最初の壁
落ち込んでいた気持ちがある程度上向きになった僕は、いよいよ訓練生卒業試験に臨むことになった。なんだか落ち着かなくなってくる。
荒神さんを先頭に今は使われなくなった林道を歩いて坂を上り、途中から山の谷間に入ってしばらくすると景色が林に変化した。
今回は試験なのでパソウェアの戦闘支援機能は切ったままだ。消し忘れて試験失格なんて馬鹿らしいので最初から起動していない。
「話によるとこの辺りらしいが、どっか行ったか? 魔物を感知できる魔法があったら便利なんだけどな」
ぼやきながら荒神さんが林の中を歩いていた。ある程度討伐が進んでいるせいで、本部と連絡を取りながら試験対象を探してくれているんだ。
そんなとき、姿を消しているソムニが僕の頭の中に直接話しかけてくる。
”右手のあの大きな木の百メートル向こうに二匹いるわよ。あれがいいんじゃない?”
突然の提案に僕は驚いた。小声で返事をするため、少し歩く速度を緩めて荒神さんから離れる。
「どうしてそんなことがわかるの?」
”どうしてって、そこにいるからじゃない。その存在が感じ取れる範囲にあるものがわかるのは当然でしょ?”
「荒神さんがさっき言ってた感知の魔法を使ったの?」
”何も使ってないわよ。アタシは人間じゃないから感覚が全然違うのよ”
「電子の妖精って言ってたから、てっきりAIとかサーバー上で生きてる生物だと思ってたんだけどな」
”別の世界にいた精霊でもあるって最初に説明したじゃない。そっちの感覚ね”
なんとなくだけどやっと納得できた僕はうなずいた。でも今度はそれをどうやって荒神さんに伝えるのかという問題を解決しないといけない。
しばらく考えた末に僕は荒神さんに近づく。
「荒神さん、この近くにいるんでしたら、手分けして探しませんか? その方が早いと思います。僕が見つけたらその場で待機して連絡しますから」
「普通ならそうするんだが、できるのか?」
立ち止まって振り向いた荒神さんは難しい顔をしていた。さっきまで落ち込んでいた半人前の僕相手だから不安なんだと思う。でも今はソムニが一緒だからその心配はない。
「はい。探すだけならできます」
「わかった。やってみよう。俺はあっちを探す。
幸い
「こっちの方で良いんだよね?」
「そーそー。まだ動いてないからすぐに見つかるわよ」
「歩く音で気付かれないかな?」
「どうかしらね。そうだ。アタシが様子を見てこようか?」
「荒神さんに報告することを考えると、最後は僕が直接目で確認できるところまで進みたいんだけど、できるかな?」
「隠れて発見できる経路も探せってことね。いいわ、やってみる」
腕を組んで考えるそぶりを見せたソムニはすぐにうなずいた。そして、すぐに林の向こうへと消える。
これで本当の意味で一人になったわけだけど、僕自身は何もすることがないことに気付いた。手持ち無沙汰なのがやけに落ち着かない。
でもすぐにソムニから連絡があった。しかも意外な方法だったので僕は驚く。
”優太、見つけたわよ。ちゃんと二匹いるわ。それと、静かに近づける経路もね”
「え? これどうやって話しかけてるの?」
”直接頭の中によ。ほら、アンタの中に起点を作ったでしょ。あの絆を通してよ”
「こんなこともできるんだ。姿を消していたときもこれと同じ方法なの?」
”そそ。便利でしょー”
「一回戻って来てそこに案内してよ」
”いいわよー!”
元気よく返事をしたソムニはすぐに戻って来た。僕の目の前で止まる。
「それじゃついて来て。下草や小石であんまり音を立てないようにね」
「わかった」
背を向けたソムニの後を僕は追い始めた。足下を見ながら歩いては半透明な妖精の背中を確認するので意外に忙しい。
強化外骨格を装備しているので移動することに苦労はないけど、音を立てないように歩くのは筋力の強さとは関係ないのでひたすら神経を使う。たまにソムニが止まって僕に振り向いてくれるけど、僕からは言葉を返す余裕がない。
そうしてしばらく慎重に歩くとソムニが戻って来て顔を近づけてきた。気付いた僕が目を向けると小声で話しかけてくる。
「このすぐ向こうにいるわ。あの木に潜んで向こうを見て」
言われた通りに僕は近くの木に近づいて身を潜めた。それから頭だけを出して向こう側を見る。すると、確かに小さい姿の
魔物の姿を目視すると、僕はパソウェアの通話機能を使って荒神さんに連絡する。
「荒神さん、二匹見つけました。僕のいる場所から距離は約三十メートルです」
「そっちか。
「わかりました」
パソウェアの地図機能を起動させると僕は自分の位置を確認した。次いで荒神さんにその座標を送る。通常ならリアルタイムで同期させるものだけど、今回は試験で機能全部を切っていたからこんな面倒なことをしないといけない。
しばらくすると荒神さんがやって来た。僕と違って身のこなしは素早くてほとんど物音がしない。そして、いつの間にかソムニの姿は消えていた。
僕が感心していると隣にやって来た荒神さんが話しかけてくる。
「どこにいるんだ?」
「向こうです」
「確かに二匹だな。ちょうどいい。俺が右、お前が左のを仕留める。鉈を抜け。合図をしたらお前から行くんだ」
いよいよ試験本番とあって僕は緊張した。言われた通りに対魔物用大型鉈を抜いて右手に持つ。生身だと重いけど強化外骨格を装備しているとほとんど重さを感じない。
しばらく待った後、荒神さんの小さく鋭い声が耳に入る。
「行け!」
一週間前とは違い、今度はうまくスタートダッシュができた。強化外骨格が僕の筋力を何倍にもして地面に伝える。
三十メートルの距離はあっという間だった。
短く鋭い
どす黒い血と臓物を撒き散らしながら二つに分かれた
肩で息をする僕は不思議そうにつぶやく。
「あれ、終わり?」
「よ、やったな!」
かけられた声の方へと向くと荒神さんが笑顔を向けてくれていた。
つい一分前まではあれだけ不安になっていたのに、終わってみれば実にあっけなくて驚く。こんなに簡単なことだとは思ってもみなかった。
対魔物用大型鉈を鞘に収めた荒神さんが近づいてくる。
「きれいに切れてるじゃねぇか。訓練通りできて結構なことだな」
「あ、はい。自分でも信じられないです。なんで前の試験でできなかったのか不思議で」
「ははは! できちまえばそんなもんだ。後は慣れだな」
「そうですね」
「さて、とりあえず一匹目は倒せた。次は二匹同時だ。まぁこいつら程度なら奇襲で一匹倒してもう一匹を相手にすることも難しくはない。だろ?」
「今と同じようにやって、次にもう一匹ですね」
「その通り。それじゃ二匹連れを探してサクッと倒すか」
「はい!」
嘘みたいにうまくいった最初の試験結果に僕は気を良くした。これなら次もやれそうだと自信を持てる。
上機嫌な荒神さんが歩き出すと、にこやかな僕もそれに続いた。
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