偽りの場
終業式は何事もなく終わった。別にこれと言ったこともなく、体育館に一年生と二年生が集まって話を聞いてお終い。
教室に戻ると、担任の先生が
ちなみに、大昔のパソコンやスマートフォンなんかの機器を統合して小型高性能化したものを
ともかく、ぼんやりと先生の話を聞いていると、メッセージ受信のアイコンが視界の端に表示された。暇だったので半透明の小画面に表示してみる。
「え?」
最初に驚いたのは差出人名だった。飯村さんからだ。今までメッセージを送ってきたことなんてないのに、どうして?
件名に大切なお話がありますとあって、内容は放課後に体育館裏で待ってますだった。
普段の言動を思い返すと正直行きたくないけど、本当に大切な話だったら失礼になる。気は進まないけど僕は体育館裏に行くことにした。
終業式後の諸注意なんかが終わると、いよいよ春休みの始まりだ。みんな喜び勇んで教室から出て行く。
教室にほとんど人がいなくなると僕は席を立った。体育館はすぐ近くなので裏手にはすぐたどり着く。
「あれ、まだ来てない?」
先に教室を出た飯村さんがいないことに僕は首をかしげた。体育館と学校の敷地を囲む壁の間は広くないから見落とすこともないはずなのに。
すると、背後から足音が聞こえた。振り向くといつも通りの飯村さんが近づいてくる。
「飯村さん?」
「いやぁゴメンね、急に呼び出したりしてさ」
「あ、うん。別にいいけど」
随分と気さくに話しかけてくれた飯村さんに僕は少し緊張しながら返事をした。いつも表裏なく接してくれていたら警戒しなくても済むのに。
「それで、大切なお話って何かな?」
「あーそれねぇ。実はさ、あたし、あんたのことが好きだから、付き合わないかなーって」
「え?」
あまりにもいつも通りに言われたから、僕はしばらく飯村さんが何を言っているのか理解できなかった。
頭が真っ白になって呆けた顔をさらす僕はどうにか口を動かす。
「な、なんで?」
「前からちょっといいなって気になってたんだよねー」
苦笑いをしながら飯村さんは理由を教えてくれた。
とても信じられないと思った僕は同時にそうなんだとも思い始める。それじゃ今までの意地悪はなんだったのかとも言いたくなるけど、もしかしたら照れ隠しだったとか?
どう返答しようかと僕は迷った。好きと言われるのは嬉しいけど、今まで警戒していた相手なだけに決心がつかない。
そうやって悩んでいると、突然目の前の飯村さんが吹き出す。
「ぷっ、あははは! マジもうムリ!
校舎裏に無邪気な声が響いた。
薄茶色で毛先が波打つボブカットの髪の毛を震わせている飯村さんはお腹を抱えている。紺色のリボンタイと薄い紺色生地のチェックのスカートもあちこちに揺れていた。
何が起こったのかわからずに僕は呆然と飯村さんを眺めている。一体何がそんなにおかしいんだろう?
しばらくすると、飯村さんの奥、体育館の顔から住崎くんと中尾くんがやって来た。住崎くんは笑顔で、中尾くんは呆れた顔をしている。
最初に飯村さんへ声をかけたのは住崎くんだ。
「真央、お前何やってんだよ~! なんで告白の途中で爆笑してんだ!」
「いやだってムリっしょ! あんな顔、間近で見せられたら耐えられないじゃん! これでも相当我慢したんだよ!?」
「マジかよ!」
二人は楽しそうに話していた。どうして住崎くんと中尾くんがいるのかわからない。僕は一体何をされたんだろう?
今も笑っている住崎くんが中尾くんへと顔を向ける。
「見てると意外におもしれーな、これ! 真央が笑ってあいつの表情が変わった瞬間、俺も爆笑したし!」
「そうか? あんな奴騙しても面白くないだろう」
「何言ってんだよ、中尾。てめーだって笑ってたの見てたぞ」
「あれは呆れてたんだ」
ようやく頭が動き出してくれた。ああそうか、僕は騙されたんだ。
拳に力を入れて飯村さんを見る。
「どうして、こんなことをするの?」
「あんたににコクったらどんな反応するのか見るためよ」
「ひどいじゃないか」
「ひどい? でも、騙さないとマジな反応見れないじゃん」
「待てよ、真央。もしかしてこいつ、マジでお前にホレたんじゃねぇの?」
「マジ!? うわ、キモッ!」
住崎くんの言葉を聞いた飯村さんが一歩下がった。僕を見る目は汚いものを見ているかのようだ。僕は何も言ってないのに。
そんな二人に対して中尾くんが声をかける。
「もう行こう。こんなところでこんな奴を相手にしててもしょうがない」
「相変わらず冷めてんなぁ。それともクールでも気取ってんのか?」
「俺だって楽しむときは楽しんでるよ。住崎、お前がはしゃぎすぎなだけだ」
「ちぇ、いっつもそれだ。まぁいいや。真央、行こうぜ」
もう興味をなくしたのか、笑いを収めた住崎くんが声をかける飯村さんがうなずいた。踵を返した三人が楽しそうに話をしながら校舎の角へと消えていく。
その声も聞こえなくなると校舎裏は普段通りに戻った。一人になった僕が唇を噛み、拳に力を入れたまま肩を震わせる。腹が立つしとても悲しい。
しばらくすると、隣にソムニが現れる。
「何あれサイテー」
いつもの明るく軽い調子とは正反対の、暗く怒りのこもった声に僕は驚いた。顔を向けると三人が立ち去った向こうに鋭い視線を向けている。
半透明な妖精の様子を見て、泣きそうだった僕の心は少し落ち着いた。少なくとも一人、ソムニを一人と数えていいのかわからないけど、ともかく一人は僕のために怒ってくれる人がいる。それはとても嬉しい。
ぼんやりとそんなことを思っていると、突然ソムニがこちらに向いて小さい指を突きつけてきた。僕はその勢いに押されて少しのけぞる。
「優太、あんなヤツら、見返してやるわよ!」
「え、見返す?」
いきなりの宣言に僕はほとんど反応できなかった。そもそもなんでこれだけやる気になっているのかがわからない。
そんな僕を無視してソムニは言葉を続ける。
「ああいう連中はね、強いヤツにはなーんにも言えないのよ。だから、優太がうんと強くなったらこんなくだらないことなんてしてこなくなるわ!」
「それはそうなんだろうけど、どう強くなるの?」
「一番わかりやすいのは肉体的に強くなることね。殴られるかもって思うヤツには誰だって何もしてこないし」
「暴力的だなぁ」
「他だと、文句を言えないような実績を示すことね! スポーツの大会で入賞するとか」
「スポーツをしてる時点で絡まれないような気もするけど」
「とにかく、あんな連中に馬鹿にされないようにしなきゃ! でも優太は運がいいわ。そのどちらの条件も満たせるんだから」
「どういうこと?」
「ジュニアハンターとして強くなって結果を出せばいいのよ!」
「そ、そんないきなりできることじゃ」
「ふふん! アタシがいるから大丈夫よ! 結果なんていくらでも出させてあげるわ!」
更に指を前へと突きつけてきたソムニ気圧されて僕は一歩下がった。
もはや落ち込んでいる暇さえない。なんで僕以上にやる気になってるんだよう。
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