妖精さん、すねる

 その存在は知っていた嘘告白をされて僕は落ち込んじゃったけど、ソムニが無理矢理下に向いた顔を上げてくれた。


 心配してくれる人がいるのは嬉しい。特にこういったことは他の人になかなか話せないから、ソムニのような存在が最初から近くにいると心強い。


 問題は割と強引なところかな。強くなって結果を出すということには賛成できても、それをジュニアハンターでやれというのは無茶だと思う。


 すっかり長居してしまった体育館裏で僕は時刻を確認した。もうお昼も近い。


 鼻息の荒い妖精を落ち着かせて姿を消してもらうと、僕は体育館裏を後にした。裏門の横手に出て左に向くと、はるか向こうに開きっぱなしの正門が見える。


 右側の運動場に沿って歩くと、左側の建物は体育館だったのが次いで教室のある校舎に変わった。放課後になってしばらく経っているから僕のような生徒はほとんどいない。


「あ、大心地おごろちくん!」


 校舎の真ん中を過ぎた辺りまで進んだときに背後から声をかけられた。身近じゃないけど知っている声に振り向いて僕は固まる。


 近づいて来たのはあの大海さんだった。同じ高校にいるけど今まで接点なんてなかったから、声をかけられた理由がわからない。


 反応できない僕の前に大海さんが立つとセミロングの茶髪が最後にひと揺れした。豊満な体つきが眩しい。


「初めまして、だったよね。わたしは大海真鈴おおうみまりん! 同じ一年生だよ」


「あ、し、知ってます。僕は大心地優太です」


 緊張のあまりどもってしまった。恥ずかしくて下を向きそうになる。


 そんな僕に対して大海さんは快活な笑顔を向けてきた。ああ、太陽のようなという表現はこういうときに使うんだろうなぁ。


「いきなり話しかけてごめんね。周りにあんまり人がいないときでないと、知り合いじゃない人に気軽に話しかけられないのよね」


「大変ですね」


「そうなのよ! 強くなって有名になったら好きなことができるんじゃないかって思ってたら、全然そんなことなかったのよねぇ」


「いつも周りにいる人達はどうしたんですか?」


「先生に用事があったから先に帰ってもらったの。付き人や護衛じゃないんだし、ずっといてもらう必要なんてないから」


 初めて面と向かって世間話を始めたと思ったら、大海さんの愚痴を聞くことになってしまった。


 僕の様子に気付いた大海さんが苦笑いしながら謝ってくる。


「ごめん! 初対面でいきなり話す内容じゃないわよね! いやなんか、大心地くん相手だと妙に話しやすく感じちゃうの、どうしてかな?」


「そんなこと言われても」


 僕は首を横に振った。陰キャ陽キャという区別が昔あったそうだけど、これが陽キャの振る舞いかと陰キャの僕はわずかに顔を引きつらせる。


 そういえば、まだ本題を聞いていない。


「それで、大海さん。僕に何か話があるんですか?」


「そうだった! 聞きたいことがあったのよ! 大心地くんって、一昨日遺跡に落ちたんだよね? それについてちょっと聞きたいなぁって思ったの」


「あー」


「あたしまだ単独ソロで遺跡に入ったことないから、どんな風に脱出したのか知りたくて」


 僕の所属するジュニアハンター連盟支部の関係者ならば、僕が崩落事故に遭ったことは知っていてもおかしくはない。既に僕の名前をぼかした形で速報は発表されているからね。


 何を求められているのかを知った僕は、ある意味理解できて安心し、ある意味納得して落胆した。求められているのは僕自身じゃないことくらい最初からわかっている。


「いいよ。最初から順番に話すね」


「ありがとう! あ、支部から口止めされているところは話さなくてもいいからね。機密事項の取り扱いはわたしも知ってるから」


 目を輝かせる大海さんに僕はうなずいた。小さく息を吐いてから改めて口を開く。


 話は、あの遺跡で目覚めたところから脱出したところまでをかいつまんで説明した。例のロボットに追われたこと、遺跡の奥に追い詰められたこと、エラーでセキュリティーがバグっていたこと、そのおかげでロボットを倒せたことなんかだ。


 もちろん話していないこともある。ソムニについてはもちろん、自分の情けないところもぼんやりとした表現にしておいた。


 聞き終えた大海さんが喜んでくれる。


「ありがとう! とっても面白かったよ! やっぱり余裕がなくなると、いつもできていることもできなくなるものなんだね。わたしも気を付けないと」


「大海さんが慌てるところって想像できないな」


「そんなことないよ。わたしも色々やらかしちゃってるしね。全部内緒にしてるけど」


「恥ずかしいもんね」


「そうそう!」


 ようやく話すことにも少し慣れてきたところで、大海さんを呼ぶ声が耳に入った。そちらに顔を向けると三人の男女が立っている。みんな僕の知らない生徒だ。


 少し遠くにいる三人を見た大海さんは笑顔で手を振ると再び僕に顔を向けてくる。


「友達に呼ばれたからもう行くね! 同じジュニアハンターとして、これからもお互い頑張ろう!」


「う、うん」


「それじゃ!」


 別れの挨拶を告げると大海さんは三人の友達の方へと小走りに向かった。合流するとそのまま正門から学校を出て行く。


 その姿を追いかけながら僕は大海さんの言葉を思い出していた。同じジュニアハンターとして頑張ろう、か。そうだよね、せっかくやってるんだから、頑張らないと。


 大海さんが去った後も立ったまま正門を眺めていると、ソムニが話しかけてくる。


”へぇ、アタシがあれだけ発破かけてもなかなかやる気にならなかったのに、あの子が一声かけたらすぐやる気になるんだー”


「え?」


 頭の中にソムニの不機嫌な声が響いた。周りを見てもその姿は見えないから、とりあえず隠れてくれてはいるようだ。


 ソムニの機嫌が悪くなった理由がわからない僕は尋ねてみる。


「ねぇ、なんでそんなに機嫌が悪いの?」


”さーねー。まぁいいわ。容赦なく鍛えてあげるから”


「良くないよ!?」


 思わず大きな声を出してから、僕は周囲を見た。幸い昼近い学校に人はほとんどいない。自分一人でいきなり声を出すなんて変な人に思われてしまう。


”何にせよ、優太もやる気になってくれたのは嬉しいなー”


「あの、お手柔らかにお願いします」


”ふん”


 小声で僕が頼むとソムニはそれきり黙った。何がいけなかったんだろう。


 僕は悩みながら自分の家に向かって歩いた。


-----


 僕はそれを認識したとき、すぐに夢だということに気付いた。今までに何度も見てきたから。


「助けて」


 いつものように彼女は僕に訴えかけ続けた。体を動かせないまま僕はその声を聞き続ける。


 何とかしてあげたいとは思うけど、何をすれば良いのかわからない。


 だからこそ、いつもこの夢を見ると胸が苦しくなる。何もできない申し訳なさと自分の無力さを思い知って。


「助けて」


 でも、再び崩落事故に巻き込まれてから少し変化があった。


 ぼんやりとしていた輪郭が前よりもはっきりとしたんだ。


 腰まで伸びた黒髪に少しおっとりとした顔つき、白い肌のほっそりとした体つきを白い折り襟パフスリーブシャツと黒のキャミワンピースで包み込んでいる。


 まるで本当に存在しているみたいだ。仮想世界のアバターのようにも思える。


「助けて」


 あのきれいな声もはっきりと聞こえるようになった。なぜだかわからない。


 彼女だけでなく周囲の風景もぼんやりとしてきた。同時に上へと引き上げられる感覚が徐々に強くなっていく。この感覚は夢から覚めるものだ。


 近頃見る夢はいつもと違うことが多い。どうしてなんだろう。


 夢が覚めるまで僕はずっと考えていた。

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