やり直しの再試験

 人生で一番疲れ果てた夕飯を終えた僕は入浴を済ませると自室に戻った。まさかあんな約束をさせられるとは思っていなかったから今は頭の中が真っ白だ。


 何もする気が起きなかった僕はベッドに倒れ込む。すると、半透明な妖精が頭の上に現れた。少し呆れた様子で僕の顔をのぞき込んでくる。


「なんでそんなに辛気臭い顔をしてるのよ?」


「無理矢理人生の岐路に立たされたんだからこうもなるよ」


「大げさねぇ。サクッと合格したら終わりじゃない」


「ソムニには簡単そうに見えることでも、実際にやる僕には難しいことなんだ」


「あーもー、すっかりいじけちゃって。アタシがいたら小鬼ゴブリン一匹なんて息をするのと同じくらい当たり前に倒せるのに」


「だから体を動かすのは僕なんだってば」


「最悪アタシがアンタの体を動かせばどうにかなるわよ」


「そんな操り人形みたいなことはやめてよ!」


 さらっと恐ろしい提案とされた僕は思わず起き上がった。楽しそうなソムニは目の前でゆらゆらと漂う。


「もし不合格なんてことになったら、このアタシの体を好きにしていいわよ!」


「実体のない映像からだなんて触りようがないじゃないか! しかも、そんなちっちゃい人形みたいな体なんて!」


「言ってくれるじゃない。何だったら、アンタの脳みそから直接好みを分析わりだして触覚神経に伝えることだってできるんだから! そうなるとすごいわよ。理想の体を触りまくることになるから病み付きになること間違いなし! もうアタシの体なしで生きていけなくなるわ!」


「絶対にやったら駄目だからね!?」


 挑戦的な笑みを浮かべて宣言してくる半透明の妖精に僕は叫び返した。


 落ち着いて落ち込むこともできないことを悟ると、僕はパソウェアでネット巡りを始める。もちろん真っ先にジュニアハンター関連を半透明の画面に表示させた。


 しばらくそれを眺めていた僕だったけど、ふと大海おおうみさんはどうしているのか気になる。あの人のことだからきっとすごいことをしているんだろうなぁ。


 名前で検索をかけると長大なコンテンツ一覧が表示された。とりあえず本人のSNSアカウントを選ぶ。


魔窟探索ダンジョンアタックか。さすがだなぁ」


「なになに? 真鈴まりんの情報? ベテランハンターと一緒に潜るんだ。でも他のジュニアハンターだって同じことしてるわよね? なんで真鈴だけニュースになってるの?」


「普通のジュニアハンターが潜る魔窟ダンジョンって、そんなに危険じゃないところなんだ。でも大海さんは普通よりずっと危険な所に潜るから」


 世界中に発生する魔窟ダンジョンには様々なものがあって難易度の差も大きい。だから、僕達のようなジュニアハンターが潜れるのは難易度の低い魔窟ダンジョンに限られる。


 でも、優秀なごく一部のジュニアハンターは大海さんのようにベテランハンターの随伴という形でより危険な魔窟ダンジョンに潜れるんだ。


 同じニュースを見ていたソムニが顔を向けてくる。


「あれ? あんまり反応しないわね。ため息くらいつくと思ってたのに」


「僕と大海さんとじゃ全然違うから、羨ましいとも思えないんだ。完全に別世界だから」


「覇気がないわねぇ。もっとこう、ちくしょう俺だって!とか悔しがらないと」


「もっと身近な目標じゃないと想像もできないよ」


「毎年夏になんかやってるみたいだからそれに参加するぞー、とかの方が奮い立つの?」


「そんなビッグイベントは無理だって。待って画面を顔に近づけないで」


「あーもー。お? なんか通知が来たわよ」


 目の前に突きつけられたイベント告知の画面を押しのけて、僕はソムニに促されてメッセージ画面を立ち上げた。差出人はジュニアハンター連盟支部からだ。


 そのタイトルを見て僕は驚く。


「あ、再試験の通知だ! 四日後か」


「二十五日? 意外と遅いわね。明日でもいいのに」


「良くないよ。僕にも準備ってものがあるんだから」


「えーもー、ちゃっちゃと済ましちゃおーよー」


 目の前の空中でごろごろと転がり始めたソムニを無視して僕はメッセージを読んだ。


 試験官は前と同じ荒神さん、試験は昼からで内容は前と同じだと書いてある。試験場所は崩落事故のあった場所の近くだそうだけど、これにはちょっと眉をひそめた。


 断る理由のない僕はすぐに了承の返答を送り返す。これで再試験は確定だ。不安は大きいけどやるしかなかった。


-----


 四日後、僕は第二公共職業安定所の本館のエントランスホールにいた。


 僕は薄いカーキ色の制服に茶色のブーツというジュニアハンター姿だ。更に、防御力はないけど使用者の筋力を何倍にも高めてくれる強化外骨格を取り付けて、タクティカルヘルメットとボディアーマーを装備し、大小の対魔物用鉈を腰にいている。


 周囲には似たような姿の人も数多い。特に似たような装備だと見分けにくいこともある。そういうときのために肩やヘルメットに判別できる文字や絵を描くことが一般的なんだ。


 正面玄関近くで待っていると、僕とは違う強化外骨格を身に付けた男の人が近づいて来た。ヘルメットを持った右手を僕に向かって挙げてくる。


「よぉ、ちゃんと来てるな」


「こんにちは、荒神さん。今日はよろしくお願いします」


「ああ。さっさと終わらせて帰ろうぜ」


「そうですね。でも、やっぱり緊張します」


「これでもう三回目だろう。いい加減慣れててもおかしくないんだがなぁ」


 苦笑いする荒神さんに僕はこわばった笑みを返した。気楽にと言われても、後がない僕は簡単にリラックスできない。


 そんな僕の事情を知らない荒神さんは小さくため息をつく。


「まぁいい。これから訓練生卒業試験を始めるが、さすがに三回目だから細かい説明はいいよな? 説明が必要なのは試験する場所くらいか」


「一週間前と同じ場所なんですよね」


「そうだ。いい思い出がないから面白くはねぇだろうが、前の崩落事故で魔物討伐が中途半端なままだから、こっちとしても都合がいいんだ」


「魔物は出るけど危険性は低いから、ですか?」


「その通り。そういうこともあって、今現在討伐してる連中に便乗することになってる。他のジュニアハンターも参加してるそうだ」


 話を聞いた僕は一瞬嫌な顔をした。特に今年に入ってからは訓練生が僕だけということもあって見下されることが多いんだ。


 事情を知っている荒神さんも眉を寄せる。


大心地おごろちにとっちゃ居心地が悪いだろうが今回は我慢してくれ。なに、これに合格しちまえばいいんだ」


「はい」


 励ましてくれる荒神さんに僕はうなずいた。


 説明が終わると僕は荒神さんが第二公共職業安定所から借りた四人乗りの自動車に乗り込む。


 向かった先はかつてキャンプ場として利用されていた場所だ。既にバスや自動車が駐まっている旧駐車場に僕達の自動車が停車すると外に出た。


 背伸びをしてから荒神さんが僕に顔を向ける。


「それじゃ討伐本部へいくぞ。挨拶が終わったら試験だ」


「はい」


 いよいよ近づいて来た試験ほんばんに僕は緊張した。これに落ちると僕はジュニアハンターを辞めなきゃいけない。


 本部のあるテントはそれほど大きくなかった。これは後で聞いた話だけど、魔物討伐とはいっても数は多くないので、ジュニアハンターに経験を積ませるのが主な目的だったらしい。


 ともかく、僕は荒神さんがテントから出てくるまで外で待つことになった。どんな試験でもそうだけど、直前の空白の時間って妙に緊張するから嫌なんだよね。


 そんなことを考えながらぼんやりと周囲を見ていると、山の手側から知らない一人に先導されて見知った二人が近づいてくるのを見つけて驚いた。住崎くんと中尾くんだ。


 僕の鼓動は悪い意味で速くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る