迫られた約束
訓練生卒業試験を受けられないという問題が解決できた僕は上機嫌で帰宅した。昼からはパソウェアを通してネット上の友人との会話をしたりゲームをしたりして楽しむ。
夕飯の時間になった。僕の家族ではご飯を食べる時間は大体一緒なんだけど、揃って食べ始めるということはない。僕も父さんも母さんも自分の都合で食べ始める。
この日は父さんが最初に食べ始め、次いで僕が食卓の席に着いた。おかずは、お店で売っているとんかつ、キャベツの千切り、母さんが作ったポテトサラダ、そして味噌汁だ。
とんかつ、キャベツ、ポテトサラダにソースをかけた僕は、とんかつをかじるとキャベツを口に入れる。ん~、ソースをかけすぎたらしく少し辛い。
口を動かしながら微妙に眉を寄せていると、おかずにマヨネーズをたっぷりとかけた父さんが話しかけてくる。
「優太、春休みはどう過ごすんだ?」
「どうって、まだ何も考えてないよ」
「そうか。休みだから遊ぶなとは言わないが、計画に勉強する時間も入れておくんだぞ」
どうしていつも人の気分に水を差すようなことばかり言うのかなぁ。毎回顔を合わせる度に勉強しろと言われたらいい加減嫌になってくる。
「わかってるって。僕だってこれ以上成績を下げたくないから、ちゃんと勉強もするよ」
「私は勉強中心にしてほしいわ」
自分の席に着いた母さんが横から口を挟んできた。
その言葉を聞いた僕は目を見開いて母さんを見る。さすがにそれはない。そんなことをしたら春休みの意義が大きく揺らいじゃう。
「確か、道具をなくしてジュニアハンターの活動はしばらくできないんでしょう? だったらその分勉強できるじゃない」
「その問題はもう解決したよ。道具はもらったから活動はできるようになったんだ」
「もらったって、誰に? その道具って結構な値段がするんでしょう?」
「最初は僕の小遣いの範囲で買える物を探したんだけど、お店の人に事情を話したら中古品を譲ってもらえたんだ」
今度は父さんと母さんが目を見開く番だった。そして、お互いに顔を向け合う。
その間に僕はポテトサラダをひとつまみ食べると、味噌汁を啜った。今日の味付けは少し薄い。
多少戸惑った様子で父さんが尋ねてくる。
「中古品だってそんなに安くないだろうに、店の人に悪いんじゃないか?」
「お金を払うって僕は言ったけど、いらないって言ってくれたんだ。だから大丈夫だと思う。本当に迷惑だったら追い出されてるよ」
「それはそうなんだろうけど」
困惑した表情のままの父さんが何かを言おうとしてそのまま口を閉じた。さすがに僕が駄々をこねたわけじゃないってことを理解してくれたんだと思う。
次いで、横目で不満そうに父さんを見た母さんが僕に話しかけてくる。
「道具をもらったっていうことは、ジュニアハンターの活動をまた始める気なの?」
「うん。ただ、次の訓練生卒業試験がいつあるかわからないから、それまでは何もできないけど」
「だったら、それまでは勉強できるわけね」
思わぬ切り返しに僕は体を硬直させた。話の持っていき方がずるいんじゃないかな。
僕が黙っていると母さんが少し眉を寄せてたたみかけてくる。
「できるのよね?」
「わかった、やるよ。せっかくの休みなのに」
「何を言ってるの。赤点取った人は補習があるのと同じように、成績の悪い子がたくさん勉強するのは当たり前でしょう?」
「僕赤点は一つも取ってないもん」
「でも成績は良くないじゃない」
「母さんはどこまで成績を上げたら満足するのさ?」
「ちゃんとした大学に行けるとこくらいね」
「ちゃんとしてない大学に失礼じゃないか、その言い方」
不機嫌になった僕はため息をついて言葉を切った。とんかつを箸で掴むと少し乱暴にかじり取る。ソースが染み込んだ衣が少しべちゃっとしてた。
それからしばらくは三人とも静かに夕飯を食べる。明るい話題があれば良いんだけど、ぱっと思いつくものがない。
そろそろ食べ終わろうとする頃になって、父さんが再び僕に尋ねてくる。
「さっき優太が言ってた訓練生卒業試験だったか? それはいつあるんだ?」
「まだわからない。たぶん連盟支部から連絡があると思うんだけど」
質問されて僕に気になっていたことを思い出した。崩落事故後、試験日を再通知するという話を聞いたきり連絡がないままなんだ。
少し気落ちした僕に対して父さんが質問を続ける。
「その試験には合格できるのかい?」
「え? そりゃもちろんできるよ」
「でも、去年一度受けて落ちたんだろう?」
「それは、たまたまうまくいかなかっただけで」
「近く受けるはずの試験の内容も前と同じなんだよね。だったら、合格するために何か対策はしてるのかな?」
目を丸くして僕は父さんを見た。まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったから。
表情を硬くした僕はとりあえず返事をする。
「してるよ。あれから必要な講習は全部受けてるんだからね」
「講習を受けていたのは去年も同じだろう? だったら、それだけだと足りないんじゃないかな?」
「そうだとしたら、どんなことをすればいいの?」
「僕はハンターだから具体的な対策を提案はできない。ただ、試験に不合格になったときと同じことをしているだけじゃ、また同じ結果になるんじゃないかと思うんだ」
「え~、そんな言い方ずるいよ」
自分で考えろと言われて僕は頬を膨らませた。言うのは楽だけど、どんな対策をすれば良いのか考えるのは大変なのに。
すると、今度は母さんが話しかけてくる。
「優太。その訓練生卒業試験っていつまで受け続けるつもりなの?」
「いつまでって、そりゃ合格するまでだけど」
「ずっと受け続けられるものなの?」
「はっきりとは知らないけど、受験の期限はなかったはず」
「その試験って何度も不合格になるほど難しいものなの?」
最後の質問にはとっさに答えられなかった。他のみんなは早ければ三ヵ月、遅くても半年で大抵は一発合格しているからだ。
僕の反応を見た母さんは次いで言ってほしくないことを口にする。
「もしかして、優太にジュニアハンターは向いていないんじゃない? それとも友達でまだ合格できていない子がいるの?」
どう言い返して良いのかわからなかった僕は何も言えなかった。一番気にしていたことを言われて悔しい。
黙った僕に対して母さんは更に提案してくる。
「今度のその試験に不合格だったら、ジュニアハンターを辞めたらどうなの?」
「母さん、そんなこと言わないでよ!」
「でも、春休みが終わるとあなたも二年生になるでしょ。新しい一年生が入ってくると思うけど、一緒に講習を受ける気なの?」
意識して考えないようにしていたことを指摘されて僕は凍り付いた。そうなんだ、この春休みに合格しないと一年の訓練生と一緒なんだ。そもそも高二の訓練生なんて聞いたことない!
話を聞いていた父さんもうなずく。
「確かに母さんの言う通りだな。勉強のことを脇に置いても、さすがに試験に二度も落ちるようじゃなぁ」
「うう」
「優太、こうしないか? 次の試験まで勉強はとりあえず棚上げして、訓練生卒業試験に合格するよう努力すること。そして、合格したら勉強と活動を両立する計画を立てる。不合格だったらジュニアハンターは辞める。いつまでも中途半端なのは良くないしな」
一番僕が望んでいないことだけど、ある意味最も妥当な提案を父さんはしてきた。隣で話を聞いていた母さんもうなずいている。
いつの間にか逃げ場のなくなっていた僕はうなずくしかなかった。
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