第9話 運命の恋人たち

 以来、アサは運命の人という言葉を口にしなくなった。だからといって、運命の人について何も考えなくなったというわけではない。わざわざ言う必要がなくなったからだ。運命の人について考えたくなったら、寝返りを打って、隣で眠っている恋人の顔を眺めればいい。

 にやにやしながら、青年の寝顔を眺めていたアサは、部屋に鳴り響いた電話のベルの音で、飛び起きた。休日の、こんな迷惑な早朝に電話をかけてくる相手と言えば、一人しかいなかった。ぐっすりと眠っている青年を起こさないよう、アサは素早く受話器を持ち上げた。


「二十一回目」


 と、受話器に向かってアサは宣告した。


「何が?」


 と、受話器の向こうで、アサの母親が聞き返した。


「どうせまた再婚して、その報告の電話なんでしょう?」


「違うわよ。近くに寄ったから彼を紹介しようと思って」


 次の瞬間、ドアをこぶしで叩く音が部屋に響き渡ったので、アサは驚いて受話器を放り投げた。ベッドの上の青年も、驚いて飛び起きた。

ドアの向こうから、


「アサちゃん、久しぶり。お母さんですよ」


 という、楽しそうな声が聞こえた。


「お母さんだって」


 と、青年はアサに確認した。


「みたいね」


 アサは受話器を戻しながら、ため息をついた。

 二人がかりで散らばった服やシーツを片付け、窓を開け、部屋の中を整えた。着替えて、顔を洗って、簡単に髪を整えたアサは、ドアを開けた。そこには、スーツケースに腰掛けた母親と、見知らぬ中年の男が立っていた。

 母親がアサに向かってにっこりと微笑んで、隣に立っている男をアサに紹介した。地球の裏側から電話をかけてきて結婚報告をしてきたわりには、男は、アサの本当の父親と言っても何一つ差し支えのない姿だった。


「この間電話で話した、」


「二十回目の再婚相手ね」


と、アサは男に向かって微笑んだ。


「彼は、」


 と、アサが青年を母親に紹介しようとすると、


「十人目の恋人ね」


 と、すかさず母親は言って、青年に笑いかけた。


(どうして自分の再婚回数は数えられないくせに、人の恋人の数だけ律儀に覚えているのだろう)


不機嫌になったアサをとりなすように、


「僕の方は、十五人目です」


と、青年が言った。


「私も再婚はこれで二十五回目です」


 と、母親の隣で男が言った。


 母娘は、そんな話は初耳だというように、それぞれのパートナーの顔を眺めるのだった。

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