日常へ
崩落事故に巻き込まれて遺跡から脱出した後、僕は翌日の日曜日も含めて検査や事情聴取にかかりきりだった。何しろ一時は行方不明だったし、遺跡の奥を見たのは僕だけだったから。
けど、それも一段落ついた。しかも今日は高一最後の登校日、終業式だ。昼からは完全に自由の身だから嬉しくて仕方がない!
気持ちの良い朝日を受けながら学校の制服に着替えていると半透明な妖精が姿を現す。
「優太、おはようー! いい天気ねー!」
「おはよう、ソムニ。昨日も言ったけど、人のいるところで姿を見せたら駄目だよ?」
「わかってるって! アタシだって目立ちたくないんだし、昼間はあんたの中に隠れてるわよー」
あまりにも軽い言動に僕は不審の目を向けた。どうも不安なんだよね。
遺跡から脱出した後、正確には自宅に戻ってから僕達はお互いを知るために話をした。けど、色々と信じられない内容だったので今でも僕は疑っているところがある。
ソムニによると、元々は別の世界にいた精霊という存在だったらしく、ある日突然こちらの世界に引っ張られてきたそうだ。そして、何かをくっつけられて色々させられた後に、あの容器へ詰め込まれたらしい。
しかも、肝心のどこの世界にいて、どやって引っ張られて、何をくっつけられたのかは覚えていないと聞いて僕は驚いた。
あっけらかんとしたソムニ曰く、
「だって、もうこうなっちゃったんだし、しょーがないじゃない」
痛々しい話も台無しだ。強いのかそれとも脳天気なのかわからないけど、元々前向きなんだと思う。
こんないい加減なソムニだけど、コンピューターやネットワークについては恐ろしく強い。息をするようにハッキングし、見るだけでクラッキングできると本人は豪語している。
確かにその片鱗はあの遺跡から脱出するときに見た。けど、さすがに言い過ぎだと思っている。例え本当だとしてもやってもらうわけにはいかないけど。
でも、そんな妖精も今しばらくは隠れていたいらしい。というのも、悪い組織に捕まっていたから、ほとぼりが冷めるのを待ちたいからだそうだ。
「今あの連中がどうなってるのかわかんないけど、また追いかけられるのは面倒じゃない。アンタにあんまり迷惑かけたくないし」
しおらしいことを言っているように聞こえるけど、理由はそれだけじゃないことを僕は知っていた。
実はこのソムニ、放っておくと元の世界に戻ってしまうらしいのだ。別に悪い話ではないように僕は思ったんだけども、事はそう簡単ではないらしい。ただ、その理由もはっきりと覚えていないのだから呆れるほかなかった。抜けすぎだろう、きみ。
ということで、ソムニがこの世界に留まるために僕が船に対する碇のような役目を担うことになった。何をどうやったのかわからないけど、今はこの世界に留まれるようになったと聞いている。
わからないことだらけで怪しいけど、今わかっていることはこんなところだ。
雑談をしながら制服を着替え終えると、半透明の画面が僕の正面に現れる。
「優太、早く朝ご飯を食べに来なさい」
母さんが用件を伝えるとすぐに画面は消えた。
僕が自室を出ると同時にソムニの姿が消える。そのまま一階に降り、玄関から延びる廊下を奥に向かって台所へ入った。
手前の食卓には父さんが座って半透明の画面を広げて新聞を読んでいる。その奥で母さんが洗い物をしていた。
僕の席の前には昨日の唐揚げの残りと卵焼きが置いてある。自分でご飯をよそっている間に母さんが味噌汁を用意してくれた。
席に座って朝ご飯を食べ始めると、父さんがちょっと難しい顔をしながら話しかけてくる。
「一昨日のごたごたがあったから話しそびれていたけど、期末試験の結果を見たぞ」
「うっ」
動かしていた箸を僕は一瞬止めた。
電子化が当たり前になった現代では、各科目の成績だけじゃなくて試験の点数もオンラインで閲覧できる。つまり、親に試験結果も成績も筒抜けなんだ。
うろたえた僕に父さんが更に話す。
「大体は平均点くらいだけど、中には赤点ぎりぎりの科目もあるじゃないか。もっと勉強したらどうなんだ」
「はぁい」
正論だけに僕は何も言い返せなかった。
すっかり居心地が悪くなった僕は朝ご飯に集中しよう箸を動かしたけど、今度は父さんの隣に座った母さんが言葉をかけてくる。
「成績もそうなんだけど、私はジュニアハンターの方が心配よ」
「母さん、それはもう昨日話したことじゃないか」
嫌そうな顔を僕は母さんに向けた。崩落事故当日の夜から日曜日まで顔を合わす度に言われて当面はそのままという結論になったことを、母さんは今も蒸し返そうとしている。
心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにこう何度も言われるときつい。
かつて大厄災と呼ばれる天変地異が起きて以後、地球にはファンタジー世界に出てくるような魔物が溢れるようになった。この魔物を銃器や魔法を使って討伐するのが
けど、魔物は人間の女子供に容赦してくれない。そこで、十八歳以下の未成年者有志を集めて訓練する団体が設立された。それがジュニアハンター連盟であり、所属する僕達のことは
僕は高校生になってからこの連盟に参加し、訓練を重ねてきた。この臆病な性格を直すためにも今辞めるわけにはいかないんだ。
そうやって僕が少し強気に出ると、今度は父さんが警告してくる。
「それだってあんまり成績が悪いと考えないといけない。学生の本分は学業なんだからな」
「確かにそうだけど、ハンターになる道もあるんだし」
「ハンターは仕事としては不安定じゃないか。一握りの才能がある人ならともかく、大半は生活が苦しいと聞くぞ」
「あなた、そんなにひどいの?」
「できる人とできない人の落差が大きいのは確かだよ。それに、悪口を言うわけじゃないけど、あれは誰でもなれるだろう。それこそ定年退職したお年寄りだって生活費を稼ぐためにやってる」
それについては僕も知っていた。お年寄りのハンターに会ったこともある。
まいったな、母さんのせいで話が変な方向に行っちゃった。
父さんと母さんが話をしている間に僕は朝ご飯をかき込んだ。はやくこの場を離れないと。
「ごちそうさま。学校に行ってくる」
二人の返事を待たないまま僕は席を立った。そして、自室に戻って制服の上着を羽織って家を出る。せっかく春休み直前の楽しい気分が台無しだよ。
学校までは歩いて約十五分と近い。徐々に同じ制服の生徒が通学路に増えてきた。正門近くになると生徒ばかりになる。
そんな中、一際目立つ女子が正門を通り過ぎようとしていた。
「おはよう!」
周りからの挨拶に大海さんはセミロングの茶髪を揺らしながら元気よく答えていた。その豊満な体つきがたまらないという人も多い。
もちろん僕はそんな大海さんの視界に入らないようにしながら正門を通り過ぎた。別世界の住人だから挨拶なんて思いもよらない。
そのまま校舎に入ると教室へと向かう。今日は授業がないので気が楽だな。
でも、ちょっと気になることがある。いつものように自席に座ってホームルームを待っていると、住崎くんと飯村さんと中尾くんがときおりこちらに目を向けてくるんだ。普通は関わることはないんだけど、たまに嫌がらせを受けるんだよね。
何もないと良いんだけど。
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