ワシは阻止する。当人は逃げるなり立ち向かうなり自由。そういうルールでどうじゃ? 変則的な三つ巴だな」

「は!? えっ、ちょっ」

 聞いてない。話し合いをするとしか聞いていない。立ち上がったニャーンは涙目で異を唱える。唱えようとする。

 けれど相手が早かった。彼女より一歩先んじた。

「いいだろう。殺してしまっても構わんのだな?」

「ここで死ぬならそれまでの話。元より星を救える器ではなかったということじゃ。ああ、好きにせい」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 勝手に話がまとまってしまった。そしてきっと逃げられない。

「おしまいです! 助けて神様!」

「むう……」

「くくくっ」

 頭を抱えて泣き叫ぶ少女。ドルカは心配し、ナラカは声を殺して笑う。そして英雄達は立ち上がり、ニャーンを挟んで睨み合った。

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