第2章 ジュニアハンター訓練生卒業試験

狂った春休みの予定

 夜、夕飯と入浴を済ませた僕は自室に戻ってだらけていた。何しろ今日から春休みなんだから明日の朝早起きする必要がない。これで緩むなというのは無理な話だよね!


 パソウェアから半透明の画面を表示する。新聞を読まない僕はネットニュースを斜め読みすると、お気に入りのウェブサイト、ブログ、SNSを巡回していった。


 もちろん覗きに行くのはハンター関連ばかりだ。ベテランハンターの活動報告、新米ハンターの噂話、そしてジュニアハンター同士の交流はいつまで見ていても飽きない。


「優太、単に見てるだけでそんなに楽しいものなの?」


 ベッドで寝転がりながらいくつもの半透明の画面を表示させていた僕の隣で、不思議そうな顔をしたソムニが浮いていた。半透明で背中に蝶々のような四枚の羽が生えた身長二十センチ程度の自称電子の妖精だ。


 画面の向こうに漂う妖精に僕は気のない声を向ける。


「そりゃ面白いよ。僕だってジュニアハンターなんだから興味のあることばかりだもん」


「自分で活躍した方が楽しいと思うんだけどなぁ」


 わからないといった様子のソムニが首をかしげていた。


 確かにその通りだけど実際にできるかどうかは別だ。ベテランハンターのように困難な仕事をやり遂げるなんて論外だし、新米ハンターの面白おかしい体験も夢のまた夢でしかない。


 それにしても、SNS上のジュニアハンター同士の交流を見ているとため息が出る。この春休みに魔物の討伐に参加したり遺跡の探索を手伝ったりする話でもちきりなんだ。


 ジュニアハンターは生徒ばかりなので大型連休でもないかぎり長期活動は難しい。だから春休み前後になるとこれからの予定でよく盛り上がる。


 知り合いのSNSもまた春休みに魔物の討伐をすることを話題にしていた。それをしばらく見てからソムニにぽつりと漏らす。


「僕だって本当は春休みに何かするつもりだったんだ。でも、訓練生卒業試験にまだ合格してないからできないんだよ」


「あーあー、最初に調べてて知ったわ、それ。武器を持ったらすぐにハンターってわけじゃないのね。めんどくさーい」


 ジュニアハンターには誰でもなれるけど登録したその日から活動できるわけじゃない。少しでも死亡率を下げるため、いくらかの訓練と試験がある。その間は訓練生として訓練と勉強の日々なんだ。


 普通は三ヵ月から半年くらいで合格するから、みんな冬休みまでには本格的な活動を始めている。だからこの春休み直後はどこを見ても明るい話題ばかりだ。


 次第に眉を寄せる僕に対してソムニが軽い調子で尋ねてくる。


「なんでいつまで訓練生なんてしてるのよ。さっさと試験に合格すればいいのに」


「僕は要領が悪いから、なかなかうまくいかないんだよ。去年の夏休み前は技量不足でそもそも試験を受けられなかったし、去年の暮れに受けたときは落ちちゃったし」


「なんで去年落ちたのよ?」


「焦って小鬼ゴブリン相手に負けかけちゃったんだ」


 話していて気分が落ち込んできた。冬の寒さで体が思うように動かなかった上に、初めて単独で戦うことに緊張しすぎたんだ。あれは今思い返しても恥ずかしい。


 ふわふわと僕の目の前を漂っているソムニが渋い顔をする。


「そりゃ困ったものね。でもそれは三ヵ月前の話でしょ。その卒業試験はなんでまだ受けてないのよ?」


「一昨日が受験の日だったんだ。それで、遺跡に落ちて試験は中止」


「アタシを解放してくれたときかぁ」


 渋い顔をしたままのソムニが呻いた。何を考えているのかわからないけど、緩やかにくるくると回転を始める。


 まだ崩落事故が起きてから二日なので再試験の連絡は届いていない。下手をすれば春休みの間中待ち続けないといけないと思うと焦ってしまう。


 でも、今は試験より困った問題があった。それを思い出して僕は落ち込む。


「武器を買わなきゃいけないんだよなぁ」


「は? どういうことよ?」


「あの遺跡に落ちたときに刀をなくしちゃったから、今の僕には武器がないんだよ」


「なによそれ」


 回るのをやめたソムニがこちらに顔を向けてきた。信じられないという表情を浮かべている。僕もできれば信じたくない。でも、事実なんだ。


 刀というのは通称で、正式名称は対魔物用大型鉈という武器を僕は持っていた。刃渡り七十五センチ、重さは約三キログラムの重金属製近接武器なんだ。


 これは訓練生になったときにジュニアハンター連盟から支給されるものの一つなんだけど、破損や紛失したときは実費で買わないといけないことになっている。でも、今の僕にはそれを買えるだけのお金を持っていない。


 厳密にはもう一つ、刃渡り四十五センチの短刀、対魔物用小型鉈を持っている。けど、これだけというのは小鬼ゴブリン相手でもさすがにきつい。


「あーあ、どうしようかなぁ」


「誰か相談できる人はいないの?」


「相談できる人、か。いないことはないけど」


 こういうことを相談しても良いのか僕にはわからなかった。何しろ知り合ってまだ二回しか会っていない。馴れ馴れしく思われないか不安になる。


 僕の反応を見たソムニが眉を寄せた。半透明な画面を通り越して目の前までやって来る。


「迷うことなんてないでしょ。相談できる人がいるんだったら迷わずにする! 煮詰まったときに一人で考え続けても時間のムダよ」


「そうなんだけど。うん、わかった。相談するから」


 まだ迷うそぶりを僕が見せていると、ソムニが睨みながら近づいて来た。ベッドから転げ落ちてソムニを回避した僕はカーペットの上に座る。


 現代はパソウェア一つで色々なサービスが使えるから便利だ。映像ありで話せる電話、立体映像を添付できるメール、そしてSNSのダイレクトメッセージなどがある。


 僕はその中で以前ID交換したSNSアカウントのダイレクトメッセージを使うことにした。いきなり電話で話しかけづらいし、けどなるべく早く返事がほしいからね。


 色々と文面を考えた末に僕は荒神さんにダイレクトメッセージを送信した。前回と前々回の訓練生卒業試験の試験官をしてくれたハンターさんだ。


 送信ボタンを押した後、僕はベッドに突っ伏す。


「送っちゃった」


「なんでそんなに緊張してるのよ? 後は返事を待つだけでしょ」


 理解できないといった様子でソムニが僕を眺めた。人と会話するのが苦手な僕の気持ちをもっと察してほしいと思う。


 返事はいつ来るのかなと考え始めたとき、いきなり電話の着信音が鳴ってベッドから顔を跳ね上げた。相手を見ると荒神さんだ。早い!


「もしもし」


「よう。こっちの方が早いと思って電話をかけたんだ。今いいか?」


 目の前にバストアップされた荒神さんの立体映像が現れた。入れ替わりでソムニは消えてその姿は見えない。


 僕は荒神さんに目を向けてうなずく。


「はい。さっき送ったメッセージのことですよね?」


「そうだ。金はないが武器は必要って話だよな。刀の一本くらい支部が特例でくれてもいいと思うんだが、規則でもあるしなぁ」


「だからどうしたら良いのかわからなくて。このままだと卒業試験も受けられないですから」


「きついよな、そりゃ。うーん、俺の知ってる店で良けりゃ紹介するぞ。小汚こぎたねぇ雑貨店なんだが、お前みたいなのに相談に乗ってくれることがあるんだ」


「本当ですか!? ぜひお願いします!」


 藁にも縋る思いで僕は荒神さんの提案を受け入れた。未来に続く光明を掴むためにも僕はその雑貨店に行かないといけない。


 荒神さんと翌日の待ち合わせ場所と日時を決めて電話を切った僕は、話がうまく進むように祈った。

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