第3章 ボッチじゃなくてソロ

新たな門出なんだけど

 念願の訓練生卒業試験合格を果たして本当の意味でのジュニアハンターとなった僕は、意気揚々と第二公共職業安定所の本館へと出向いた。仕事を探すためだ。


 今時ネット経由で手続きできないのかと問われると実はできる。でも、そこは気分の問題なんだ。憧れていた受付カウンターでのやり取りをやりたかったんだよ。


 そうして意気揚々とやって来て男の職員さんに相談すると、半透明の一覧画面を目の前に表示される。


「ジュニアハンターの方はこちらの中から依頼を受けることができます。あちらで選んでいただいて、お決まりになりましたら手続きをなさってください」


「はい」


「もしわからないことはボイスチャットでご相談ください」


 予想以上にあっさりかつ丁寧に追い返されて僕は驚いた。これじゃ家からパソウェア経由で申請するのと変わらないなぁ。


 意気消沈した僕は一覧画面を表示したまま四人掛けの打ち合わせコーナーの一角に座った。そうして改めて一覧画面を眺める。


「あれ? 思ったほど依頼の数がないなぁ」


 不思議に思った僕は十件程度依頼項目を改めてよく確認した。危険でない場所の警備や魔物討伐の非戦闘支援なんかばかりだ。思っていたものとは違う。


 一覧項目に付いていたボイスチャットボタンを僕は押した。そして、表示された半透明のマイクアイコンに向かって尋ねる。


「リストに表示された依頼が十件くらいしかないんですけど、もっとないんですか?」


『依頼リストに表示されているデータは、該当する依頼受注者に最適化されたものです。この最適化は、受注者の実績と能力から安全性と成功率を考慮しております』


 つまり、この十件程度の依頼が僕に最もふさわしいと判断されたわけだ。


 首をかしげた僕にソムニが頭の中に直接話しかけてくる。


”しょっぱい仕事ばっかりね”


「実績と能力で判断してるって回答だったけど、能力って何を見たのかな?」


”今まで受けた講習とか訓練生卒業試験とかの成績で判断してるみたいね。データベースとアルゴリズムを見たらそんな感じだったわ”


 何気なく僕がつぶやくとソムニが当たり前のように返答してきた。その内容を理解して僕は目を剥く。


”データベースとアルゴリズムって、まさかシステムにハッキングしたの!?”


”大丈夫よ。ばれないようにしてるから。それに、きちんと理解するには全部見た方がいいもの”


”僕は普通に活動したいだけなのに”


”アタシだって普通に活動してるだけよ?”


 平静な態度で返答するソムニに僕はため息をついた。人間ぼく妖精ソムニの感覚が違うのは理解しているけど、違法行為を平然とされるとさすがに落ち着かない。


 ちなみに、僕は最近ソムニと頭の中だけで会話ができるように練習を始めた。慣れたら人前でも姿を消した妖精と会話ができるようになる利点は大きいからね。まだかなり意識を集中しないとできないけど、春休み中にはどうにかしたいと頑張っている。


 ともかく、選べないのは仕方ない。表示された依頼内容を一つずつ見ていく。


「どれも安いなぁ。しかも一日だけの仕事ばっかり」


”春休みの始まり前後だったらまとまった期間の仕事もあったんだけどねぇ。さすがに今の時期だと単発のヤツばっかりなのは仕方ないわ”


「でも、受けるしかないんだよね」


”そもそも対魔物用の鉈しか武器がないんじゃどうにもならないわ。実績作りっていうだけじゃなくて、武器を買う資金稼ぎもしないといけないし”


「そうだった」


 忘れていたことを思い出して僕はため息をついた。


 ジュニアハンターになると最初に装備一式をジュニアハンター連盟から支給されるけど、その中に銃器類はない。訓練生は基礎を学ぶ段階ということもあって銃器類は禁止されているんだ。


 そのため、晴れて訓練生を卒業してから銃器類を手にするわけだけど、そのための資金は自分で稼がないといけない。これは誰もが通る道だ。


 眉を寄せて一覧画面を眺めている僕にソムニが語る。


”とりあえず銃器を買うための資金稼ぎと割り切って依頼を片っ端から引き受けましょ。幸い、単発の仕事ばっかりだから予定なんて考える必要はないわ”


”春休みの間はずっとこればっかりなの?”


”そうよ。逆に考えたらいいわ。まとまった休みの間に稼げるだけ稼いでおいて、新学期が始まってから本格的な準備をするのよ。今は準備のための準備期間ね”


”先は遠いなぁ。ということは、毎日やるの?”


”もちろん! 日当一万円前後しかないしょぼい仕事ばっかりなんだから、これから十日間でやれるだけやるわよ! さっさと応募する!”


「なんか掛け持ちでアルバイトしてるみたいだ」


 最後のぼやきだけ口に出しつつも、僕はソムニに従って一覧画面から依頼をいくつか選択した。


 最初に選んだのは山の間を通る道路の補修工事の警備だった。魔物が出るかもしれない山間部で作業をする場合、ハンターかジュニアハンターを警備者として雇うよう法律で決まっているからだ。


 僕は肌寒い風を浴びながら、警備会社の人と一緒に道路に立つ。


「高校生がこんな山ん中でバイトって大変だねぇ」


「いやぁ、これも仕事ですから」


 当たり障りのない話をして時間を潰しながら僕は業務に励んだ。


 今回の仕事は拘束時間が八時間で日当が八千円だった。


 翌日は魔物討伐の支援業務だ。第二公共職業安定所が主催する魔物駆除の討伐本部で雑用を担当する。本部テントの組み立てやちょっとした連絡役、お弁当や武器弾薬の運搬なんて作業をやった。


 何事もなければ本当に単純な雑用なんだけど、トラブルが発生すると一気に面倒なことになる。特に多いのは誰の銃弾が魔物を倒したのかということで揉めると聞いた。


 幸い僕の参加したところではなかったけど、大物を討伐するときによく起きるらしい。嫌だなぁ。


「この九ミリ弾と手榴弾のケース、田中のチームに届けてくれ」


「わかりました」


 今も僕は本部詰めの職員から雑用を頼まれた。パソウェアの地図機能に表示されているリアルタイム座標を確認すると結構遠い。強化外骨格があっても面倒な距離だ。


 内心でため息をつきつつも僕は指定された物を持って走り出す。


 今回の仕事は拘束時間が十時間で日当が一万二千円だった。これじゃ普通にアルバイトするのと変わらない。


 こんな風に僕は春休みの間中選んだ仕事をこなしていった。もちろんすべての日に仕事を入れられたわけじゃないけど、体を休める日は必要なのでちょうど良い。


 結局、残りの春休みで僕は総額九万円を稼いだ。生まれて初めて自分で働いて稼いだお金だけあって、半透明な画面に表示されたジュニアハンター用の口座を見てにんまりする。


「えへへ」


「だらしない顔ねぇ」


「いいじゃないか。僕が自分で稼いだお金を見てるんだし」


「どうせすぐに全部使い切るんだし、思い入れが強いと落ち込んじゃうわよ」


 自宅の自室でベッドに寝そべっていた僕は、驚いて振り向いた。足を組んで漂う半透明な妖精が肩をすくめるのが目に入る。


「武器を買うための資金稼ぎって最初に説明したじゃない。貯めるために働いたわけじゃないでしょ」


「それは、そうだけど」


「情けない顔をしないの。これから実績を積み上げるってことは、もっとお金を稼ぐって意味でもあるんだから、今から必要なことには気前よく使う癖を付けときゃなきゃ」


「う、うん」


 ソムニの言葉は正論だと僕も頭では理解できた。けど、やっぱり自分で稼いだお金には愛着を持ってしまう。


 わかっていてもなかなか納得できない僕はベッドの上を転がった。

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