乗り越えた後
ついには荒神さんが討伐本部を通して知り合いのハンターに頼んで
「魔物が多いと危険度が上がるし、少ないと試験が進まねぇんだよなぁ。この試験の厄介なところだ」
「あらかじめ捕獲しておくのは駄目なんですか?」
「管理がめんどくせぇんだ。連中は人間の言うことなんざ聞かねぇからな」
二匹一度に
試験が終わった僕達は討伐本部に向かう。荒神さんはそのまま本部テントに入り、僕は外で待った。
山や林は日が暮れるのが早い。午後四時頃だと影が差す部分はかなり暗くなってきている。討伐に参加していたハンターの人達も集まり始めていた。
試験前のことを覚えている僕は気になって周囲を見て回る。幸い、住崎くんと中尾くんの姿は見えない。思わず大きな息を吐き出して体の力を抜いた。
そうして安心して僕がぼんやりと待っていると、荒神さんはすぐに本部テントから姿を見せる。
「挨拶は終わった。第二職安に戻るぞ」
「はい」
声をかけられた僕は荒神さんに続いて歩き出した。
空はまだあまり朱く染まっていないけどかなり暗くなってきてい旧駐車場に着くと、僕達は乗ってきた自動車に乗り込む。
助手席に座った僕は全身が疲労に襲われた。思っていた以上に疲れていたらしい。
そんな僕を見てヘルメットを脱いだ荒神さんが笑顔を浮かべる。
「後は本館の受付で手続きを済ませたら、晴れて訓練生から卒業だ。明日からはジュニアハンターとして仕事が受けられる」
「ありがとうございます」
「俺は何もしてねぇよ。試験監督は仕事だしな」
「でも、刀を一緒に探してくれたじゃないですか」
本気で忘れていたらしい荒神さんは僕に指摘されて少し驚いた顔をしていた。そして苦笑いする。
「あー、そういやそんなこともあったな。けど、あれはそんな大したことじゃない。それより、一回目の試験が嘘のように動けてたじゃねぇか」
「ですよね。僕も驚いてます」
「普段通りに体が動かせていればあんなもんだ。いつもそういうわけにはいかないのが難しいところだけどな」
それは僕も実感していた。気の持ちようや体の調子によって結果は大きく変わる。訓練でいつも最高の状態で臨むようにと指導されていたけど、その理由がよくわかった。
三十分ほどで僕達の乗った自動車は第二公共職業安定所に到着する。駐車場に自動車が停車すると二人とも降りて本館へと向かった。
本館内は白を基調とした落ち着いた雰囲気だ。若干堅苦しさがあるのはお役所だからなんだろうね。
エントランスホールを突っ切ってずらりと並んでいる受付カウンターに僕達は向かう。荒神さんは開いている椅子のないカウンターの職員さんに声をかけた。黒縁眼鏡をかけた男の人だ。
「ハンターの荒神だ。ジュニアハンターの訓練生卒業試験の試験監督が終わったから報告と手続きをしたい」
「承知しました」
慣れた様子でどちらも手続きを進めていく間、僕はそれを見ていた。全身の疲労感が強いため他人事のように思える。
「
「はい!」
ぼんやりとしていたせいで荒神さんに呼ばれたときに僕はびくりと震えてしまった。職員さんも笑ってる。恥ずかしい。
職員さんの指示に従って半透明の画面に現れたボタンを押すと、僕のパソウェアと第二公共職業安定所のシステムがつながる。そして、データのやり取りが一瞬だけあった。
完了の小画面が表示されると手続きが終わる。
「これで手続きは完了しました。訓練生の卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
返礼をすると僕と荒神さんは受付カウンターから離れた。
すぐに僕は
それを見て僕は思わずにんまりとしてしまう。やった、やっと訓練生を卒業できた!
喜ぶ僕を見ていた荒神さんが微笑みながら声をかけてくる。
「良かったな! これで正真正銘のジュニアハンターだ」
「ありがとうございます! 嬉しいなぁ」
「そこまで喜ぶ奴は初めて見たな。ともかく、これで試験は終わりだ。じゃぁな!」
「はい、お疲れさまです!」
ヘルメットを持った手を持ち上げて挨拶をした荒神さんは本館を出て行った。
僕は
更衣室は広くたくさんの人が利用できるようになっているけど、今は人がまばらにしかいない。その一角で僕は山や林の中を歩き回って汚れた装備一式を脱いで大袋に入れた。
そうしてジュニアハンターの制服姿になると大袋を近くにあった
後部座席に大袋を放り込むと僕も中に入り、やっと出発できる。疲れてはいるけど、試験前と違って実に晴れやかな気分だ!
自動車が動き出すとソムニが姿を現す。
「優太、おめでとう! これでやっと自由ね!」
「そうだね。ともかく試験に合格できて安心したよ。ジュニアハンターを続けられるしね」
「自分のやりたいことができるのは嬉しいわよね! ところで、これからどうするの?」
「これから? 家に帰って着替えて、そうだなぁ、先にお風呂に入ろうかな」
「違うそうじゃない! 今後の予定はどうするのって聞いてるの! ジュニアハンターとして!」
何を尋ねられているのかようやく理解できた僕はしばらく考え込んだ。そういえば、訓練生卒業試験に合格することばかりで、それ以降のことは何も考えていなかったなぁ。
「一年は色々と考えていた気がするんだけど、全部忘れちゃったなぁ」
「何よそれ。だったら今は何かしたいことはないの?」
「うーん、急に何かって言われても」
いきなり自由になったせいで、逆に何をしたら良いのかわからなくなった状態なんだよね。問い詰められてもこれというのが出てこない。
仕方なしに僕は思いつくまま答える。
「そうだなぁ。これからはジュニアハンターとして活動できるんだから、まずは楽しんでいきたいな。そうやって続けていけば、実績も少しずつ積み上がるだろうし」
「なによその良い子の優等生な返答は。もっとこう野望はないの!?」
「野望って。あんまり変なことやって目立ったら、ソムニだって困るじゃない」
「うっ、それは、そうだけど。もっとこうアグレッシブに生きてもいいと思うのよ」
「なんでそう攻めさせようとするのさ」
隠れたいけど目立つ行動もしたいなんて随分矛盾していると僕は呆れた。その僕の目の前でソムニは身もだえる。どうやら色々と葛藤しているらしい。
静かになっていいやとシートに身を沈めて外の景色を眺める。既に辺りはかなり暗い。
そう言えばと僕は思い出した。家に帰ったら父さんと母さんに報告しないといけない。今までのやり取りから、たぶん喜んではくれないと思う。
でも、約束は守れた。僕は訓練生卒業試験に合格したんだ。これでジュニアハンターを続けることを認めてもらえるだろう。
などと考えていると、自動車は自宅へと到着した。同時にソムニの姿が消える。
とりあえず明日のことは明日考えることとして、僕は自動車から出ると自分の荷物を持って家に入った。
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