いまだに訓練生であるということ

 住崎くんと中尾くんは僕の知らない人、恐らく引率のハンターの人に連れられてまっすぐ本部テントへと向かって来る。


 僕を見つけて最初は驚いた二人だったけど、すぐに住崎くんは馬鹿にした表情を浮かべた。隣の中尾くんは興味をなくしたみたいで僕から視線を外す。


 三人は本部テントの手前で立ち止まると、引率の人が振り返った。そして、ジュニアハンターの二人に手短に指示をする。


「俺は中で報告してくる。二人は三十分休憩だ。集合場所はここ。遅れるなよ」


「はい!」


「了解」


 返事を聞いた男の人はうなずくとすぐにテントの中へと入っていった。それを見届けると、住崎くんと中尾くんがこちらへと顔を向けてくる。


 どちらも装備自体は僕とほとんど変わらない。強化外骨格、タクティカルヘルメット、ボディアーマー、大小の対魔物用鉈を装備している。違う点は更に大型拳銃を持っていることかな。訓練生だと銃器類はまだ持てないんだ。


 中尾くんは僕を無視してどこかへ行こうとしたけれど、住崎くんは近寄ってくる。


「お前、こんなところで何やってんだよ?」


「何って、これから試験を受けるんだ」


「試験? 何の試験だよ?」


 嫌らしい笑いを浮かべた顔を近づけてきた住崎くんが尋ねてきた。顔をこわばらせて一歩下がった僕を見ながら更に言葉を続ける。


「もしかして訓練生卒業試験か? 嘘だろおい。この時期になってまだ合格してないのかよ。もうすぐ一年になるんだぜ? どんだけのんきなんだよ、お前は」


「べ、別に住崎くんには関係ないじゃないか」


「それが関係あるんだよ」


 てっきり無関係だと思っていた僕は意外な返答に目を見開いた。


 その反応を見た住崎くんは大きなため息をつくと諭すように話す。


「他のやつらによく聞かれるんだよ。いつになったらお前が訓練生を卒業するのかって。同じ時期に入って、同じ高校に通ってるってだけでな!」


「そ、そんなこと言われても」


「うるせぇよ! いちいちお前のことを聞かれんのがウゼェんだ!」


 あまりに理不尽な言い分に僕はまともに言い返せなかった。一番悪いのは住崎くんにそんなことを聞いてくる人達だけど、その怒りを僕にぶつけられても何もできない。


 僕がまごついていると中尾くんが住崎くんの肩に手をかける。


「住崎、こんなやつに言ったってしょうがないだろう。休憩時間がもったいないぞ」


「そうは言ってもよぉ。こいつの顔を見てたらムカツクんだよ! オレとお前なんてクラスまで一緒だから散々聞かれたじゃねぇか」


「鬱陶しかったのは確かだ。けど、それももう終わるはず」


「ああ? なんでだよ?」


「春休みが終わったら俺達は二年生だ。そうしたらクラス替えになる」


「あー、確かに」


 中尾くんの話を聞いていた住崎くんが毒気を抜かれたような顔でうなずいた。


 次いで中尾くんは僕に顔を向ける。


「この流れだと嫌みとして受け取られてしまうから先に断っておくが、今から言うことは純粋な善意だ」


「う、うん」


「もし次も訓練生卒業試験を落ちるようならジュニアハンターを辞めた方がいい。少し調べてみたら、一年経っても合格できないやつは、高二になる頃にみんな辞めている」


「え?」


「恐らく何らかの理由で駄目だったんだろうな。試験というくらいだからふるい落としの機能はあるんだろうし、合格できないやつが出てくるのはおかしいことじゃない」


 無表情に話す中尾くんを見る僕は震え始めていた。住崎くんのときは違って冷静に指摘してくる中尾くんに反論できない。


「それと、春休みに合格した人達のその後を先輩に聞いてみたが良くなかった。結果を出せず高三になるまでに辞めているらしい。もっとも、これは人から聞いた話だけだから正確性に乏しいが」


「なんだよ、どっちにしてもダメなんじゃねぇか」


「結果的にはそうなるな。ともかく、これがお前のことを散々聞かれて調べた結果だ。面白くはないだろうが、参考になればいい」


「うわー、冷静にボコボコにしてやんの。オレよりひどいぞ、中尾」


 面白そうに感想を言う住崎くんには目もくれず、中尾くんは僕を見つめた。けどそれも長くなく、すぐに住崎くんへと顔を向ける。


「言うべきことは言った。あとは大心地おごろち次第だ」


「お、おう」


「もう行こう。これだけもかなり休憩時間を無駄にしている」


「わーったよ」


 納得したらしい住崎くんがうなずいた。でも、踵を返す中尾くんにすぐには続かず、僕に向かって言葉を投げつけてくる。


「お前なんてさっさと辞めちまえ!」


 そう言葉を吐き捨てると立ち去った。


 二人の姿が見えなくなった後も僕はその場に立ち尽くす。


 何も考えられない頭に唯一思い浮かんだのは、父さんと母さんの二人と交わした約束だ。そして、中尾くんの助言が両親の主張とぼんやりでも重なることが僕を更に落ち込ませる。


 そんな僕の背後に近づく足音があった。振り向くと微妙な顔をした荒神さんが立っている。


「あんま仲良さそうじゃなかったな」


「見てたんですか」


「途中からな。声がでかかった方がしゃべってたときは止めようかと思ったんだけどよ、もう片方があんまり冷静に言うもんだから出そびれちまったんだ」


「はは、恥ずかしいですね」


 情けないところ見られた僕は自嘲した。何も言い返せなかったところを見られてたんだ。穴があったら入りたいっていうのは今の僕の心境にぴったりだよ。


「荒神さん、中尾くん、縁なし眼鏡をかけていた方の言っていたことって本当ですか?」


「試験を合格できない奴が春に辞めていくってのは本当らしい。合格した奴が高三までに辞めるってのは知らん」


「そうですか」


 どうやら中尾くんの話は本当のことのようだ。これじゃ訓練生卒業試験に合格しても先は暗い。僕は一体今まで何のために頑張ってきたんだろう。


 すっかりしょげかえって下を向く僕に対して荒神さんが声をかけてくれる。


「大心地、あの二人が言っていたこと、そんなに気になるか?」


「それは」


「まぁ気にするなっつっても無理だわな。ただ、相手の言い分が理解できても納得できないっていうときは、無理に受け入れる必要はないぞ」


「はい」


「さっき言われたことだったら、まずはこれからの試験に合格することだな。それから、ジュニアハンターとして結果を出すこと」


「でも、僕にできるかどうか」


「何も大手柄を立てるこたぁないだろう。さっきの話だと、小さいことを積み重ねて高三まで続けてりゃ、あいつらの言い分をひっくり返せるだろ?」


 そこまで聞いた僕は顔を上げた。正面にはやや不敵に笑う荒神さんがいる。


「お前が最初の奴になれ。春に訓練生卒業試験に合格し、結果を出して高三まで続けたジュニアハンターにな」


「僕が最初」


「そうだ。前人未踏なんだから、前例がないのは当然だろう。しかも、二番目の奴が出てくるまでは唯一って言われるんだぜ? カッコイイじゃねぇか」


 今まで思ってもみなかった考えだった。でも、言われてみればその通りだ。別に偉業を成し遂げる必要なんてないんだ。そう思うといくらか気分が楽になる。


「それにダメ元なんだったら、やれるだけやったらいいじゃねぇか。成功したら儲けもんだろう?」


「そう、ですね」


「だったら、まずは目の前の試験からだな!」


「はい」


 まだ完全に立ち直ったわけじゃないけど、荒神さんのおかげでかなり気が楽になった。そうだ、まずは目の前の障害を乗り越えよう。


 僕はようやく荒神さんをまっすぐ見ることができるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る