新しいクラス
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。それが例え春休みというまとまった休みの期間であってもだ。
春休みが終わった翌日、僕は始業式に出席するため朝に自宅を出た。今日は半日しか学校はないけれど、これからは平日に毎日登校しないといけないと思うと憂鬱だなぁ。
晴れ渡る青空の下、僕は気落ちしたまま通学路を歩く。今日から学年は変わるけど、学校までの道のりは変わらない。
そんな僕は同じ制服を着ている他の生徒に交じって正門を通り過ぎた。そこではたと気付く。
「そうだ、まだクラスを確認してないや」
はるか昔は登校当日に掲示板へ張り出されたクラス割りを見て自分のクラスを知ったそうだけど、もちろん今は違った。どの席に座るかまでもあらかじめ通知されている。
僕は脇に逸れて立ち止まり、パソウェアのメッセージ一覧画面を立ち上げた。春休み後半はジュニアハンターの活動が忙しかったので学校からの連絡は見ていなかったな。
目当ての情報はすぐに見つかった。クラス割り一覧のお知らせというそのまんまのメッセージを開く。
「クラスは、ここか。席は、あ、窓際だ」
クラス内の交流をほとんどしない僕にとって端の席というのは嬉しかった。前後左右に人がいるより片側だけでも人がいないというのは精神的に楽になる。
ついでに僕は気になることを確認するために座席表を一通り確認した。すると、あの三人がいないことがわかる。
「よし!」
思わず僕は笑みを浮かべた。何かと絡んでくるあの三人がクラスにいないっていうのは本当に安心できる。思わず信じてもいない神様に感謝したくらいだ。
心だけじゃなくて体も楽になった気がした僕は今日学校に来て良かったと思った。
とても晴れやかな気分になった僕は上機嫌にメッセージ画面を閉じようとする。
「ん、あれ?
妙に引っかかる名前を見つけた僕は画面を閉じずにその名前をしばらく見続けた。しばらく悩んだ後、それが
「そっか、大海さんと同じクラスなんだ」
”どうして普段呼んでる名字と違うのよ?”
気になったらしいソムニが僕の頭の中に問いかけてきた。そこで何も説明していないことに気付く。
”大海さんって、本名が呑海真鈴なんだけど、呑海って鈍い響きを嫌ってジュニアハンターでは大海って名乗ってるらしいんだ”
”へぇ、そんなことできるんだー。あれ登録って割と厳しくなかった?”
”別名っていう欄、ニックネームを書くところに大海真鈴って書いたそうだよ”
”あれってニックネームだったの”
意外そうにソムニは僕の話を聞いていた。
ちなみに、僕は本名だけで別名は使っていない。少し憧れるところはあるけど、実際には使う気になれなかったんだよね。
大きな懸念事項がなくなったところで僕は再び歩き始めた。運動場に面した三階建て校舎の二階の一室だ。
教室には既に十人くらいの生徒がいた。クラスの定員は二十人なので半分くらいになる。
指定された座席を見つけると僕は座った。座って左側に運動場の見える窓がある。まだ肌寒さの残る時期なので日差しがじんわりと暖かい。
改めて良い席だなと思って喜んでいると、クラスの中は次第に賑やかとなっていく。定員に近づいている証拠だ。知り合い同士が集まって色々と話をしている。
始業式が終わった後は何をしようかと僕が考えていると、クラスのざわめきの質がが一瞬変わったかのように思えた。不思議に思って教室内に目を向ける。
「ああ、なるほど」
原因が何かすぐにわかった。大海さんが教室に入ってきたんだ。さっきみんなが一斉にそちらへと目を向けたことを想像して納得する。
快活で活動的な性格に似合ったセミロングの茶髪を揺らして人当たりの良い笑顔を浮かべる美少女は自分の席に座った。すると、すぐに数人の男女に囲まれる。やっぱり人気者は違うなぁ。
妙な感心をしつつ僕はまた自分の世界に戻った。同じクラスになったからといって話すような間柄になるとは思えないしね。
「
目をつむってしばらく後、突然挨拶をされて驚いた。僕の知り合いなんていないはずなのに誰だと思って声のした方へと顔を向ける。そして、声の主を知って二度驚いた。しかもわざわざ僕の隣にやって来てる!?
「お、大海さん?」
何が起きたのかわからずに僕は目を見開いて大海さんを見上げた。人なつっこい笑顔を向けられて落ち着きをなくす。
「この前遺跡から脱出したお話を聞かせてくれてありがとう。春休みに
「え? あ、ああ。そうなんだ」
動揺から立ち直れないままの僕はろくに返答もできなかった。けど、話しかけてきた理由がわかったのはありがたい。なるほど、そう言えば終業式の後に話したっけな。
「次に会ったらお礼を言おうかなって思ってたんだけど、さっきジュニアハンターの話になったときにそれを思い出してね」
「なるほど」
僕は気の利いた返答ができないでいた。というのも、みんながこっちをチラチラ見ているのがわかるから。人に注目された状態で会話をすることに慣れていないんだ。
そんな僕の様子に気付くことなく大海さんは話を進める。
「ともかく、お礼が言えて良かった! それにしても、大心地くんがいて良かったよ。一年のときの知り合いはみんな別クラスになっちゃってて、どうしようかと不安だったの」
「え? 大海さんもクラスに前の友達がいなかったの?」
「大心地くんもなの? へぇ、奇遇だね!」
意外な話を聞いて僕は純粋に驚いた。大海さんくらいになるとクラス外にもたくさん友達がいるように思っていたが、意外にもそんなことはないらしい。
「あれ? でも、さっき誰かと話してたよね?」
「今朝初めて会った人達だよ。春休みのことを聞かれてたの。大心地くんはどうしてたのかな?」
まさか自分のことを尋ねられるとは思っていなかった僕は露骨に動揺してしまった。ニュースになるくらいの人に教えられることなんてやっていない。
でも、さすがに何も答えないわけにはいかなかった。大海さんには悪意なんてなさそうなんだし、ここは本当のことを伝えておこう。できるだけ簡単に。
「えっとね。訓練生卒業試験に合格して、活動を本格的に始めたところなんだ」
「おめでとう! そっか、いよいよなんだね。懐かしいなぁ。わたしも銃を買うまでは警備の依頼とかしてたっけ」
「大海さんもやってたんだ」
「もちろん! わたしだって最初は同じだったよ。初めて自分のお金で銃を買ったときは嬉しかったなぁ。これでやっとまともに活動できるって」
「僕も早くそうなりたいなぁ」
「あはは! 大丈夫だって。大心地くんなら、って予鈴か。それじゃ、またね!」
意外に話が続いていたが五分前のチャイムで話は終わった。小さく手を振ってくれた大海さんが自席に戻っていく。
その姿を見送った僕は席に座り直すと大きく息を吐いた。注目されながら話をするっていうのはものすごく疲れる。
脱力していた僕は、以前に大海さんが簡単に人に話しかけられないと言っていたことを思い出した。確かにこれだけ注目されるとなると、話しかけられる方は神経をすり減らしてしまうなぁ。
それでも、同じクラスにいるんだから挨拶くらいは問題ないと思う。現に他の人は入れ替わり立ち替わり話しているわけだし。
そうは思いつつも、やっぱり人前で大海さんに話しかけるのは気が引けるなと思う僕であった。
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